バラエティプロデューサー・角田陽一郎と、大ロングセラー『考具』の著者・加藤昌治が、ビジネスパーソンのお悩みを解決する『仕事人生あんちょこ辞典』。あなたの仕事人生において難局を乗り越えるための「武器の宝庫」だ。

「副業が推奨されているとはいえ、いったいどんな副業が自分にできるのか? あるいは、自分の武器(強み)とは何か?が分からない」という人へのマジのアドバイス。





質問)副業してみたいな、と思うんですが、自分にはどんな副業が向いているのか手がかりが欲しいです。



◉副業に二種類。あなたはどっち?



角田:「副業」ってことは、本業もあるってことかな? ほら、よく「『副業』っていう言い方が間違ってる」みたいな話もあるじゃん。加藤くんの言ってた、「転職」と「転社」の話だっけ。それと似ていて、つまり「自分にスキルがあれば転社で生きていけるじゃん」っていう意味だとすれば、「副業」ってことはその「スキルがパラレルであったほうがいい」ってこと? いや、「副業」の一般的な意味はもちろん分かっているんだけど、概念をもうちょっと明確化したほうがいいなと思っていてさ。



加藤:「本業では足りない収入を補うための補助カネ稼ぎ業」としての副業の話題が最初は多かった。



角田:ってことはその副業って、自分の専門性が何かあったとして、本業以外のバイトみたいにやることが副業なの?



加藤:そう捉えている記事も多いよね。従業時間外のアルバイト的なことを副業と呼んでいるケース。もうひとつは「自分の得意なことでお金になりました」。「サラリーマンだけど、イラスト描いてたらそっちでもお金稼げるようになりました」みたいな、自分の得意技系。この二種類があるんだろうね。



角田:どっちの話にするかっていうことを決めなきゃいけないよね。



加藤:それは「二種類あるんじゃないの?」が最初にあった上で、「お金が足りないものを埋めるのは自分で探そ?」でいいんじゃないですか。それって業種業態はともかく、結局は「自分の時間を切り売りする」系になるわけじゃない?



 もうひとつの「自分の得意技」系に関しては、楽しいかどうかはともかくとして、今まで自分がそれなりの時間とお金を突っ込んできたことか、これから突っ込むか、まあどっちかですよね。



角田:あのさ、「投資しましょう」みたいなパターンは副業に当たらないの? 今のお金の話でいうと、拡張するとそれも副業になるよね?



加藤:なる。



角田:だよね。質問は何だっけ? それを「やったほうがいいかどうか」みたいなことなんだっけ?



加藤:そうか。分け方が好くなかったな……。「足りないお金を埋める」という云い方でなくて「お金を稼ぐための副業」と、「自分の好きなことをやるための副業」とに分ければいいかな?



 そこから「お金を稼ぐ」をさらに二つに分けて、「足りないものを埋める」というマイナスをゼロよりちょい上に持ってくるのと、「もっとあるといいなあ」とさらにプラスにするのとで区別して考えてみましょうと。



角田:ちゃんとそこまで定義をしたとして、僕の感想で言うと……「お金は大事だねえ」って思うよね。【貯蓄 】の項(新刊『仕事人生あんちょこ辞典』の所収)でした話に戻るけど、副業はできたほうがいいし、やった方がいい。でも時間の切り売りだとやっぱり寝る時間なくなっちゃうし、体力的につらい。とすると、そうじゃないほうの副業ができるスキルや人間関係は、やっぱり持っておいたほうがいいんじゃないかな。

すごい普通の回答だけど。



加藤:「副業しましょう」の嚆矢(こうし)だったと思われる、『金持ち父さん 貧乏父さん 』が出てきた後、お金の話をしている人たちの多くは「種類は何でもいいから収入源を複数持て」と主張している印象だな。ロバート・キヨサキ*さんなら不動産だけど、なんにせよ本業のサラリーとは別の収入源を複数持てというのは、お金系の人たちが結構前からずっと云っていることではある。



角田:副業を奨励する企業が増えてきてるのって、つまり企業が従業員に払う給料を減らしたいからなのかな。



加藤:そこは、組織によるけど両方のパターンがあると思う。「固定費である人件費を減らしたい」という思いがあるのかどうかは置いといて、「やってもいいよ。でも本業に抵触しないでね」っていうのと、もうひとつは「自分の専門性を会社だけで発揮するのはもったいないから、好きなこともやっていけ」と云う組織と、二種類あるんじゃないですか? 制度として二つが混じってる組織も含めて。





◉自分にできること、世の中に見せてます?



