時代の変化と共に忘れられつつある日本の風習やしきたりのなかから、特に後世にまで伝え残していきたいものを、「縁起」「行事」「衣食住」「生活と文化」の4章構成でまとめた『百年先まで保護していきたい 日本の絶滅危惧知識』(KKベストセラーズ)。今回は、「生活と文化」の章に所収の「土用の丑の日」にまつわる話を紹介したい。
◾️土用の丑の日のタブーとは?
土用の丑(うし)の日といえばうなぎである。江戸時代の学者、平賀源内が夏に売れなくて困っているうなぎ屋のために「土用の丑の日にうなぎを食べれば滋養になる」と提唱して世間に広まったというのが有名な俗説で、うなぎ業界はさぞかし源内に感謝していることだろう。
土用の丑の日の習慣はうなぎだけにとどまらない。うなぎと比べて知名度はかなり劣るが、薬湯や温泉に入る「丑湯」、衣類や書物を外に干す「土用干し」、灸治の効果が高いとされる「土用灸」、うなぎに限らず「う」のつく食べ物、例えば梅干しや瓜などを食べるというのもある。いずれも夏バテせず快適に過ごすため編み出された知恵だろう。
ところで土用には引っ越しを凶とする言い伝えもある。土用は「土公神」(どこうじん) という土の神さまが支配する時期といわれていて、この間に土をいじると神さまが怒ると考えられていた。そのため、土を用いる農作業や土木作業のほか、引っ越しや旅行なども慎むべきとされたのだ。たとえ言い伝えなど気にしない人でも、夏まっさかりの土用に引っ越したりするのは、間違いなく体力的にキツイ。
ちなみに土用というのは夏の時期だけと思われがちだが、立春、立夏、立秋、立冬の前の18日間のことを指し、年に4回ある。いずれも季節の変わり目となる時期なので、体調に気をつけながら無理せず過ごすのがよさそうだ。
(『日本の絶滅危惧知識』から抜粋)
文/吉川さやか(よしかわ・さやか)
早稲田大学卒業後、出版社などでの勤務を経てイタリア、ドイツに留学。
監修/新谷尚紀(しんたに・たかのり)
1948年広島県生まれ。国立歴史民俗博物館教授、国立総合研究大学院大学教授等を経て、現在、両名誉教授。著書に『生と死の民俗史』『民俗学とは何か』『神道入門 民俗伝承学から日本文化を読む』など多数。