仮名は一文字一音が基本だ。だが、「ケ」は違う。

「か」「が」「こ」と読まれることがある。実はこの場合の「ケ」はカタカナではなく、物を数える時の助数詞である。そしてこれはある文字の書き間違えから生まれたものだという。「日本語ブーム」の今、【増補新版】で復刊された呉智英著「言葉の診察室シリーズ」が話題だ。第1巻『言葉につける薬』から、超紛らわしい一文字の秘密に迫る。



なぜ「ケ」は、「か」「ご」「こ」とも読む? 日本人の書き...の画像はこちら >>



◾️仮名は一文字一音が原則



 ほとんどの漢字には音と訓の二つの読み方があるし、音と訓にはまたそれぞれいくつかの読み方がある。しかし、仮名文字には、それがない。常に一文字一音である。平仮名の「あ」は常に「あ」と読むし、片仮名の「イ」は常に「イ」と読む。表音文字だから、それが当然である。



 ただ、仮名でも、長い歴史の中で文字と読みがちがってしまったものもある。「岩が倒れるでしょう」は、歴史的仮名遣いで書けば「いはがたふれるでせう」となる。

昔はほぼこの通りに発音されていたはずだ。しかし、長い間に一種の訛りや音便によって、「いわがたおれるでしょお」と発音されるようになってしまった。文字と読みが分裂したのである。そこで、これを一致させるために現代仮名遣いが考案された。



 しかし、現代仮名遣いでも、文字と読みは完全に一致していない。「いわがたおれるでしょう」と書いて、我々は「いわがたおれるでしょお」と読んでいる。



 大してちがわないようだが、次のような文ならどうか。



⚫︎僕は学校へ行こう。



 これを歴史的仮名遣いと現代仮名遣いと発音のままの仮名遣いで書いてみると、次のようになる。



⚫︎ぼくはがくかうへゆかう。(歴史的仮名遣い)



⚫︎ぼくはがっこうへゆこう。(現代仮名遣い)



⚫︎ぼくわがっこおえゆこお。

(発音のままの仮名遣い)



 現代仮名遣いでも文字と読みの一致が不完全であることがよくわかるだろう。表音文字である仮名でも文字と発音の一致はむつかしいのだ。



 仮に日本語をローマ字化しても、文字と読みは完全には一致しない。その直後はいいかもしれないが、やがて文字と発音は分離していく。ローマ字(アルファベット)を使う欧米語でも文字と発音は必ずしも一致しないことを考えれば、このことは明らかである。





◾️なぜ「ケ」は「か」「ご」「こ」とも読むのか



 それでも、仮名は原則としては「あ」は「あ」、「イ」は「イ」である。仮名は表音文字なのだから、そうでなければ意味がない。ところが、ただ一つだけ例外がある。「ケ」だ。「ケ」はいつでも「ケ」だと思うかもしれないが、「ケ」には他に次のような三通りの読み方もある。



⚫︎五ケ月間の海外旅行(か)



⚫︎正月三ケ日(が)



⚫︎あめ玉一ケ(こ)



 「ケ」を「か」「が」「こ」と読んでいる。これはまちがった仮名遣いだというので「五カ月」「三ガ日」「一コ」と書く人もいるが、かえってこの方がおかしいとも考えられる。

というのは、この場合の「ケ」は実は片仮名ではない。漢字から派生した符号なのである。まあ準漢字といったところだろう。



 本来の漢字で書くと、こうだ。



⚫︎五箇月 ・三箇日



⚫︎一箇(画数の少ない同義の漢字で「一個」と書くこともある)



 「箇」は物を数える時の助数詞で「か・こ」と読む。濁音化すれば「が」とも読む。助数詞には他に「个」という字があって、読みも同じく「か・こ」である。この「个」が書きまちがえられたまま定着したのが「ケ」なのだ。「个」は日本ではあまり使われないが、支那では現在でも頻用されている。「一个(イーガ)」は「一つ」の意味である。



 面白いことに、「个」は「ケ」だけではなく「丁」とも書きちがえられ、「目に一丁字もない人(一つの文字も読めない無学文盲の人)」という言葉も出来た。「个」を「丁」と書きちがえる方がよほど「目に一丁字」もないという気がするのだが。



 まぎらわしい話だが、「个」と形も意味も近い「介」も助数詞として使われることがある。「一介の地方議員(その一人にすぎない地方議員)」という時の「介」だ。片仮名の「ケ」はこの「介」の一部を取ったものである。



 「个」が「ケ」と書きちがえられたような例は他にもある。余分に加えられたという意味の「プラスアルファ」だ。「プラスエックス(+x)」を「プラスアルファ(+α)」と見まちがったものらしい。筆記体のxがαに似ているからだ。ただし、このまちがいは日本だけのことである。



(呉智英著『言葉につける薬』より抜粋)



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