緊急事態宣言再発令に伴い、国内の取材は自粛せざるを得ない状況だ。過去の鉄道旅行の思い出も前回の緊急事態宣言時に北海道をメインにいくつか取り上げたため食傷気味。
ヨーロッパの鉄道旅行で、日本国内にいては絶対体験できないもの。それは列車に乗って国境を越えることだろう。国境は人為的なものではあるけれど、国が変われば家並の色が異なったり、車内の雰囲気も微妙に変わることがある。そんなヨーロッパ大陸を縦横に走っている数多い列車の中から、今回はドイツからアルプスを越えてイタリアへ向かう国際列車を取り上げてみたい。
■国際列車でアルプスを越えてイタリアへ
アルプス越えのルートはメインとなるものが3つある。スイスのシンプロン・トンネル経由とゴッタルド・トンネル経由、そしてオーストリアのブレンナー峠経由だ。最後のブレンナー峠は、スイスを通る2つのルートに比べて緩やかだ。それゆえ、鉄道開通以前の馬車の時代からよく用いられ、文豪ゲーテや作曲家モーツァルトもこの経路をたどってドイツ文化圏から南国イタリアを目指した。私も先人達の後を追って、列車で南に向かうことにしよう。
起点はドイツ南部バイエルン州の中心都市ミュンヘン。
ミュンヘン中央駅からヴェローナまで走る特急には、2003年と2009年に過去2回乗ったことがある。いずれも機関車牽引の客車列車だった。2020年1月の冬ダイヤにおいても、ほぼ同じ列車ダイヤで走る特急列車(EuroCity)が走っているので、そんなに遠い昔の話とは言えないだろう。
では、ミュンヘン中央駅から列車に乗り込もう。2回乗ったうち、最初の列車はティエポロ(Tiepolo)号で2回目はミケランジェロ(Michelangelo)号。いずれもイタリアの芸術家を列車名としていて、イタリアを目指すのにふさわしい愛称だ。
ホームで観察すると、イタリア鉄道(FS)の客車を中心に、ドイツ鉄道(DB)の客車が1両混じった10両ほどの編成で、武骨なスタイルのドイツの赤い電気機関車が先頭に立つ。ヨーロッパ主要国の鉄道乗り放題のユーレイルパスを持っているので、1等車の6人用コンパートメント(個室)に座る。夏の旅行シーズンだったせいか1等車もかなり混んでいてほぼ満席だった。
ヨーロッパの列車には日本のような懇切ていねいな車内放送はない。その代わり、ドイツ文化圏には列車専用のパンフレット状の時刻表(Ihr Reiseplan)があり、あらかじめ座席に置いてある。持ち帰り自由なので、これは乗車記念にもなる。
朝9時31分。ほぼ定時に音もなく発車。発車メロディーも何もないので気が付くとホームを離れていたという感じだ。ミュンヘンでは始発の中央駅のほか東駅にも停車。市街地をあっという間に抜けると、緑豊かな田園地帯が待っている。東京や京阪神近郊のようにどこまでも住宅地が続くということはない。
40分でローゼンハイム(Rosenheim)に到着。まっすぐ進むとザルツブルクを経てオーストリアの首都ウィーンへ向かう路線だが、ここからは右に曲がり南下する。すぐに、ウィーン方面からの線路と合流。いずれの方向に進むときにも列車の向きを変えなく済むようにデルタ線になっているのだ。遠くに山並みが見える田園地帯を走り、20分でクフシュタイン(Kufstein)駅に到着。国境駅でドイツからオーストリアに入る。厳しい検査があるわけではなく、2分停車の後に発車。国は変わっても何かが大きく変わったという印象はない。同じドイツ語圏だからであろうか?
もっとも、スイスの峰々ほどの巨大さはないもののドイツとの国境付近に聳えるカルヴェンデル山地の威容は迫力があり、見ごたえのある車窓となってきた。時折、小さな集落が車窓をかすめる。
イン川を渡り市街地に入るとインスブルック中央駅に到着する。インスブルックはチロル州の州都であり、ウィンター・スポーツの盛んなところとして知られる。20世紀後半に2回冬季オリンピックが開催されたので、町の名は広く知られている。東西と南北に走る幹線ルートの交差するところでもあり、私の乗った列車は北から南へと向かう。
6分停車の後、発車。いよいよブレンナー峠越えが始まる。スイスの2つのルートのような険しさはなく、それゆえ馬車の時代からヨーロッパの南北を結ぶルートとして重要な役割を果たしてきたのだ。とは言え、勾配が急なことには変わりなく、専用の電気機関車が時には重連で列車を牽引する。目下、長大なブレンナー峠ベーストンネルを建設中でまもなく完成すれば、峠越えの列車も昔話となろう。
列車は淡々と峠を上っていく。
この駅を境に電化方式が変わる。日本でいえば黒磯駅のような感じだ。ドイツとオーストリアの交流15000Vからイタリアの直流3000Vへと変わる。当然、列車を牽引する電気機関車もイタリアのものに交代である。
14分の停車ののち発車。線路際を並走する幹線道路にはイタリア国旗とEUの国旗が掲揚されているので、国境を通過することが分かる。いよいよイタリア国内の旅が始まった。
つづく