「インボイス制度」の中止・延期を求める団体「インボイス制度を考えるフリーランスの会(通称:STOPインボイス)」が11月13日に衆議院第二議員会館で記者会見を開いた。今回は、「インボイス制度」がスタートしてから起きた現場での実態について、緊急意識調査を実施した結果の報告。
その調査結果で明らかになったのは、免税事業者への誹謗中傷、取引先からの一方的な値下げ要求、取引排除など、事前に懸念されていたことばかりが起こっていたというもの。会見では、各官庁への質疑応答も行われ、一般参加者からも中止を訴える声が飛んだ。
■インボイス開始一ヶ月で予想通りの問題が噴出し混乱
会見は、STOPインボイスの小泉なつみ代表によるアンケート結果の報告から始まった。アンケート11日間で約3000件も集まり、回答者の職業は約6割が1000万円未満のフリーランスや小規模事業者であった。しかし約3割が会社員で、その他年商1000万円以上の事業者も回答しており、インボイスがフリーランスだけの問題ではないということがうかがえる。
現在のインボイス登録状況を見てみると、アンケートでは39.9%が「登録した」、11.1%が「登録を検討中」で、37.9%が「今後も登録するつもりがない」という回答結果に。登録した理由のトップは「すでに課税事業者だったので登録した」。次に「強制があったわけではないが、登録しなければ仕事が継続できなさそうだと感じるから」「登録しなければ仕事をもらえないと取引先に言われたから」「登録しなければ報酬を値下げすると取引先に言われたから」などマイナスの回答が目立った。
またインボイスがスタートしたことによって「経理事務負担が増えた」という声も多く、3割超が「説明や交渉の負担増」「手取りの減少」を訴えた。そして開始前から懸念されていた「免税事業者とは取引しない」というお達しによって取引排除も起きているという。
しかもインボイス自体複雑な税制であり、専門家に相談したいが、約5割が「相談先はない」と回答している。
開始前に政府が繰り返し述べてきたセーフティーネットも機能していないことがわかる。アンケート結果では、一方的な取引停止や取引先からの値下げ通告が起き、免税事業者が守られていない現状だ。さらにSNS上では、声優の岡本麻弥さんへインボイスに関する誹謗中傷が続いているが、現実世界でも同じ事例が起きていた。
「『免税事業者はこれまで消費税を懐に入れて丸儲けしてきたのだから、8%でも上乗せする必要はない』と取引先の経理に言われ腹が立った」
「インボイス未登録というだけで犯罪者、脱税などの誹謗中傷を受けたり脅迫めいたメッセージが届いたりしたこともあり、心労に悩まされている」
こうした声も届いている。
悪影響はフリーランスだけではない。会社員でも上司から「免税事業者を切れ」という命令を受けて、下請法に引っかからない言い回しや順序を取って、現場としては取引を続けたい相手を切らねばならなくなったという状況も報告されている。
インボイスが開始されて一ヶ月経ったが、誰もが苦しんでいることが明らかになった。

■インボイスについて公正取引委員会に相談しても無駄?
その後、公正取引委員会からの報告と質疑応答へ移ったが、報告については残念としか言い様がなかった。
「免税事業者の方々が不当な不利益を受けないように関係省庁と共同でインボイスQ&Aを公表し、免税事業者の取引の停止や一方的に著しく低い取引対価を設定してこれに応じない相手方との取引を停止した場合にはですね、問題となる恐れがあることを明らかにした」
「インボイスによる独占禁止法違反が40件報告され、違反した事業者には注意喚起をした」
事前に公正取引委員会に送っていた質問についても、いつもの通り「個別具体的な事案に基づいて」という回答に終始。会場が落胆した雰囲気に包まれそうな中、会見に出席していた福島伸享衆議院議員(無所属の会)が公取に食い下がる。
「そういう難しいことは多分わからないと思うんですよ。
このように語り、STOPインボイスに寄せられた声を具体的として挙げた。
「フリーランスのSEです。『登録は強制しないが、登録しないなら契約は継続しない』と元請けから言われ、事実上の強制だと困惑しました。年末までの契約なので年明けからはどうなるのか不安です」
しかし公取は「正直判断しがたい」と回答を拒否。すると福島議員の声のボリュームが上がった。
「これしかないんですよ。多くやればやるほど独禁法に引っかかる可能性があるから、この言葉しか言わなかったりするんです」
強い口調で、再度公取へ聞くが、それでも公取側ははっきりとは答えない。
「その言葉だけではなく、それまでの取引のお互いの力関係とか、そういった色々な事情を判断して、例えば強制ということがあったのか、なかったのかということが判断される」
あくまでも言葉だけではわからないというスタンスを崩さずに福島議員は食い下がる。
