2021年8月15日、タリバンがアフガニスタンを制圧。「タリバンの恐怖政治が復活する」「タリバンは女性の権利は認めない」「米国の協力者は粛清する」等、それ以降も西側メディアは「タリバン=悪」説のプロパガンダに終始し、国際社会との協調を阻んでいる。
◉レシャード・カレッド
1950年生まれ。京都大学医学部卒、医学博士。アフガニスタン王国(当時)カンダハール出身の日本国籍を持つアフガニスタン人医師。関西電力病院、天理よろづ相談所病院、市立島田市民病院における勤務医を経た後、1993年より自身の開業したレシャード医院(静岡県島田市)院長。2002年4月に任意団体カレーズの会(静岡県静岡市)を設立し、同年7月より故郷カンダハールでの医療支援を開始、2013年9月26日にはカレーズの会が特定非営利活動法人として静岡市より認証を受ける。著書に『知ってほしいアフガニスタン』、『戦争に巻きこまれた日々を忘れない』、『終わりなき戦争に抗う』、『最後の時を自分らしく』がある。
◉中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。イブン・ハルドゥーン大学(トルコ・イスタンブール)客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。
■アフガニスタンの食糧問題
中田:前回お話を伺った9月21日から2週間ほど経ちましたが、カンダハールあるいはアフガニスタンの状況に変化はありますか?
レシャード:最近は食糧事情が厳しくなってきています。ひとつには食糧自体が無いという問題があり、食糧の高騰を引き起こしています。もうひとつ、お金が無いという問題もあります。給料が支払われていなかったり、商売が成り立っていないので、人々の手元に現金がない。そのため食糧を買いたくても買えない状況にあります。
先日、アフガニスタン西部のほうで100人位の子供たちが餓死してると報道されていました。これまでは、このような地方の情報が他の地域にはなかなか入ってこなかったのですが、最近少しずつそういう情報が入ってくるようになってきていています。それでアフガニスタン全体の食糧事情が厳しい状況にあることが分かってきました。
中田:お金が無くて食糧も買えないというお話ですから、外国からお金や食糧を入れていかないといけないと思います。
レシャード:実際に今回インドからある程度食糧が提供されています。但しインドからの援助の問題として、インドからの支援物資はパキスタンを経由して運ばないといけないわけですが、パキスタンとインドが仲良くないため折り合いがつかないという問題もあります。このように近隣の国々からの支援もありますし、中国から食糧が提供される約束もあります。
なんにせよ、周辺の国々はそういった支援の意向をある程度示しているのですが、問題は「誰がどこまで運ぶか」「どのようにそれを配るか」ということなんです。
今回多くの子供たちが餓死していることが分かったゴールという地方は、ヘラートという地域からさらに山に入った、とても到達しにくい場所に位置しています。ウルーズガーン、バーミヤーン、ガズニー、ゴールといった、国境から離れてある程度山に囲われている地域のほうが、食糧が到達できず厳しい状況にあるのです。
また、国際社会が資金援助を行う際には、それをタリバンには渡さずに直接地方の食糧事情の改善に使おうとしていますが、問題は外国の人、特に国連の職員のような立場の人がアフガニスタンにほとんど残っていないことです。資金をどう使えばいいのか。どんな物を買って、どこに輸送して、誰がどう配るか? 外国の人が現地にいないことで、そこがなかなか見えてこない部分が一番大きな問題になっているように思います。
地方にしても都市部にしても「安全だ」ということは言われていますけれども、その地域に本当に安心して入れるかどうか保証がないものですから、国際社会が現地に入り込んで何か活動しようという動きがなかなか見えてきていません。
■国境の往来は戻りつつある
中田:そうなんですね。私の30年来の友人に現在アフガニスタンで発電所関係の仕事をしている方がいらっしゃって、タリバンがカブールを制圧した8月15日にもカンダハールにいたんです。
その方の会社にはタリバンと同じパシュトゥン人のパキスタン人のスタッフがいるもので、パシュトゥン人のネットワークを通じて、タリバンからカンダハール侵攻を事前に聞かされていたので、事前に無事に避難でき、状況が落ち着いてから、タリバンから戻って欲しいと言われて、今はもうカンダハールに戻って仕事に復帰していると聞いています。カンダハールから近いパキスタンとの国境は、パキスタン側ではクエッタの辺りですが、国境はどういう状況でしょうか?
