同僚への暴行で無期限の出場停止処分から僅か9日で読売ジャイアンツへ無償トレードされた中田翔に、ようやくマスコミからも批判の声が出るようになってきた。移籍が決まった当初は「中田から野球を奪ってはいけない」「更生の機会を作るべきだ」と論調がスポーツ新聞に掲載され、プロ野球OBからも中田翔を庇うような発言が相次いだ。



 さらに長嶋茂雄巨人軍終身名誉監督を使ってまで中田のトレードを美談にしようとしたのは、世間一般からかけ離れていると言われても仕方のない行為である。ところが、それから少しずつ風向きは変わっていった。



 阪神の元球団社長の野崎氏とオリックスの元球団社長・井箟氏が巨人にNOと言えないプロ野球界の体質を批判した記事が日刊ゲンダイに掲載され、ニュースポストセブンには巨人が慣習やルールの隙間を突いて強行突破をしてきた事例を紹介した記事が掲載されている。



 プロ野球OBの中畑清氏里崎智也氏、日本ハムOBの岩本勉氏も批判の声を上げた。特に里崎氏は「これが良いんだったら(中田内野手の移籍)、清田は辞めさせなくてもよかったんじゃないのって正直思いました」と今年5月に規律違反で契約解除された清田育宏氏を引き合いに出すほど違和感を覚える発言を残している。



 芸能界からも批判が出てきた。有吉弘行氏は「日ハムでは無期限謹慎みたいなこと言われてたんだよ。『今シーズンは無理かなあ』って思ってたじゃん、俺らも。『でも今年調子悪かったし、まあまあそれぐらいいいのかなあ』って思ってたら、巨人行って、いきなりその日から出ま~すって。わかんないけどルールが。やられたほうの気持ちはあるだろうな」と首をかしげ、「(TKO)木下さんも、ペットボトル投げつけた後すぐ太田プロ来ればよかったんだよな。すぐ出れるだろ。

謹慎しなくても。宮迫(博之)さんとかもそうじゃないの? 闇営業して次の日、太田プロ来てたら、もう出れたじゃん。“中田翔システム”だったら。後輩ぶん殴っても、球団うつったら出れるって…」と皮肉たっぷりに語った。





 こうした四面楚歌の状態になってきたが、それでもスポーツ新聞は今まで通りの論調が続く。



 ところで過去に問題を起こして、トレードなり自由契約になって再起をしたプロ野球選手はどれくらいいたのだろう? 筆者が真っ先に思いついたのは中村紀洋である。



 中村紀洋は2006年のオフに当時所属していたオリックスとの契約更改の席に揉めに揉めていた。左肘へ死球を受けて手術し、シーズンを棒に振った。成績もレギュラーに定着してから最低の数字を出し、反論できるような材料は何もなかった。



 球団からの提示は推定2億円から8千万円と大幅な減俸だ。ところが中村は首を縦に振らない。試合中にケガをしたのだから公傷扱いにしてほしいと要求してきた。



 その中村に世間からは「金の亡者」「ごねるな」という批判が飛ぶ。



 しかし中村は首を縦に振らずに交渉は決裂。自由契約となった。



 浪人となった中村に獲得しようという球団はすぐに現れない。マスコミもファンも「中村なんて取るところはない」といった論調ばかりであった。そんな空気を察してシーズンに入っても所属が決まらないことを覚悟した中村の前に一本の電話がかかってくる。



 「どうしても、野球がやりたいのか?」



 声の主は当時の中日・落合博満監督だった。その条件は、テスト生としてのキャンプ参加、合格しても育成選手枠である。当時の球界最高年俸5億円を得ていた男にとって屈辱ともいっていい内容だった。



 ところが中村は「やらせてください」と即答する。



 「野球がやれなくなっていたかもしれないんですよね。ホンマに、感謝の気持ちしかない。

野球に、僕を拾ってくれた中日に、そしてファンに対しても……」



 そんな気持ちで再び野球に取り組み、日本シリーズMVPになるまで復活を遂げた。





 もしかしたら中田翔にも同じような期待をしているファンがいるかもしれない。断言してもいいが、中田翔は中村紀洋にはなれない。



 それは巨人と中日の環境の違い、経緯の違い、監督の違いも含めてそう判断せざるを得ないのだ。



 まずは1点目。中田翔と中村紀洋の移籍するまでの経緯の違いだ。



 これは一目瞭然。中村紀洋は問題を起こして球団から自由契約という形で処分を受け、さらにスポーツ新聞も含めて世間から猛バッシングを浴びた。中村紀洋が近鉄時代にFA宣言をしたときの態度も含めてまとめて総叩きといってほど味方はいなかった。恐らく味方は落合博満氏に声をかけた梨田昌孝氏くらいだろう。