「これだけで判断できないんだったら、もう独占禁止法は役に立たないってことなっちゃいますよ。インボイス登録しないなら契約は継続しないって言われても、それが独占禁止法違反じゃありませんという可能性があると言われるのだったら、独禁法とか公取とかそんな難しいことを言われてもしょうがない。結局ダメなんじゃないかってことになると思う。だからここで答えるべきことは、言われたことが独禁法違反になるのか、ならないのか。
公取はあくまでも言葉以外の部分も含めて調査しないと判断できないと続けるばかり。すると、会場の後方から大きな声が上がった。

VOICTION(インボイスに反対する声優有志の会)の共同代表・咲野俊介だ。司会からマイクを渡されると、会場の前まで移動し、改めて公取へ問うた
「この一言だけはわかりませんと今おっしゃいましたよね? 免税事業者は、この一言に振り回されてるんですよ。ここに、どんな理由があるかなんて免税事業者にはわからないんですよ。その辺どうお考えですか」
しかし公取の答えは変わらない。咲野氏も引き下がらず一つひとつ質問を返していく。それでも公取は具体的な回答をしない。さらに司会をしていた声優の福宮あやの氏からも関連した質問をされる。だが、公取は態度を変えることなく回答を事実上拒否し続けた。
業を煮やした福島議員が再びマイクを握る。「あのね、この事例が取引先との関係性がわかるから」と述べて、アンケートに寄せられた声を紹介した。
「企画・制作の仕事です。プライベートでも仲の良い社長から『未登録の相手とは今後、取引をしない』と言われた。免税事業者との取引は複雑すぎて経理が対応できないとのことで、交渉の余地はなかった。激変緩和措置がむしろ取引排除を促進していると感じた」
福島議員が、「この事例は独禁法違反にはなりませんよね。プライベートでも仲いいから」と聞いても、公取は同じ回答を繰り返すばかり。通常の感覚ならば、仕事をもらっている方が下になるが、公正取引委員会にはわからないらしい。
そこに元自民党衆議院議員で税理士の安藤裕氏が助け舟を出し、公取に実際に独禁法や下請法に対応している公取職員の人数を聞くと驚きの数字が出てきた。
なんと、全国で僅か数十人。要するに100人にも満たない人数で対応しているという。
閣僚は、国会で「インボイスで免税事業者が取り引き先から不当な扱いを受けた」「インボイス関連で下請法や独占禁止法違反の恐れがないか」という質問をされると、「公正取引委員会に相談」という答弁を繰り返している。その公正取引委員会では、たった数十人しか対応できないのであれば、まともな応対は不可能だ。救済措置は絵に画いた餅であった。
現在、インボイス関連のコールセンターも開設されているが「繋がらない」といった声しか聞かない。これではインボイスについて相談できない。独禁法や下請法について対応する職員を入れると、3000人いるというが実際には役に立っていない。このやり取りで行政がまともに機能していないことは明らかになった。

■STOPインボイスから財務省・国税庁・公取・中小企業庁へ送られた要望の中身
インボイスは下請けだけではなく、経営側にも大きな負担になる。現在は経過措置があるため、インボイス登録していない事業者との取り引きで消費税を負担しても僅か2割で済む。しかし経過措置は6年で終了になるので、その後も未登録事業者と取り引きをすると10%分を元請け側は支払いしないといけない。
税理士の元には「経過措置が終わった後、取引金額をどれくらい下げていいのか?」という相談が相次いでいるそうだ。全国青年税理士連盟の亀川税理士から「6年後に混乱する恐れがあるから指針を示して欲しい」と要望した。しかし、公正取引委員会は壊れたテープレコーダーのように同じような答えしか出てこない。指針を示せない。これでは現場でも回答ができないのは明白だ。
その後、STOPインボイスより財務省・国税庁・公正取引委員会・中小企業庁へ要望書が手渡された。その文書には、以下の内容が記してある。
「インボイス制度を考えるフリーランスの会では、適格請求書等保存方式、いわゆるインボイス制度の開始 1ヶ月を機に、オンラインによる緊急意識調査を行った(調査期間:23 年10月20日~31日)。わずか 11日間の募集期間で免税事業者、課税事業者、会社員、経営者などから集まった声は約 3000 件におよび、自由記入欄とした〈制度開始で不安に感じていること〉へのコメントには約 2000 件の声が寄せられた。本調査では、インボイス制度開始によって会社員を含む回答者全体の約 7 割が「事業の見通しは悪い」「廃業・退職・異動も検討」と、マイナスの影響があると回答。インボイス発行事業者である/なしにかかわらず、同制度が仕事や暮らしに悪影響を与えている結果が明らかになった。我々は、今回寄せられた不安や実害の声を以下の 6 つの問題点として整理した(以降、枠内は本調査に届いた声を一部抜粋して記載)。