レシャード:基本的には、国際的なルールに従っていてパスポートのような証明書が必要ということになります。しかし現実として、あの辺りに住んでいる人たちは、そういうものなく出入りしています。
タリバンが政権をとる直前、国境付近のスピーン・ブールダクという地方をタリバンが制圧したときに、「どういう人が入ってくるか分からないという不安」からパキスタン側が国境の出入りを厳しく制限した時期がありました。
しかしタリバンがアフガニスタン全土を制圧してからは、多くの人々がアフガニスタンからパキスタンに入国してパキスタン経由で海外に行っています。ですから今はそれほど厳しい状況ではないようです。パスポートを持っている人はしっかりビザを取って入国しますし、そうでない人も何かしらの証明書等を見せれば入れるような状況です。
■アフガニスタンのコロナ問題
中田:アフガニスタンの中で、トルコがボランティアでいろいろな活動をしていると聞きましたが、カンダハールのほうではいかがでしょうか?
レシャード:カンダハールにはトルコが経営している私立の男女が通う学校があります。この学校はタリバン制圧後にも活動を再開しており、今も授業を行っています。女子の授業も実際に再開しています。
但し先ほど言いましたように、トルコにしても金銭的な部分に制限が加わっているので、それ以外の支援は限られています。
中田:なるほど。我々もボランティアやチャリティーをやりたいと思っているのですが、カレーズの会のカンダハールの責任者のシェルシャー先生(カレッド先生の弟)は近々日本に来られる予定はございますか?また、お金をお送りしたいときにアフガニスタンに届ける方法はあるんでしょうか?
レシャード:正直なところ、現時点では出入りが制限されています。特にコロナの問題がありますので、ワクチンの証明書がないと海外に出られないといった制限、あるいはアフガニスタンから出国できる便が少ないといった問題があり、現地事務所長は今年も日本に来れそうもありません。
ですから今、お金を送る方法がないかどうかを考えて、段取りしています。多額でなければ難しくありませんから、ある程度日本からも送っていきたいと考えています。
中田:コロナの話題がでましたね。アフガニスタンにはそれよりも危険なことがたくさんあるので、あまり問題になっていないのかもしれませんけれども、コロナについてはいかがでしょうか?
レシャード:私の手元にある情報では、今、約75万6000人のコロナ感染者がおります。
中田:そんなに出ているんですね。
レシャード:はい。大勢出ておりまして、PCR検査をやると20%ぐらいの陽性率があります。
但し、PCR検査ができる場所が限られておりまして、全国にあるわけではありません。ですから見えている感染者数は氷山の一角だろうなというような気もします。
また、感染者の約4.6%が死亡しているのですが、実は困ったことに医療従事者が罹っているケースが結構おりまして、当然死亡者にも医療従事者が大勢おります。アフガニスタンの医療従事者はもちろん少なく、元々足りていないので、医療従事者がコロナに罹ったり、亡くなっているというのは本当に大きな痛手です。
もうひとつ、これはアフガニスタンのデータの取り方の話ですが、報告された感染者は男性が主体になっていて、68%が男性です。このデータは、実際に男性の感染者が多いのか、それとも女性の感染データが表に出てこないのか、その辺りは判断が難しいところですね。
■アフガニスタンの医療の実態
中田:カンダハールのレシャード先生のクリニックのこれまでの活動についてまず教えてもらえますか。
レシャード:私はソ連軍が侵攻してきた次の年1980年から毎年難民キャンプに行って医療活動をやらせてもらいカレーズの会を立ち上げました。最初はNGOでしたが今はNPO法人になっています。ゼロからスタートしたのですが、今まで67万人の患者さんを無償で治療してきました。それから21万人の子供達に予防接種をしています。実はアフガニスタンではお産で母親や赤ちゃんが亡くなるケースが非常に多く、いまだに破傷風がものすごく多いんです。お産の時に破傷風になる。だから、子供が産める年齢の15歳から45歳の女性に、破傷風の予防接種をやるようにしています。これまで約59,000人の女性に破傷風の予防接種をしてきました。
