■四国を代表する「愛比売」から

《愛媛県の由来》愛媛とはうるわしい女神の意

 県名の由来は『古事記』に記された国生み神話まで遡る。
 淡路島に続いて四国島が生まれるが、この島はひとつの体に4つの顔があったという。

その顔ごとに伊予、讃岐、粟、土佐と異なる名前をもっていたが、現在の愛媛県にあたる伊予の名は「 愛比売(えひめ)」とされ、「うるわしい女神」を意味していた。ちなみに、「愛比売」に「愛媛」の字をあてたのは、明治2(1869)年に半井梧庵(なからいごあん)という人物が刊行した『愛媛面影(えひめのおもかげ)』という書物が最初とされる。



《地名の由来》◉石鎚山(いしづちさん):山の見た目から連想

『万葉集』にもその名が記された西日本の最高峰。古くから山岳信仰の対象として有名で、富士山などとともに全国七霊山のひとつ。
 その山容が「石鎚」、つまり石でできた剣に似ていることに由来した地名と考えられる。



◉今治(いまばり)藤堂高虎が命名

 古くは「今針」「今張」「今墾」などと書かれた典型的な開墾地名。慶長6(1600)年、藤堂高虎がこの地を統治する際に「これからこの地を治める」の意を込めて「今治」と命名したと伝わる。
 大正時代に「いまばり」に決定。



◉則(すなわち)地形をそのまま地名に

 三間(みま)町にある珍しい大字名。
 三間川に沿った「洲の内」にあったことから、これが転訛して地名になったといわれる。同様の地名として、愛媛県内には西条市に「洲之内」、東温市には難読地名「則之内」がみられる。



◉道後温泉(どうごおんせん)国の中心から遠い場所

 古代、伊予国の国衙(こくが)は現在の今治地方に置かれていた。


 そのため都から近い方が「道前」、中ほどのところが「道中」、そして一番遠いところが「道後」と呼ばれ、そこに湧いた温泉であることから「道後温泉」となった。



(2020年一個人5月号から

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