当会は 21 年 12月の活動開始より一貫して、以下の点について問題を訴え、見直しを含めた中止・廃止を度々、政府・行政に呼びかけてきた。危惧が現実のものとなった今、この6つの問題点を是正できない限り、インボイス制度の当面の運用停止・中止・廃止を改めて要請する。財務省・国税庁・公正取引委員会・中小企業庁の皆さまにおかれましては、本要請に対する見解を、2023 年 11月22日(水)までに下記のメールアドレスまで、ご回答いただけますよう、お願いいたします。
〈制度開始一ヶ月の実害を踏まえた適格請求書等保存方式(インボイス制度)の運用停止・中止・廃止を求める要請書〉
2023年11月13日
インボイス制度を考えるフリーランスの会
【1】不景気・物価高の中での“インボイス増税”であること
ゼロゼロ融資の返済が本格化し、倒産件数が増え、実質賃金が 18ヶ月連続マイナスとなる今、増税となるインボイス制度が開始されたことで、事業継続への危機感を募らせる声が多数届いた。また、回答者は 20~40 代の現役世代が約 8 割を占めることから、ライフプランや子育てへの影響を懸念する声も多い。
コロナ禍、戦争による物価高騰を受け、世界の 10カ国以上で消費税(付加価値税)の減税が行われる中、不況にあえぐ現状での“インボイス増税 ”は、世界の潮流に逆行するものと言わざるを得ない。消費税増税分を民間同士で押し付け合う不毛な仕組みから、抜本的に改めることを求める。
【2】免税事業者に対する一方的な値下げ、取引排除の横行
インボイス未登録の事業者に対し、交渉の余地のない一方的な報酬カットや、取引排除が相次いでいる。また、「免税事業者を使うな」といった“ お達し”を出す企業もあり、“ サイレント免税事業者切り”が横行。良好な取引関係が制度開始によって壊されている。加えて、免税事業者からの仕入れが最初の 6 年間は5~8 割控除できる経過措置によって経理事務がさらに複雑化することから、かえって免税事業者を排除する方向に作用している実態も明らかになっている。
公正取引委員会は、事務処理の負担を理由にした免税事業者との取引停止は独禁法違反で問うことは難しい、という見解を示しているが、これが問題にあたらないならば、もはや免税事業者排除が合法化しているといっても過言ではない。免税事業者への速やかなセーフティーネットの整備を求める。
【3】インボイス未登録事業者への差別・バッシング
インボイス未登録事業者や免税事業者に対し、差別やバッシングが起こっている。消費税が「預かり税」であるという誤解から、「脱税」といった誹謗中傷を受けた事業者、客から「インボイスが出せないなら値引きしろ」といったカスタマーハラスメントにあたるような対応をされた店もある。
税理士や税務署ですら制度への理解が追いついていないケースも見受けられる中、消費税は預かり税ではないこと、免税事業者であっても消費税を請求することに問題はないことなど、インボイス未登録事業者が差別されないような発信と周知を強く求める。
【4】複雑を極める制度により、生産性のない過重な事務負担で疲弊する現場
調査では、2 人に 1 人が「経理事務負担」を感じており、3 割超が「説明や交渉の負担」を訴えた。度重なる残業がライフワークバランスに支障をきたした結果、本調査に先んじて行った経理担当者向けアンケートでは、3 割超が「異動・退職・転職を考えている」と回答している。
「経過措置」「激変緩和措置」「特例」といった複雑怪奇な建付けとなっているインボイス制度が税の三原則のひとつ「簡素」に立ち返ることこそ、働き手にとって最大の負担軽減策となることは言うまでもない。簡素な制度設計への見直しを要請する。
【5】自由な商取引が阻害されている
提供する商品・サービス・スキルの前に、「インボイスの有無」で取引の線引きが行われている。公正取引委員会は「事業者がどの事業者と取引するかは基本的に自由」と説明するが、制度開始一ヶ月にして商取引の自由と尊厳が奪われている現状こそ、規制されるべきものと考える。ただちに法整備を要請する。
【6】税理士・税務署といった税務のプロの誤った指導と理解不足、そして相談窓口不足
財務省が、消費税は「預かり税」ではないという見解を国会で示し、消費税法上も消費税に「預かり金」や「益税」があるとは認めていないにもかかわらず、税務署や税理士から「消費税は預かり税である」とする誤ったアドバイスを受けるケースが見受けられた。インボイス制度への理解度・知識にもばらつきがあり、頼るべき国税庁のコールセンターには問い合わせが殺到し、つながらない状態が続いている。相談窓口不足、税の専門機関の理解不足の是正を求める。

■インボイス導入を決めたのは実務家がいない自民党の税制調査会
制度開始によって起きた混乱の報告はまだ続き、今度は税理士の現場で起きたことが報告がされた。「インボイス登録していない事業者との取引について」から「2割相当額控除の案内」といった事務手続きや説明業務の負担が増えたという。
