コロナ禍で少子化が10年進んだと言われるなかで、結婚相手を求める男女は増えているようだ。実際に婚活アプリなどの利用者は男女ともに増加傾向にある。

そこで、本気で結婚したいと願う57歳、バツイチ、フリーランスのライター石神賢介氏の最新刊『57歳で婚活したらすごかった』(新潮新書)が話題になっている。「BEST TIMESリアル婚活レポート」連載第4回までで、石神氏が青山の少人数婚活パーティに参加し、知り合った女性たちとのデート事情を赤裸々に描いた。そのなかで、ご自身で性欲が強いと告白していた華道の先生・ユキコさんとのデート、ついにホテルへ。さらに別の婚活パーティーで知り合った看護婦のナオミさんとのデートが待ち構えていたーーー。【最終回】





■深夜のベッド体操

 



 華道の先生のユキコさんからもコンスタントに連絡は来る。3度目のデートでのユキコさんからのリクエストは横浜へのドライブだった。中華街で食事をしたいという。横浜中華街の店は大きく2系統ある。一つは、萬珍樓や聘珍樓のようなメジャーな大型店。もう一つは、中華街ならではの小規模な店。こちらは、餃子のおいしい店、海鮮料理に強い店、中華粥専門店など、それぞれ個性を発揮している。ユキコさんが、餃子が食べたいというので、中華街大通りからひと筋入った水餃子のおいしい店を選んだ。



 そこでお腹を満たした後は本/牧へ向かった。かつて米海軍の住宅街があった本牧エリアには、今もアメリカナイズされたバーやダイナーがある。



「今日こそは試してみる?」



 アルコールが入り気持ちが高揚したユキコさんがお誘いしてくれた。



「ううーん……」



 こちらはすぐに応じられない。性欲が強い話を彼女からはさんざん聞かされている。



「自信、ない?」



「ユキコさん、朝までなんでしょ?」



「うん。でも、朝までしなくてもいいよ。話し相手になってくれれば。私、した後は目が冴えて眠れないんだ。一人で起きているのが怖いの」



 腰は引けていた。ことの後、朝まで起きている自信はない。このときすでに11時。

かすかに眠気が訪れて来ていた。しかし、ここでしないのは男子として情けない。そのまま、みなとみらいエリアのホテルにチェックインすることにした。ツインルームを確保できたのだ。



 ホテルへ向かうクルマの中、ユキコさんは遠足へ行く小学生のようにはしゃいでいる。途中、深夜営業のスーパーに寄り、飲み物や食べ物を買い込んだ。



 そしてホテルの客室で――。僕は不合格の烙印を捺された。一度目は問題なくやれたと思う。しかし、時間を置かずリクエストされた二回戦は苦戦した。もはや体力の限界。それ以前に睡魔には抗えなかった。



「もう無理?」



 ユキコさんが耳もとで訊ねる。



「うん……」



「眠い?」



「うん……」



「眠っていいよ」



「ありがとう……」



「その代わり、一つお願いがあるの」



「なに?」



「部屋の照明、消さないでほしいの。私は眠れないと思う。暗闇の中で、一人で起きているのが怖いの」



「わかった……」



 そう言ったまま僕は眠りに落ちていった。



 しかし、57歳のオヤジは悲しい。眠りについても、数時間すると、尿意で目が覚める。まぶたを開いた瞬間は、自分がどこにいるのか、理解できていない。部屋の様子をうかがうと、隅々まで照明が照らしている。



 ああ、ホテルに泊まっているのだな――。認識する。そして急速に記憶がよみがえる。



 横を見ると、ベッドでユキコさんがストレッチ体操に励んでいた。

上半身はホテルのパジャマを羽織っているが、下半身はなぜかショーツもつけていない。



 僕は彼女の様子に気づかないふうを装って、トイレへ向かう。用を済ませたら、最短距離でベッドに向かい、再び眠りに入る。しばらくすると、また眠りの浅い時間帯が訪れる。かすかにまぶたを開く。部屋の照明がまぶしい。さりげなく横を見た。ユキコさんが今度は激しく体操をしていた。仰向けになり、自転車のペダルをこぐように脚を動かしている。やはり下半身には何もつけていない。風邪をひかないのだろうか? お腹をこわさないのだろうか? 気になったが、声をかけずにまぶたを閉じた。



 年齢を重ねた婚活において、とくに年齢が離れた男女において、夜の相性は大切な問題だ。

たとえ心が通じ合っても、体力や性欲量に著しい差があると、そのギャップを埋めるのは難しい。それを痛感した一夜だった。



 





■看護師の秘密

 



 その後しばらくして参加した婚活パーティーでは、ナオミさんという看護師の女性と知り合った。彼女は38歳で1度婚歴がある。



 短い会話のなかでも仕事を頑張っていることが伝わり、好感を持った。彼女も僕に興味を持ってくれて、帰りに食事をした。翌日も翌々日も会った。婚活パーティーには、ときどきこういうミラクルがある。



 しかし、彼女はなぜ僕を選んだのか? パーティーにはナオミさんと同世代の男性参加者もいた。33歳で離婚をして、シングルを25年もこじらせていると、女性が好意を示してくれても素直に信じることができなくなる。



 それでも一緒の時間を重ねれば、関係は深まる。ドライブにも行き、一泊で温泉にも出かけた。

彼女がうちに来て掃除をしてくれるようになるまでに2か月もかからなかった。やがて彼女から話したいことがあると言われた。



「私、子どもがいます」



 そう打ち明けられた。高校生の女の子と中学生の男の子と一緒に暮らしているという。



 実は、出会ったころは子どもがいるのではないかとも考えた。30代の女性が50代後半のオヤジに興味を持つのはレアなケースだ。しかし、交際を進めていくうちに、子どもがいるのでは、といった疑念は消えていた。一泊旅行にも出かけていたのだ。



 だから、彼女の告白には驚かされた。



「母親が帰らない日は、子どもたちはどうしているの?」



 率直な質問をした。



「ご飯をつくってから来ているから大丈夫。お姉ちゃんが弟の面倒をみているし」



「子どもたちは母親が帰ってこないことを変だと思わないの?」



「あなたと会っていること、あの子たちは気づいていないよ。夜勤だと言っているし」



 この日から彼女と会うことに後ろめたさを覚えるようになった。彼女は、気にしないで、と言う。しかし、母親のいない家で食事をして就寝する姉弟のことを考えないほどこちらはタフではない。また、本当に申し訳ないのだけれど、母子まるごと引き受けるような覚悟が持てなかった。そういう漢気は、残念ながらない。



 彼女とはもう会わないほうがいいと判断した。



 そしてこの出来事があったころから、僕には結婚は難しいと考え始めた。





文:石神賢介



編集部おすすめ