角田:この質問の思いっていうのは、つまりその時に自分が何やればいいか分からないってことだよね。正しいかどうかは分からないけど、僕的なひとつの回答としては「アウトプットしてみる」。



加藤:どこまでやったら、アウトプット認定?



角田:「自分に専門性がある」と感じられるようなものを、会社の中っていうクローズド・ドメスティックなところでしか使っていないんだったら、Twitter とかnote とかYouTubeで発信して、やっぱり「自分はこういうこともできるんですよ」っていうことを世に出すしかない。もちろん、世に出すことで直接お金が来るかどうかは分からないんだけど、少なくとも「この人にはこの能力がある」っていうことを他人に知ってもらえれば、その人から発注やコンタクトが来る可能性は出てくる。



 そういう自分のスキルや能力をアピールすることを恥ずかしがる国民性なんだけれど、「イチローほどの技術じゃないんだけど、ちょっと野球上手いんです」っていうレベルからでもいいから出していくのが、副業への道を増やすことになるんだと思うんだよね。

実際、僕はそれをやってきたんだと思うし。



加藤:確かに。発注主がその人の能力を分からないと、発注しようがないもんね。



角田:そうなのよ。僕、「本を書きたい人の個別相談会」っていうのをやってるけど、「書いちゃってアイデアがパクられたらどうしよう」みたいなことで悩んでる人って、死ぬほどいるんだ。



加藤:そうなんだ。



角田:「このアイデアが盗まれたらどうしよう」みたいなことばっかり言ってんだよ。「盗まねえよ! そんなに大したアイデアか!」って……当然それは言わないんだけどさ。「あなたがそのアイデアを持ってるって知らないのに、なんであなたに発注が来るんですか?」ってことじゃん。



加藤:まあそうだよね。



角田:こっちもそうアドバイスするしかない。アイデアでもスキルでも何でもいいんだけど、「ある」って表明していないのに不満を言っている人がやっぱり多い。

「見つけてもらえない」「自分は世から見出されない」みたいな。「でもお前、見せてないじゃん」ってことじゃん。「だったら毎日Twitter つぶやいてるの?」って訊くと「つぶやいてないです」って言うんだよ。「いや角田さんは有名だから」とか言われたこととかあるわけよ、全然有名じゃないのに。それ言われると一番カチンとくるわけ。



 僕だって、七~八年マメにTwitter やってるもん。やってたら一万人くらいフォロワーが増えただけだし、それでも高々一万人くらいしかいないわけで、べつにいろんな力を使ってそうなったわけでもないしさ。だから「それは結局、日々発信してるかどうかしかないんだよ」って話をよくするわけ。「そこまでやって、あなたは自分の能力を世の中に見せていますか?」って訊くと、やってない人のほうが多いんじゃないかな。



加藤:まずアウトプットがあることが前提にはなるけど、それをどう出すか、見せるかについて云うと、角田くん説だと「情報化の頻度・回数」がポイントのように聞こえる。それはそれでアドバイスとしてアリだとして、もうひとつは、やり方とか云い方の模範というかサンプル?をアウトプットの中に入れ込むことも大切だと思うんだよね。



 例えば「副業で少年野球のコーチをやっています」みたいな話があったとして、それをみんな自分のブログやTwitter に書く時に「今日はコーチをしました」しか書かない人っているじゃない。

結果や結論の部分しか書いてないと、「どういう教え方なの?」がまったく分からないわけよ。そうすると、発注しにくいよね。



 そうではなく「少年野球で、こういう練習法でコーチをしました」まで、途中の過程にある「How」のところが見えてくると、「ああ、そういう教え方をするんだ。じゃあうちにチームにいいかも」ってマッチングの精度が高まるわけだけど、そこまでやっている人は少ないように見える。



角田:本当に少ないんだよね。さっきの個別相談会でも、「じゃあTwitter やります」っていう人もいるにはいるんだけど、こういう言い方は嫌だけどさ、俗に言う「ポエムっぽい140字」を書いちゃうんだよ。



 例えば、その人がライターをやっているって他の人は知らないのに「今日インタビューに行ったらこうだった」って書くわけ。でも、あなたがライターだってみんな知らないんだから「インタビューに行った」ってことだけ書かれても分からないわけよ。仮にいいことを言っていても、その人のことをほとんど知らない人には伝わらないんだよね。



