「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく好評の連載エッセイ。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。
【43品目】硬と軟
世の中は硬と軟とに分けられる。野球やテニスには硬式と軟式があるし、プラスチックには硬質と軟質があり、本や雑誌には硬派と軟派がある。膏薬には硬膏と軟膏があり、人体の部位でも硬口蓋と軟口蓋、硬膜と軟膜などがあるし、水にも硬水と軟水がある。
アイスクリームでいえば、軟はその名のとおりソフトクリーム、硬はシンカンセンスゴイカタイアイスが代表格だ。今さら説明不要だろうけど、シンカンセンスゴイカタイアイスとは、東海道新幹線の車内で販売されるスジャータのカップアイスの愛称。空気含有量が少ない製法により密度が高く、しかもドライアイスで冷やした状態で販売されるため、スプーンがまるで刺さらない“スゴイカタイアイス”となっている。
溶けたアイスほど残念なものはないわけで、すぐには溶けないあの硬さが人気の理由のひとつに違いない。本年(2023年)10月31日をもって東海道新幹線のワゴン販売が廃止されるというニュースが流れた際には、「もうあの硬さは味わえないのか」と惜しむ声がネットにあふれた(ホームの自販機での販売はあるが、あそこまでの硬さはないという)。
硬いアイスといえば、井村屋のあずきバーも負けてない。「サファイアより硬い」なんて都市伝説まで生まれるほどで、実際、うっかりかじると歯が折れそうになる。
しかしながら、この2つのアイス以外で、食べ物において硬さが肯定的に語られることはあまりない。うどんなら「コシがある」、ラーメンなら「バリカタ」など、麵類にはある程度、硬さというか歯応えを求める人も少なくないが、コンビニで売られてるプリンは「なめらか」「とろける」ばっかりだし、オムライスも同様だ。特に肉料理では「やわらか至上主義」とでも言いたくなるような風潮がある。
試しに「箸で切れる」で検索してみると、「お箸で切れるトロトロ角煮」「お箸で切れるとろけるビーフシチュー」「お箸で切れるヒレステーキ」「お箸で切れるローストビーフ」「お箸で切れるロールキャベツ」、あげくの果ては「お箸で切れる極上とんかつ」なんてのまで出るわ出るわ。そんなに何でもお箸で切りたいか? ナイフの立場を考えたことがあるのか? とツッコみたくもなる。
いや、それはおまえが「箸で切れる」で検索するからだろ、と言われれば返す言葉がない。が、じゃあ「硬い肉」で検索するとどうかというと、「お肉をやわらかくする方法10選」「スーパーの安くて硬いステーキがやわらかく」「みんなの『硬い肉 やわらかく』レシピ」とか、そんなんばっかり出てくるのであった。
そらまあ、いくら噛んでも噛み切れないような硬い肉はどうかとは思う。
とはいえ、やわらかければいいってもんじゃないだろう、とも思うのだ。グルメ番組でリポーターが「口の中に入れた瞬間に溶けるみたいですー♡」と言うような霜降りの肉は確かにうまい。が、その分、脂っこさもあるし、フォワグラ的な不自然さを感じなくもない。それよりむしろ、私のような昭和育ちの中年男にとっては、歯応えのある赤身肉のほうが「肉!」って感じがする。ホルモンでは、コリコリ食感のウルッテ(牛のノドの軟骨)が好き。なかなか扱っている店がないが、メニューにあったら必ず注文する。
ステーキだけでなくハンバーグやソーセージについても同様だ。絹びきのやわらかいものより粗びきのゴツゴツしたのがいい。
さらに言うなら、ポテサラはねっとり系よりゴロゴロ系が好きだし、豆腐は絹より木綿がいい。そのへんはもう好みの問題でしかないが、あまりやわらかくて口当たりのいいものばかり食べていると、咀嚼力が衰えるのではないか。それは食べ物だけでなく、本や映画などについても言えるだろう。
歯応えのあるものをしっかり噛んで飲み込むことは、一種の筋トレである。年を取ればどうせやわらかいものしか食えなくなるんだから、せめて今のうちは歯応えのあるものを食っておきたい。そのほうが、結果的に元気で長生きできそうな気がする。医学的に根拠があるのかどうかは知らないが、「イワシの頭も信心から」というではないか。ちなみに、イワシの頭も歯応えあってカルシウムが摂れるので、なるべく食べるといいと思う。
文:新保信長