「左手は不浄」という考え方が、あるか、ないかをいってしまえば、仏教の発祥地であるインドには食事を素手で食べる文化があるため、右手のみで食事をすることには一定の合理性がある。ただ、日本人にとって「左」がすべて不浄・不吉かというと、決してそうともいえないことを明快にまとめた文章が、小社刊『百年先まで保護していきたい 日本の絶滅危惧知識』にある。

日本人の深層に潜む「左」に対する意識を、ここで改めてチェックしてみよう。





◾️両手に御利益がある「招き猫」

 



 マイノリティーとして長年憂き目をみてきたサウスポー。つまり左利きだが、近年はスポーツに有利だとかいわれだしてうらやましがられることも増えてきた。



 駅の自動改札機やドリンクの自動販売機など、左利きにとって不便なものはまだまだあるのだが、肩身の狭い思いをしなくていい世の中になったのは左利きにとってありがたい。



 そもそもなぜ、左利きがイヤがられていたのか。



 特に箸の持ち方なんかは左手が忌み嫌われ、左利きの子供は右手で持つように矯正されたものだ。



 理由のひとつは、左を不浄、不吉とする考え方にある。死に装束の着物は左前だし、不祝儀(ぶしゅうぎ)袋も左開きで包まれ、出棺の際に棺を左回りで回すなど、左はなにかと死にまつわる儀礼や風習に結びついている。



 しかしそうはいっても、左は歴史的にみて必ずしも不吉だとか不浄だとか決まっていたわけではない。



 その証拠に注連縄(しめなわ)は左ねじりで、主食のごはんを置くのは左側、左大臣は右大臣よりエラいし、左うちわは悠々自適な生活を指すなど、左がよしとされてきた場面も少なくはないのだ。



 右利きと左利き、どちらの顔も立てているのが招き猫。右手を挙げているものは金運を招き、左手を挙げているものは千客万来を意味して人を招くといわれ、どちらも縁起がいい。



 さらには両利きにうれしい両手を挙げた招き猫もいる。ただし両手挙げは「降参」や「お手上げ」のポーズに見えなくもないせいか、かなりの少数派だ。



  



◾️文/吉川さやか(よしかわ・さやか)



早稲田大学卒業後、出版社などでの勤務を経てイタリア、ドイツに留学。ライプツィヒ大学にて言語学を学ぶ。帰国後は編集者、企画制作ディレクターなどとして活動。





◾️監修/新谷尚紀(しんたに・たかのり)



1948年広島県生まれ。国立歴史民俗博物館教授、国立総合研究大学院大学教授等を経て、現在、両名誉教授。著書に『生と死の民俗史』『民俗学とは何か』『神道入門 民俗伝承学から日本文化を読む』など多数。

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