 だから、「ライターをやっている私」について書かない限り、140字でどんなにいいこと書いても伝わらないんだけど、それを書かない人が圧倒的に多いんだ。有名人ならいざ知らず、あなたが何者か誰も知らないのにあなたの感想だけ書いたってそりゃ伝わらんわ。それは今の加藤くんの話とそっくりな気がする。



加藤:角田くん的に云えば「あらすじを書く」ね。



角田:そう。つまりその人が少年野球で何を教えたかをちゃんと書かないと、単純に何の情報もない140字になっちゃうんだよ。



加藤:わかるわかる。



角田:それを気にしないでやってる人が、異様に多いんだよね。「それは、あなたの知り合いに向けた日記でしょ」っていうものは、それは副業には繋がらない気がするよね。



加藤:そこはやり方な気がするけどね。例えばライターだったらさ、今、目の前にある録音機、ゴツいじゃない? これ見ると「おお、スゲー」「プロっぽい」と思うわけよ。「これは録音ミスなさそうだな」って。機材も過程で、そこの過程をちゃんと見せてあげることで「注意深くやる人なんだな」と思わせることができるわけだから、「過程を言語化する」ことはとても大事だね。 過程の言語化で思い出しましたが、落合博満さんに『バッティングの理屈』っていう本があって、これがなんとダイヤモンド社から出てるんだよね。この本は和田史子さんとおっしゃる超辣腕編集者に教えてもらったんですが、もう本当にバッティングの理屈と過程だけしか書いていない本なの。「肘の上げ方はどうだ」とかそんな話を延々としているだけ。それを実際の写真入りで。社会人野球の人がモデルになって載せてる、ただそれだけの本なんだけど超面白いわけ。



角田:比較的最近の本なんだね。



加藤:確か復刊したんだよ。落合さんって理屈の塊だなーと。写真入りで「肘はこうあるべきだ。なぜならば……」みたいなことを延々と論じている、そう書いてじゃなくて論じているの域よ、これたぶん。野球好きかどうかは別として、過程の言語化、すごい。要はこういうことだよねと。



 Twitter は字数制限もあるから、過程を詳細に語るには連投しないとダメだし、落合さんレベルじゃなくてもいいんだけど、こういうことが書かれていると直接習いたくなったり、発注したくなる。だからこの本は、過程を可視化することのすごくいい例だと思うんだよね。



角田:今Amazon でこの本見てたらさ、「スポーツ」ってジャンルでは156位なんだけどさ、「哲学」っていうジャンルにもちゃんとランキング入ってるのね。これ面白いね。だから、そのダイヤモンド社の編集者さんが分かってるってことだね。バッティングのことしか書いてないんだけど哲学を語ってるってことだよね、つまり。



加藤:理科の実験の本みたいな感じ。で、僕らは野球じゃないことで同じことをやればいい。



角田:落語家の立川談慶師匠って、確か本を一三、四冊書いてるんだけど、最近出した『教養としての落語』っていう本が売れてるんだって。それ、すごく分かる。今までは「ちょっとした粋な生き方」とか、そういう本をたくさん出してて、まあ売れてなかったわけじゃないと思うけど。



 でも『教養としての落語』はすぐに増刷が決まったらしく、本人がそのことについて「『その著者に何が求められているのか』ということはすごく大事なことだ」って書いていたのね。



 確かに、僕もいつも献本をもらうんだけど、こっちも師匠のことを知っているから、今までのエッセイ的な本はそんなに読みたいと思わなかったんだ。でも「教養としての落語」って言われるとちょっと知りたいじゃん。



加藤:知りたい。



角田:だから本人も、「俺が書くべき本はこれだったんだ」って自分で言ってた。「餅は餅屋」じゃないんだけど、やっぱり落合さんに世界情勢を語られてもね。それが仮に正しいとしてもね。やっぱり落合さんにはバッティングとか、強いて言うなら「プロ野球での優勝の仕方」だったらまだ読むけど、「世界情勢を分析する」だったら、内容正しくてもやっぱりみんな興味湧かないんだよ。



加藤:そこは「換骨奪胎」で。テーマじゃなくて作り方に着目してみた次第。テーマも大事ですが。





◉役に立つかと関係なく、まずはアーカイブから



角田:テーマでいうと、何が副業に繋がるか分からない、って話なんだけどさ。



加藤:お、話振ってきましたよ。



角田:「やらなくていいこともやらなくちゃいけない」っていう話なんだけど、『日曜美術館』を僕の知り合いが「面白い」ってTwitter でつぶやいてたのをたまたま見たんだけどさ、法隆寺の金堂壁画ってあるじゃない? あれって昭和24年に焼けちゃってるんだよね。



