漫画『進撃の巨人』が流行っていたころ、最初からいるエレンが主人公なのかなと思っていたら、途中からリヴァイ兵長に人気が出て、親が殺されて大変なことになっているはずのエレンが空気みたいになってたじゃないですか。
本当であれば総理大臣として陣頭指揮を執り、日本の宰相・指導者としておおいに切り盛りするはずの菅義偉さんがいまやたまにテレビにたまに映るスダレハゲ程度の扱いとなり、いまやパブリックエネミーとなった森喜朗さんや、なんか面白いことを言う河野太郎さんに主役の座を完全に奪われているんですよね。
ちょっと前までは、菅政権誕生に貢献したはずの自民党幹事長・二階俊博さんにすら梯子を外され、支持率は急低下、ガチで菅さんでは来たる衆議院選挙は戦えないということでさっそく「菅降ろし」の機運が盛り上がっていたはずです。ところが、俺たちの森喜朗による起死回生の女性蔑視発言と、それに連なる二階俊博さんの失言によって菅義偉さんは存在すら忘れ去られかねない危機が訪れたんです。
そして、どうにも影が薄いなあと思っていたら、まさかの文春砲が菅義偉さんの、ご長男・正剛さんのほうに当たりました。戦後の面白カンパニーとして名高い東北新社の接待役として、ロン毛のスモーカーという衝撃のビジュアルは、総理なのにステルス性能を発揮する父・義偉さんとは対極にある存在感であるとも言え、血脈における父子のビフォー・アフターに思い至るわけであります。
うっかり接待されると秋田産ササニシキを送りつけられかねない地雷臭と、高級官僚とはいえ一食7万円程度の接待でまがりなりにも国内数千億円市場である衛星放送事業が歪められたかもしれないとなると「疑惑追及などどうでもいいので、7千円の焼肉ぐらいおごるから私にその放送事業いっこください」と言いたくなります。もちろん、接待を受けたとされる局長以下官僚の皆さんも脇が甘いのは間違いなく、ただでさえなり手が不足し(天下りしない限り)薄給に喘ぐ国家公務員の就職先としての人気も再び地に堕ちるのではないかと思うと激務に耐える現役官僚の皆さんのお気持ちに寄り添わざるを得ません。
何と言っても、官邸が霞が関の人事を巻き取る内閣人事局が、役所に勤めるすべての皆さんの首根っこを押さえている以上、うっかり菅義偉さんの息子さんからのお誘いを断ったら何があるか分からんわけです。一方で、ついつい飲食をご一緒して接待を受けてしまえば今度は文春砲の十字砲火に晒され、名指しで収賄野郎だとか汚職官僚オッスオッスといった批判に晒されるわけで、進むも地獄、退くも地獄のもんじゅ状態に陥るのであります。やってられません。
■よもやよもやのガースー長男を窓口にした官界工作!?
一方で、東北新社と言えば知る人ぞ知る、ある種の政官界タニマチ企業のひとつであって、放送から広告、コンテンツ投資の世界まで、古き良き日本の放送産業の一角を支えてきた老舗企業のひとつです。気の利いた政治家の勉強会や励ます会でもあると、なにかと参加者リストの中に誰かしら東北新社の人のお名前を見かけることも多かったわけですが、ある種の政治道楽とも言える創業者植村伴次郎・徹父子の没後は特に、最近界隈で東北新社の人たちを見かけることも少なくなっていたように思います。
その水面下で、よもやよもやのガースー長男を窓口にした官界工作をやっていたとは露知らず、文春砲で菅正剛氏の名前を見てビックリして腰を抜かし救急車で運ばれる人も多数だったのではないかと思うのですが、いやー、知らなかったな。それでも今回は内閣広報官にまで成り上がっていた山田真貴子さんまで国会に招致されて質問されてしどろもどろになっていたのを観ますと、たかが一回7万円の会食とは言え、やってしまったものは仕方がないということで減給などの懲戒処分となるのは当然だと思うんですよ。
もちろん、菅義偉さんも総理就任時にはあれだけ「自助 公助 共助」と言い、今回も成人した長男・正剛さんとは別人格を強調する一方、対役人の接待でよりによって官邸人事を掌握する菅義偉さんの息子が出てくることのインパクトを考えれば一定の配慮、斟酌があることを期待して正剛さんを接待役に置いていたことは否定できないでしょう。
