早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。

その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、注目されている。AV女優「渡辺まお」時代の「私」を、神野藍がしずかにほどきはじめる。「どうか私から目をそらさないでいてほしい・・・」連載第15回。



お金が手に入る? 人気者になれる? AV女優という職業は楽...の画像はこちら >>



 



【AV女優志望の理由が変わってきている!?】

 



 「最近さ、お金が必要とかの差し迫った理由があって応募する子はほとんどいなくてさ。ここ一年くらいは “キラキラしたAV女優になりたいです!” とか “有名になって、ゆくゆくは服やコスメをプロデュースしてみたくて!” みたいな理由でデビューする子が多くなった気がするんだよね。まあ新人が増えるのは良いけど、何かなあ……」



 メーカーのキャスティング担当の方が淡々と話す。この日の現場が終わったのは午前二時頃で帰る手段もないので、家まで送迎してもらっていた。私以外に乗っていた二人を送り終え、残るは私一人になった。疲労で眠気がピークに達していたが、起こしてもらうのも申し訳なくて、車内がしんとしないようにぽつぽつと言葉を発する。その最中に先ほどの話題があがり、どこか物憂げに語る姿とその言葉をはっきりと記憶していた。



 



 AV女優に対するイメージはここ数年でかなり変化してきている。アダルト作品の枠を飛び越えて、ネット番組や一般の雑誌への露出も増えてきた。

以前よりも活動の幅が広がったことで「ああ、この人ってAV女優だったんだ」と後から気が付くケースも少なくはない。SNS上でも女の子たちが「〇〇ちゃんみたいになりたい!」と言って、憧れの女性としてAV女優の名前をあげるのもよく目にする。



 私は幸運にもAV女優という職業を変に囃し立てたり、掘り下げたりしない人間に囲まれていた。私の友人たちはデビューするときから理解を示してくれているし、新しく出会う人たちも割とすんなりと受け入れてくれた。平穏な大学生活を送れたのもコロナ禍だったからというのもあるが、一番は「自分から話をするまで聞くのはやめようって」なんて言ってくれるクラスメイトがいたからこそだ。きっとそういう環境にいなかったら、人間関係においてもっと苦い思いを味わっていたし、そんな状況もあって、心のどこかで「世間はAV女優に対して寛容になってきている/偏見が少なくなってきている」という風に考えてしまっていた。



  



【社会はAV女優に対して寛容的か?】

 



 社会というものはもっと柔軟で変化しやすいものだと思っていたが、それは大きな間違いであった。



 自分に対して友好的な世界を一歩外に出てみると、AV女優に対して、性産業そのものに対して、偏見やそれなりにマイナスの感情を抱く人間はまだまだ多く存在する。多く存在するというよりも、そういった人たちの方が大多数だ。



 それは当たり前のことである。長い時間蓄積されてきたイメージをここ数年で一気に消し去ることは不可能であるし、そもそもAV女優の活躍が耳に入るのもごく一部の層だけなのかもしれない。色々な情報が飛び交うSNS上ならまだしも、それにアクセスしていなければその情報すらキャッチできない可能性もある。

「AV女優がキラキラ輝いていて、憧れの人になっている」というのはこの世界のほんの上澄みの部分を切り取っているから、そう見えるだけで現実はそう甘くはない。



 きっと私に対して寛容であった人たちも友達という関係性だから気にしないだけで、「AV女優であるのが自分の家族だったら」「恋人がAV女優だった過去がある」などもっと自分に近しい存在に当てはめてみたら、その反応や考えは大きく変わるかもしれない。



 世の中として「色々なものに寛容であるべき、または偏見を持たないように生きよう」といった流れがあるが、それは物事を自分事として深くまで考えておらず、「世の中の色々なことに理解のある自分」とただ外側を綺麗に取り繕うだけ、一種のブランディングみたいなものに留まりがちである。それ自体は悪いとは思わないが、真の意味での理解とは遠いのかもしれない。



 



 冒頭で触れた話に戻るが、「キラキラしたい」とか「ちやほやされたい」という心情や承認欲求は理解できる。特に今はSNS上で他人の生活やそれを支える経済力が可視化されたために、それによっていくらでも自分と他人を比べられるようになった。おのずと求める幸せの総量は増加傾向にあるだろう。「そんなネット上で威張っても」と思うかもしれないが、人によってはそれが現実よりも現実の場合がある。



 確かにAV女優になれば、承認欲求を満たしてくれるようなファンやそれなりにまとまった金額は手に入る。多くの人々が一か月で稼ぐ額を半日で稼ぐことだって可能だ。自分が手にするもの、失うもの、考えないといけないこと、そんなもの全てを天秤にかけて考えたとしても、承認欲求を得たい方に傾いてしまうのだろう。色々な要素が絡み合ってそうさせているのかもしれないが、一通り経験した身からすると物悲しい気分になってしまう。



  



【荒野への道は薔薇色に舗装されている】

 



 AV女優という職業の入り口は楽園への入り口かのごとく綺麗に整備されている。「お金が手に入る」「人気者になれる」「夢をかなえられる」「身バレはしにくいです」心地の良い言葉ばかりが聞こえてくる。しかしながら、AV女優の出口は何もない荒野だ。誰も辞めた後に起こる面倒ごとは助けてはくれないし、セカンドキャリア支援と謳っている事務所もあるだろうが、そんなものは現役の時に比べたらお金にもならず、そこまで力をかけてはもらえない。



 それこそ彼女たちが考えているAV女優の薔薇色の出口をくぐれるのはほんの一握りだ。しかもそこまでの過程については本人の努力じゃどうにもならないようなことも多い。未だに辞めさせないために、他の業界を見せないようにする事務所も存在して、本人が望んだところでアパレルやコスメ、一般媒体の仕事へ繋がる道を閉ざされることもあるのだ。



 



 AV女優は誰でも気軽になれる職業じゃないし、そうなってはいけない職業だ。どんなにもてはやされたとしてもだ。そこには絶対の壁がなくてはいけない。



 勘違いしている方もいるかもしれないが、私はAV女優という職業に対して何の恨みも持っていない。私がネガティブと捉えられるようなことを発信するのは、他に誰も発信する人がいないからだ。

ポジティブなことは私が言わなくても、女性をAV女優にさせることでお金を稼いでいる人たちが勝手に発信するのだから、私がやる必要はないのだ。



(第16回へつづく)





文:神野藍





※毎週金曜日、午前8時に配信予定 

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