加藤:焼けてるね。



角田:それから20年経った昭和40年代に修復事業があって、今の壁画って当時の日本画の大家の人たちが修復したものなんだけど、なんでそんな修復ができたかっていうと、昭和10年代に、模写してた無名のお坊さんみたいな方がいるんだって。その方が徹底的に模写していたものが残っていて、それがあるから修復できたっていうことがひとつあるわけ。



加藤:へー。



角田:その人は本当に無名の人で、芸術家として全然大成してないんだけど、金堂壁画の素晴らしさに魅入られてずっと描いてたんだって。それは「なるほど」と思って観てたんだけど、もうひとつすごいなと思ったのは、昭和10年代に当時の文部省が、「国宝を保存しておこう」ということで写真に撮ることが事業として行われたんだけど、その時担当した技師がどうやったらクオリティを残して撮れるかを考えて、42枚に分割して全部ピントを合わせて撮ったらしいのね。



 それ自体もすごいなと思うんだけど、当時はカラー技術なんかないのに、その人は「色も残しておいたほうがいい」と思ったらしく、赤・青・黄のフィルターをかけて、その濃淡をデータとして残しておけば「いつかカラー再現ができるんじゃないか」ってことで、黒を含めて4色の写真乾板を残しておいたんだって。



加藤:ほお。



角田:当然その人もカラー技術なんていつできるか分かっていないんだけど、何十年か経って戦後の修復作業をする時になったら、カラーで残っていたからそのデータで再現できたんだって。



 僕、その話が本当にすごいなと思うのはさ、つまりその「無駄なこと」っていうか、今それをやろうって言ったら「そんなの予算がない」とか「そんなこと無駄だよ」とか「よく分からないからやるなよ」とか言われて、やめちゃうじゃん。ところがやっておくと、結果的にそれが20年後に価値のあるものになっているってことがあるんだよね。「無駄だからやめろ」とか「決まりだからやめろ」って言われるようなことって、むしろやる人がいないとイノベーションが生まれないんだなって思ったというか。



加藤:時空を超えた、壮大な「副業」ですな。副業ってさ、「儲かる」とか「なんか役に立つ」とか、そういう領域になりがちじゃない。



角田:そう、全く意味のないことかもしれないんだけど、やっておくことが結果的に意義を持つようなことを「副業」って呼んでもいいと思うんだよね。



 もうひとつ、昭和新山*だっけ、有珠山のところの。あれって確か戦中の昭和18年にむくむく盛り上がってできちゃった山なんでしょ?



加藤:あそこ元々私有地なんだよね。



角田:その過程をずっと記録してたのって確か郵便局の人なんだよ。



加藤:聞いたことあるな。



角田:郵便局の人が記録してたんだけど、当時は戦時中だから「そんなのやめろ」って話も来てたんだって。なおかつ、火山が噴火するってことで箝口令みたいなのも敷かれてたから、なんなら近寄ると罰せられるみたいなこともあったぐらいなんだって。ところが「山がこれだけ変化してるんだから、どう考えても記録しておいたほうがいい」って、その人は毎日記録してたんだって。



 そしたら、戦争終わってからその記録は「噴火活動でどうやって山ができるか」っていう初めての具体的な記録資料になったんだよね。でもそれって、はっきりと体制側からはNGとされていた行為で、その人は学者でもないのに「それでもやっておいたほうがいい」ってやっていたわけで、やっぱり素晴らしいなと思うんだ。



「役に立つか立たないか」じゃないんじゃないかな。「自分はこれをやっておいたほうがいいと思う」と直感で思うこととか、「なんかやりたいな」と思うことはやっておけっていう。金にならなかろうが役に立たなかろうが、関係ないと。





◉アーカイブとは「経過を言語化して可視化すること」



加藤:本当に副業としてはいいよね。あとあれだね、改めて「知に対する貢献」って記録することから始まるんだね。



角田:そうそう、どっちもアーカイブ*だもんね。だから僕はアーカイブってひとつのテーマだなって思う。



加藤:なんの形であれね。



角田:なんの形であれ。今、「知的好奇心向上委員会(ICUC)」っていうのをやっててさ。元々は月イチでトークイベント的なものをやってたんだけど、今コロナでできないから、トークは一回2時間だったから今は週に一回30分の動画を上げてるわけ。YouTube に置いてあるんだけど、大した再生数とかいってない。別にそれはそれでいいんだけど、でもだったらなんで上げてるのかっていうと、自分が今コロナの時に「こんなこと思ってたんだ」っていうのは絶対にアーカイブしておいたほうが、何年後か分からないけど必ず何かフィードバックがあるんだろうなと思って、ただやっているだけなんだ。やっぱりアーカイブするっていうのは大事だよね。