 しかも、先述したように球界最高年俸から育成契約の240万円まで落ちてからの復活である。



 しかし中田翔は巨人軍に守られており、スポーツ新聞にも守られている。

処分を受けたのはたったの9日。移籍してすぐに一軍登録をされて試合に出ている。こんなの罰を受けた内に入らない。もし不調になって二軍落ちしたら巨人ファンから批判されるだろう。その時に暴力行為について取り上げるファンが出てくるだろう。そうなった時に初めて自分自身で実感をしてくるかもしれない。



 2点目は監督の違いである。



 中村紀洋にテストをしたのは落合博満である。落合は中村を特別視をしなかった。テストを受けさせて動けるかどうかをチェックしてから育成契約を結んだ。そして野球に対する態度を見てから本契約に変更をし、オープン戦で結果を残してからスタメンに起用するようにした。



 これは他の選手に対する配慮でもあるし、中村本人にとっても一からやり直しをしてきたという証しにもなる。

ひたむきにボールを追いかけている選手を批判はしにくい。そういった環境を狙ってか偶然かはわからないが、バッシングの声を消していったのは事実である。



 中田翔の場合はどうだったかは言うまでもない。明らかに特別扱いをしている。だからこそ今になって批判が出ているし、その声は日に日に大きくなっている。不調になれば二軍に落として成績を出してから昇格という形にはなるだろう。しかし最初に特別扱いをすると、悪いイメージは付いてしまい評価がされにくくなる。他の選手も内心面白くはないだろう。今は調子が良くても不調になれば批判の声は原辰徳監督にまで届く。その時に彼は何かしら特別扱いをした責任は取るのか疑問である。







 その理由は、2012年6~7月に原監督が過去の女性問題に絡み元暴力団員に1億円を支払った件にある。反社会的勢力に金を払っていたとなると、これは明らかに野球協約に違反するが、原監督は処分を受けていない。

それどころか巨人は記事を掲載した週刊文春を名誉毀損で訴えて最高裁まで争っている。2016年に巨人の敗訴が確定した。



 その後も原は処分を受けていない。前年に監督を辞任して当時現役だった高橋由伸を後継者に指名し、プロ野球球団関係者ではなくなっていたのだ。巨人と監督として残っていたら処分対象になったかもしれないが、プロ野球機構とは関係なければ処分はできない。ところが高橋由伸監督の辞任を受けて現在、三度目の監督をしている。この件について責任を取ったとは言えないままで監督に復帰をし、契約満了となるのだ。一部報道ではコミッショナーに就任なんてのがあるが原にそんな資格などない。



 最後の問題点は巨人自体の体質である。2015年秋から翌2016年春にかけて明るみに出た野球賭博事件やSNSでの全裸乱痴気騒ぎの動画公開や同僚の野球用具の窃盗と不祥事が相次いでる。その都度処分をしてきたが、球団の体質が変わったのかと言われると甚だ疑問である。



 その最たる例が今回のトレード劇による美談の演出である。



 本来であれば、少なくても今シーズンが終わるまで日本ハムで出場停止のまま契約を満了し、その後に自由契約なり、トレードなりで受け入れ先を探すのが筋だったといえる。



 しかし日本ハムは栗山監督も吉村GMもそうした責任から逃れるように巨人に泣きつき、編成権を持っている原監督が受け入れて今日まで来てしまった。



 「中田は巨人で結果を出すしかない」



 今回のトレードでそういった論調で評論家やプロ野球OBが語っていたが、恐らく中田は結果を残しても巨人ファンからも歓迎されないし、いつまでも今回のトレードがついて回るだろう。



 中村紀洋は日本シリーズMVPで「銭ゲバ」のレッテルが消えたが、中田翔が「暴力野郎」と言われ続ける理由である。そして特別扱いを受けた中田翔は、周りと溶け込むことなく巨人で過ごすことになるかもしれない。それは中田翔が暴力行為をする人間ではなくなったのではない。単に中田翔が巨人で孤独に過ごしているだけである。



 もしかしたらそれが中田翔にとっての罰なのかもしれない。





文:篁五郎



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