もうすぐキャンプインが近づくプロ野球では、自主トレに励む各球団の選手がスポーツ紙の紙面を賑わせている。昨年8月に後輩選手へ暴行をしていたことが明らかになった中田翔もその一人である。
そして驚かれたのが、同じチームの後輩であるもののポジションが被る秋広の弟子入り志願を快諾したことであった。中田は1月13日に行ったリモート会見で「しっかり体をいじめ抜く期間で、遊ぶ期間ではない。この時期にこれだけやる、というのを一緒に苦しみながら示したい」と答えた。一方の秋広も志願した理由を「日本ハムの時から守備が一番うまいなと思っていたことと、2軍で一緒にやっていたときにすごい練習熱心だと。タイトルも取られている方が、ああいう姿勢でやっていたのが勉強になった。それに比べて自分はもっとやらなきゃいけないと思い、姿勢を勉強したいと思いました」と説明し、ハードな練習を送っているという。
中田も会見で今季の意気込みを聞かれると「今は自信しかない。今までの中田翔に戻っているはずです。(本塁打は)札幌ドームで打っていた感覚で自分のスイングができればいい。キャリアハイは打ちたい」と自信を覗かせた。原監督も「本来の姿を見ていない」「中田も黙ってないでしょう」と語っていたことを耳にすると、「もちろん黙っているつもりもない。
各紙がこうして中田の自主トレを取り上げているが、筆者は中田の発言でどうしても引っかかっていることがある。それは昨年12月の契約更改の際に「萎縮してしまっている自分がいた」と告白していたのと打って変わって、「去年のシーズンはもう終わったので、自分らしく今までどおりにやっていきたい。結果を残して1日も早くファンのみなさんに認めてもらえるよう、性根をすえてやっていきたい」と話したことだ。
「今までどおり」というのはグラウンドで他チームの後輩選手を脅し(過去に大阪桐蔭の後輩である西武森友哉を一塁塁上で脅したことがある)、気に入らない後輩に暴力を振るうことだろうか? そんな考えが頭をよぎってしまった。確かに「もう終わったことなんだから放っておいてやれよ」という巨人ファンの声が出てきそうだが、中田は責任など取っていない。移籍会見で謝罪をしただけである。年俸は3億4千万円から大幅減の1億5千万円まで下がったが、それは打率1割5分4厘、3本塁打と高年俸にふさわしい働きをしていないからである。 この件については日本ハムも中田をトレードに出しただけで誤魔化してはいるけど、当事者の中田は契約更改の場でも自主トレのリモート会見でも特に反省の言葉を出していないのが気になったのである。
スポーツ紙も中田の暴力事件はなかったかのような扱いをしている。特に中田を大きく取り上げているのは報知新聞だ。巨人御用達スポーツ紙であるせいか、今年になって中田に関して好意的な記事が多く掲載されている。
例えば、自主トレのリモート会見の記事は「【巨人】中田翔が移籍2年目のシーズンへ闘志「一から頑張るだけなので」」と見出しを付け、暴力事件については一言だけ。後輩・秋広との関係については「【巨人】秋広優人、中田塾では1日米9合の食トレ!「1軍で戦える体を作れるように」」という見出しを付け、中田が厳しく指導している様子を報じている。しかも「【巨人】中田翔、秋広優人への1日米9合の食トレサポートで「破産しかけています。米送ってください」」という見出しの記事では、中田が冗談で「ちょっと破産しかけています。米送ってください」と言ったのを一つの記事として取り上げているほどヨイショしている。他にも「【巨人】中田翔の言葉の法則 20年「レベチ」→自己最多31発 21年「ゴミ」→自己ワースト 今年は…「自信」」なんて見出しの記事で中田が今年大活躍するような予感をさせる記事まで掲載させている。昨年1割5分の男に何を期待しているのかわからない。しかもヤクルトOBで野球評論家の宮本慎也氏から、「中田には決定的な弱点がある。極端に踏み込んで打つため、内角への速い真っすぐや、内角に食い込んでくる球種に対してほとんど対応できない」と指摘されている。パ・リーグと違ってセ・リーグは弱点を突く投球が主流だ。徹底的に弱点を突かれた中田がどこまで成績を残せるのか疑問である。これだから御用達新聞はダメだと言われてしまうのだ。
それともう一つはっきりとさせておきたいのは、中田は特に処罰を受けていないことだ。確かに日本ハムにいた2021年8月に無期限の出場停止処分を受けたが、9月には巨人に無償トレードされ、処分は解かれた。日本ハム側は当初「統一契約書第17条に違反し、野球協約第60条(1)の規定に該当するものと認定」としたので無期限の出場停止にしたが、巨人は統一契約書を無視していると思いたくなるほどの早さで処分を解除している。球団によって統一契約書の見解が変わるのであれば何のためにあるのか意味をなさない。この点についても報知新聞は巨人側が演出した「野球ができなくなるかもしれない中田を巨人が更生のために居場所を作った」という美談に乗っかった。日ハムの処分を受け入れて二軍で反省している姿を見せたならば通用したかもしれないが、すぐに処分解除して一軍でスタメン出場したら説得力ゼロである。
しかも中田にはまだ疑惑が残っている。それは2021年1月に週刊新潮が報じた、裏カジノ経営者との“黒い交際”の件だ。記事によれば中田は裏カジノ店経営で逮捕された男性とグラウンドで記念撮影をし、当該男性は自身のインスタグラムに写真をアップしている。その際に「日ハムの練習風景、中田選手、西川選手いつもありがとうございます〉との一文が絵文字付きで添えられていた。
この件について中田はインスタグラムで「記事のこと本当なんですか?」という一般ユーザーから質問されると「記事のような事実はありません!!」とコメントを残しただけ。
もし中田が増長して後輩へ暴力やいじめをしたら巨人はどんな処分を下すのだろう。恐らく知らん顔をして逃げるのではないか。それは原辰徳監督が不倫関係を暴力団員に知られ、脅迫されて1億円支払ったのと、暴力団員と知って金を渡した場合は野球協約違反となるため記者会見で「反社会的勢力ではない」とうそをついた件での対応でも明らかだ。週刊文春に事件を報じられると巨人側はなんと文春を提訴。裁判は1審東京地裁判決は、記事の内容が真実と信じる理由があったとして巨人の請求を棄却。2審東京高裁も「巨人の担当者が会見で虚偽の説明をしたと推認できる。記事の主要部分は真実だ」と支持し、巨人側の敗訴が確定している。敗訴が確定した時に巨人側は「事実誤認の甚だしい不当な判決が確定したのは極めて遺憾だ」とコメントしている。
この件で見て取れるのは巨人の「我こそは球界の盟主である」という不遜な態度だ。はっきりと言っておきたいが、巨人が球界の盟主だったのは20世紀の終わりまでだ。
プロフィール:篁五郎
1973年神奈川県出身。小売業、販売業、サービス業と非正規で仕事を転々した後、フリーライターへ転身。西部邁の表現者塾にて保守思想を学び、個人でも勉強を続けている。現在、都内の医療法人と医療サイトをメインに芸能、スポーツ、プロレス、グルメ、マーケティングと雑多なジャンルで記事を執筆しつつ、鎌倉文学館館長・富岡幸一郎氏から文学者について話を聞く連載も手がけている。
文:篁五郎