さらに「コンビニエンスストアでの支払」「コインパーキングの領収書」「消費税額の記載がない領収書」についても相談がきているという。
飲食店では、インボイス番号登録のハンコを購入して領収書に押印するケースや、手書きでの対応をしなければならないこと。また、個人タクシーなどを利用すると、インボイス番号記載のレシートが発行できないため、降車時にインボイスが必要かどうか確認し、レシートにハンコを押すという事例も起きているそうだ。
税理士からは「来年の確定申告では、もっと混乱が起きる」と断言。初めて消費税を納付する事業者の消費税申告書は、手書きでは対応できない点を挙げた。また税理士の中でもインボイスに対する認識や理解は異なっていたり、税務署でも職員によって言っていることが違っていたり変わったりするという。それなのに納付期限は変わらないという点が混乱するもとになると考えられている。
インボイスによる悪影響はこれだけに留まらない。茨城県で小規模農業をしていた方は、インボイスによって廃業を決めた。
「『インボイスに登録していない場合、関係を継続できない』という話でした。そこからインボイスを調べてみたら、移行措置はあるものの、最終的には『売上の10%』がいずれ納税対象になると。そうなると、納税額が利益を上回ってしまう。廃業以外の選択肢しかありませんでした」という。
インボイスに登録すると、赤字でも納税の義務が生じる。消費税は赤字でも課税される税金である。それは利益に課税されるのではなく、課税売上から課税仕入れを控除した額を納税する仕組みだ。仕入れをしないと生産できないので、赤字でも納付することで課税されるということはあり得るという。
他にも中国から日本へやってきて飲食店を経営している方は、常連さんから「昨日の飲食代のインボイスをくれないか」と言われ、「うちはインボイス出せません」と返すと「なら10%値引きしろ」と言われたという。どう返事していいのかわからないので「次回10%分値引きする」と答えてしまったそうだ。毎回説明するのも負担なので登録してしまったそうだ。
■経営側の負担も尋常ではないことが報告されている
経営側にも負担は生じる。特に従業員10名以下の零細企業は、インボイスの確認作業が加わり、本業にも悪影響が出ているそうだ。経理業務を税理士事務所へ依頼している企業は、事務負担増大による値上げが起きている。
中規模事業者だと、インボイス番号をOCR機能で読み取るような設備への投資やシステム導入の費⽤負担増が懸念されている。経理オペレーションをゼロベースで⾒直す企業も出てきており、時間とリソースの負担増に繋がっている。さらに経理職の退職も出てきており、少ない人材で回していたのが、一人ひとりの業務量が増大してしまったのが現状だ。
ここまで見ているとインボイスを導入して一ヶ月経つが、起きているのは混乱と負担ばかりである。各官庁から来ている官僚もインボイスに関するQ&Aを膨大な量を作る負担もあれば、少ない人員でインボイスに関する対応をしなくてはならない。官僚も疲弊しているというのだから被害者である。
では、いったい誰がこんな制度を導入したのか、だ。
日本の税制は年末に与党・自民党の税制調査会で議論して決まるのだが、欧州で消費税にあたる付加価値税が複数税率ゆえにインボイスを導入しているのを知った政治家が導入したのである。元自民党国会議員の安藤氏は、党の税制調査会についてこんな暴露をした。
「党の税制調査会には実務をやっている税理士がいない」
「税の仕組みを知らない議員が決めている」
つまり現場を知らない議員が、机上の空論だけで決めているのが自民党の税制調査会だという。これでは、機能しない制度になって当然だ。最後に会見にオブザーバーとして参加した湖東税理士からも重大な欠陥が指摘された。
日本の消費税は帳簿方式(事業者が自ら記帳した帳簿にもとづいて仕入税額控除を算出して納付する消費税の金額を計算するという方法)で納税されるが、他国ではインボイス方式という制度で納付をしている。インボイス方式だと簡易課税制度が使えず明確に納税しないとならない。
要するにインボイスを導入するなら、救済措置としての簡易課税制度もあり得ないということだ。つまり帳簿方式のままインボイスを導入してしまったせいで、歪な税制になってしまい、今の混乱が起きているという。
それならば帳簿方式をやめて、インボイス制度にしたらいいという意見も出てきそうだが、自民党の税調が反対するので帳簿方式の廃止は不可能だという。
ここまで歪な形になると多くの人々が疲弊するのは明らか。もはや中止したほうが良いと考える。あるいは消費税を廃止するか、複数税率を止めるかだ。支持率が急落している岸田首相は「消費税の減税は考えたこともない」と国会で答弁したが、国民の声に聞く耳をもたない政治家ゆえにこの混乱は収まりそうもない。
文:篁五郎