さらには、我が国の放送・通信業界全体において言えば、現在世界で全盛となっているデータエコノミーで我が国の情報産業に対する戦略をいかに適切に立案していくのかは喫緊の課題で、霞ヶ関ではDXを叫ばれ官公庁のデジタル発注一本化のためにデジタル庁まで作って盛大に人材募集をやっています。そういう我が国のデジタル再興において、総務省が抱える通信産業(テレコム)はデータ資本主義の屋台骨であって、同じく国民の資産である電波帯をテレビ・ラジオなどの放送分野と競合する中でどういう政策を取るのが合理的か、考えなければならない時期に差し掛かっていたはずです。
衛星放送にしても、かつての多チャンネル放送が必要であると考えられていた時代はいまは昔、相応の規模のインフラ投資が継続的に必要な衛星放送はいまやインターネット放送にとって変わられ、お題目となっていた「通信と放送の融合」は「通信が放送を呑み込む」時代に差し掛かりました。国内地上波各局もテレビ局としての放送事業収入よりも不動産事業のほうが大きくなり、こと東北新社はこれらの経営環境の激変で一番最初に本業の状況悪化が懸念される企業のひとつでもあります。
いまや、多チャンネルどころか大量で多様なコンテンツがスマホに届く時代に、古き良き料亭での接待で行政が曲げられてしまうことがあるのだとするならば、これは単に特定の官僚の脇が甘いので懲戒処分でござるという話ではないのでしょう。現在の総務省のなすべきことや役割を見つめ直し、国民にとって何が利益で、国富を積み上げるには何を為すべきかという原理原則に立ち返って改革をする必要があるのではないかなあと思います。
言うなれば、総理たるガースーがスダレ髪を振り乱してご長男ごと東北新社を真っ二つに斬り捨てるぐらいの迫力をもってその存在感を確固たるものとして欲しいとすら願うところであります。
■「揃いも揃って、おもしれぇ面しやがって」
他方、総理就任直後の菅義偉さん、みんな忘れているかもしれませんが「日本の通信会社の料金は高い」と、通話やデータ通信のようなインフラ代金が国民にとって負担となっていて可処分所得を減らしているという持論を展開していました。武田総務大臣に通話料金の値下げを強く求める指示を出していた菅義偉さんの横で、NTT法改正を控えるNTTドコモが一見して大盤振る舞い的な安いプランを提示して通信業界が右往左往したのも良い思い出なのですが、これから人口減少が進む日本で、僻地や山間部、離島まで津々浦々にデータ通信を行き渡らせるようインフラ投資を強いる仕組みをNTTドコモ、au(KDDI)、ソフトバンク、楽天モバイルの各社にバラバラに求めるのは果たして効率的なのでしょうか。
さらには、同じく人口減少が著しいところで47都道府県におのおの許認可を出したテレビ局やラジオ局が割拠しているのは、本当に我が国の通信・放送産業においてサステナブルなのかということも考えていかなければなりません。
そういう世界的にはデータエコノミーの勃興でGAFAやマイクロソフトやアリババテンセントなどの中華勢のプラットフォーム事業者との戦いがおき、国内では人口減少・地方経済縮小で放送・通信インフラの再編待ったなしという超大事な節目にある総務省の真ん中で、7万円の会食で大騒ぎになり、国会でゴリゴリと追及され、あらゆるものが見事に止まる我が国固有の伝統行事が繰り広げられているというあたりに危機感を抱かずにはいられないわけですよ。
全体的にすげーヤベぇ事態になりつつあるのに、とんでもねえ風体の長男の写真が文春にて報じられたのを見て「揃いも揃って、おもしれぇ面しやがって」とかいうリヴァイ兵長の台詞が思わず口から出てしまった人も多かったんじゃないでしょうか。そうでも言ってないと、心の平静が保てない気がします。
文:山本一郎