加藤:動画も日記も本も、SNSもアーカイブ。



角田:アーカイブについて僕自身のことで言えばさ、僕はべつに世界史キャラ*じゃないわけじゃんか。だから今まで発注が来てたのは、全部「テレビマンとしてはどうか」みたいなことだったわけ。ところが世界史の本が売れたことによって、一段階拡大したわけだよ。それが「本当の教養」かどうかは別として、「なんちゃって教養書をこいつに頼んでもいいんだな」っていうラインが一個できたって考えると、副業が一つできたわけでしょ。



加藤:売れたほうがもちろん好いけど、まずはカタチにするところまでは。



角田:だから、自分の専門ならテレビのことしか書けなかったわけだけど、一つ増やすと道は拓ける。「こいつに語られたくないや」っていう本の山積みになっちゃう可能性はあるんだけど、一個でもヒットすればそれは副業として認知されやすくなる。



加藤:とはいえ、その世界史の本だってさ、そこに至るまで結構時間をつぎ込んできたわけでしょ? アーカイブたんまりあったわけでしょうよ。



角田:まあそうだよね。実際に学部は西洋史学科*だったからね。



加藤:ある程度の「タメ」がないと、コンテンツとして浅くなる、上澄みになっちゃうわけだから、自分が足りているのかどうかは見極める必要があるよね。



角田:あるある。まあ、その「タメ」をどう作っていくかみたいなところはあるだろうね。



加藤:超ハイスペックじゃなくてもいい。「周りの半径三〇メートルの人よりは上手いよ」ってところまで行けば、書籍にはならないかもしれないけど、副業にはなり得る。そういう感じな気がするね。



角田:これいいね。なんかまとまった感じがする。



加藤:あと「途中をちゃんと見せる」。



角田:そうだね。「経過を言語化して可視化する」っていうことだね。「アーカイブ」と「あらすじ」ね。





◎角田陽一郎と加藤昌治の「副業」の定義



(角田)正と副、両方必要。時に逆転させることも必要。



(加藤)本業と云われる「仕事」の中にも実は「副」がある。社内外の別だけではなく。





(構成:甲斐荘秀生)





《著者紹介》



角田 陽一郎(かくた・よういちろう)

バラエティプロデューサー/文化資源学研究者 



千葉県出身。千葉県立千葉髙等学校、東京大学文学部西洋史学科卒業後、1994年にTBSテレビに入社。「さんまのスーパーからくりTV」「中居正広の金曜日のスマたちへ」「EXILE魂」「オトナの!」など主にバラエティ番組の企画制作をしながら、2009年ネット動画配信会社を設立(取締役 ~2013年)。2016年TBSを退社。映画『げんげ』監督、音楽フェスティバル開催、アプリ制作、舞台演出、「ACC CMフェスティバル」インタラクティブ部門審査員(2014、15年)、SBP高校生交流フェア審査員(2017年~)、その他多種多様なメディアビジネスをプロデュース。現在、東京大学大学院にて文化資源学を研究中。著書に『読書をプロデュース』『最速で身につく世界史』『最速で身につく日本史』『なぜ僕らはこんなにも働くのだろうか』『人生が変わるすごい地理』『運の技術』『出世のススメ』、小説『AP』他多数。週刊プレイボーイにて映画対談連載中、メルマガDIVERSE配信中。好きな音楽は、ムーンライダーズ、岡村靖幸、ガガガSP。好きな作家は、ホルヘ・ルイス・ボルヘス、司馬遼太郎。好きな画家は、サルバドール・ダリ。



                                                             



加藤 昌治(かとう・まさはる)

作家/広告会社勤務



大阪府出身。千葉県立千葉髙等学校卒。1994年大手広告会社入社。情報環境の改善を通じてクライアントのブランド価値を高めることをミッションとし、マーケティングとマネジメントの両面から課題解決を実現する情報戦略・企画の立案、実施を担当。著書に『考具』(CCCメディアハウス、2003年)、『発想法の使い方』(日経文庫、2015年)、『チームで考える「アイデア会議」考具応用編』(CCCメディアハウス、2017年)、『アイデアはどこからやってくるのか 考具基礎編』(CCCメディアハウス、2017年)、ナビゲーターを務めた『アイデア・バイブル』(ダイヤモンド社、2012年)がある。           



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