ありがたいことに、タリバンがカンダハールを支配してからも、うちのクリニックは順調に活動できています。実は、タリバンがカンダハールを制してから数日以内に我々カレーズ会のクリニックを視察にやって来まして、「今まで一生懸命やっていることは我々も以前から知っているし、ぜひとも継続してください」と話がありました。
その際我々のスタッフは彼らに「このクリニックでは24時間365日の体制でお産をやっています。女性のスタッフでないとどうにもならないので、そういう女性のスタッフたちがちゃんと出勤して、ちゃんと仕事をしてもらわないとクリニックが成り立たない」という話をしまして、タリバンからも「それは十分に分かってます。クリニックへの通勤時はヒジャブ(女性が頭を覆う布)をしたりブルカ(女性が頭を覆うヴェール)をかぶってもらいますが、クリニックの中ではどうぞ皆さん今まで通りに続けてください」と言っていただきました。
事務方の女性に対しては多少厳しいところもあるようで、どの辺まで厳しいのかなかなか読めない部分もありますが、少なくとも女医さんや看護師、助産師といった人たちについては、一切問題なく仕事が続けられております。
一方で、我々はワクチンの接種をやっておりますけれども、ワクチンについては、正直言ってしっかりできていない部分があります。
ワクチンは、クリニックで接種する場合と家々を周って接種する場合がありますが、家々に行くときには女性でないと家に入れません。歩いて周って他の家に行くようなことが少し制限されておりますので、なかなか滞ってしまうというのがひとつ。
もうひとつはワクチンそのものの問題です。ワクチンのアンプルをユニセフから頂くのですが、これに少し制限が加わっていまして、ワクチンが届かないこともあります。ユニセフにしてもWHOにしても、職員がなかなか出勤できていないので、そういう制限はでてきます。
またNGO”BARAN”という支援団体が、USAID(米国国際開発庁)というアメリカ政府の援助組織が行うアフガニスタン医療支援を通じて、カンダハール州を含む複数の州で公立診療所の管理・運営を一手に引き受けていたんですが、このBARAN管理下の診療所が活動をほとんど停止しているようです。我々のクリニックにもその分の患者さんがいっぺんに来るようになってしまっています。
それでも職員は一生懸命対応してくれていますが、問題はやっぱりお金のことです。患者さんにもお金の余裕がないですし、処方箋を出して外で買ってくださいというわけにもいかないので、現在我々は薬は全て無償で提供しております。ですから患者さんに提供する薬をどうやって買うか、それは少し困っております。
アメリカと国連はタリバンをテロ組織に認定しているので、タリバンが8月15日にカブールを征圧するとアフガニスタンの銀行の資産を凍結してしまいました。それで当初は1週間に1人200ドルしか預金を下ろせませんでした。200ドルでは薬も買えません。10月初頭から国際社会、特にアメリカが、アフガニスタンとのお金の出入りの制限をほんの少し緩和しました。1週間に持っているお金の5%までは出せるといったような制限は加わりましたが、それでも前より少しは薬を買えるようになりました。
職員の給料は、銀行の営業停止が原因で8月は遅れてしまいましたが、9月に2か月分を銀行振り込みで支払えました。しかし、職員は現金を手にするのが大変で、これは依然として大きな問題です。職員も食べていかないといけないわけですから。この現金引き出しの規制という金銭的な部分がネックになって、活動に制限が加わってしまっているのが現状です。
(第2回につづく)
構成:甲斐荘秀生