小3になる息子が俺の財布から1万円を抜いていたことが、先日発覚した。
その週は何軒もの医者をハシゴし(中年あるある)、数千円の診察料と薬代を支払った記憶があった。

まだ3歳だった彼は「ぼく、大きくなったらパパとけっこんするー」とよく言ってくれていた。結婚の意味もわからず「大好きな人とするもの」と捉えていた彼は、よくそう言ってくれいた。そんなかわいい息子が、俺の金をパクるなんて。銭湯の帰り、電動自転車の後部座席から月を眺めていた息子が、「パパー、お月さまはずっとついてくるねー。お月さまはさみしいのかな? いっしょにあそんであげようよ」。そんなやさしい息子が。いや、オレは別に金をパクられたことにショックを受けているわけじゃない。それよりも、その季節がやってきたのかと。人間、成長するに連れ、大なり小なりやってくる、悪事に手を染める、そんな季節が彼に訪れただけなのだ。
俺もそうだった。俺も親の財布からよー金を抜いていた。おふくろのがま口、おやじの長財布、そしてウチは商売をしていたので現金のたんまり入ったレジ。そこかしこにゲンナマがあり、小3ぐらいから高校生になるまで、よーパクった。罪悪感はあるにはあったが、それよりも「何とかしなきゃ」という思いのほうが強かったと記憶している。欲しいものはあるが親は買ってくれない。まだ小学生で金を稼ぐ術はない。で、見渡せば家のなかにはお金がそこかしこにある。だからそれを盗る。だから「盗む」というより、「補充する」感覚が強かった。しかも「やむにやまれず」という自身への言い訳つきで。

ひるがえって、我が愛しの息子である。

いや、そんな理解を示している場合じゃないんだよ、俺氏。あんたの息子が、あんたの財布から金を抜いたんだ。それ相当の説教をしないと、愛しい息子が足を踏み外してしまうよ。そうだ、俺は親だったんだ。
「あのな、お父さんやお母さんの財布からお金を盗むってことは、一番しちゃいけないんだ。お父さん、ほんとキツイ思いしてお金を稼いでるんだ。それを盗らないでくれ」
俺は51にして、時給1200円のバイトで食っている。某宅配チェーンに籍を置き、雨風の日もバイクを運転し、客に食べ物をを届けている。客に罵られたり、台風の日には死ぬ思いもする。それに耐えながらなけなしの金を稼いでいる。
「あのな、正直言うと、お父さんもお前と同じくらいの年のころ、親の財布からお金を盗んだことがあるんだ。だからお前の気持ちも、お父さんわかるんだ」
え? ほんと? という表情を浮かべ、話に興味を覚えたのが見て取れた。「共感」という話法だ。続ける。
「でもな、それを2回3回とやっちゃダメなんだ。一回はしょうがない。だからもう盗むのはやめてくれ」
高校生になってもオヤの金をくすねまくってたヤツの、どの口が言ってるの? という話だが、でもそれが親の仕事だ。俺がクズだったからお前もクズに育ってもNO問題! というわけにはいかないのだ。
「何かほしいものがあったら、ひとりで悩まないで俺に相談してくれ。
そう、何かほしいものがあっても稼ぐ術を持たない子どもは、その小さな胸を痛めて悩むのだ。その結果「やむにやまれず」「補充」するのではなく、俺に相談してほしい。これは瞬時に口から出た本音だった。
子どもは天使じゃない。生まれたときはもちろん天使だったが、汚くも素晴らしい世界に触れ、少しずつ人間になっていく。天使として生まれた息子は9年間の生のなか、悪事を覚えた。そんな季節を迎えただけなのだ。その成長の季節が夏なら冷たい飲み物を手渡すし、寒い冬ならマフラーをその首にそっとかけてあげる。俺は大した人間じゃないから、そんなことしかしてあげられないけど、愛してることだけはわかっていておくれ。どんな悪事をしようとも、そりゃ最初は思いっきり叱るけど、最後は守ってあげるから。死んでもお前の見方だから。
併せて、通わせているくもんを、ここ3ヶ月ほど無断欠席していることが発覚した。行きたくないから、行かないのだろう。彼はどうしたいのか? そして俺はどうすればいいのか? 彼はいろいろと、揺れる季節を迎えている。
それは、やっと思春期の、オトナへの入口にたどり着いただけなのだ。これからは、もっともっと大きな敵と戦わなければいけない、それが「対エロ」だ。男の子にやってくる、身も心も侵食されてしまうエロとの戦い。そんな季節を彼が迎えたとき、xvideosがいまだ右手の友達な俺はどう、しれっと真っ当なことを言えばいいのか……子育て、怖っっっわ!!
文:村橋ゴロー