今年3月にメジャーリーガー・大谷翔平選手の専属通訳を解雇された水原一平氏(以下、水原氏)。彼は、違法賭博に手を出し、大谷選手の口座から約26億円ものお金を送金した罪で裁判を受けている。

そして解雇された直後に「自分はギャンブル依存症」と告白した。今回の一件で思い知らされたのは、「依存症」の怖さである。水原氏だけでなく、地位も名誉も得た人が、ギャンブル、薬物、アルコールなどに溺れて全てを失ってしまう。もちろん著名人だけでなく、一般人でも人知れず依存症に苦しんでいる人は多い。心理カウンセラー育成やカウンセリングでメンタルケアをしている一般社団法人インナークリエイティブセラピスト協会代表・佐藤城人氏へインタビュー。〈後編〉では、実際の依存症ケースとして、水原氏の事例を詳しく見ていく。





◾️「バンプ」しまくった水原氏

 ここから先は、世間を騒がせた水原一平氏の言動をより深く探っていきたい。



 水原氏が胴元に送ったメッセージを時系列で整理しよう。



 「最後に約3000万円バンプしてくれないか。母親に誓って最後のお願いだ」(2022年12月)



 「またやられた(笑)…最後にもう1回だけバンプしてもらえる?…これで負けたら、しばらくはこれで最後だ…」(2023年6月22日)



 「最悪だ(笑)最後にもう1回だけ、バンプできる?コレが最後だと誓うよ」(2023年6月23日)



 「困った(笑)最後の最後の最後のバンプをできない?これで本当に最後」(2023年6月24日)



 繰り返し「バンプ」という単語が登場する。これは掛け金の上限引き上げの希望だ。ここにまさしくコントロール障害の症状があらわれている。

これが進行すると、頭の中と実際の行動にギャップが生まれる。それによって自分を責めてしまい、精神が蝕まれていく。精神が弱っていくと体にも悪影響を与えてしまうため、病的に痩せてしまう人もいるという。



 水原氏はロサンゼルス・ドジャース解雇直前に、自ら「ギャンブル依存症」を告白したとされる。彼もまた、前出の「機能不全家族」で育ったのだろうか。佐藤氏の見解は。



 「あくまでも私個人の推測ですけど、過干渉あるいは過保護だったのではないかと思います。もちろん過干渉と過保護は違うものですが、ある一定のラインを超えると子どもの自由さを奪ってしまうという点では同じです。水原さんもそういった家族の中で育ち、もどかしさを感じて生きてきたのかもしれません」



 依存症は、医学的には「脳の機能異常」と考えられている。脳の「報酬系」の回路が刺激されて、神経伝達物質「ドーパミン」が大量に分泌されることで、ワクワク・ドキドキ、達成感、多幸感がもたらされる。依存症になると、機能異常によりこの部位が鈍感になってしまう。そのため、より強い刺激を求めてしまい、自分の行動をコントロールできなくなってしまうのだ。



 水原氏はギャンブルに勝つことで、多幸感や達成感を得たかったのだろう。ただ快楽を得るために、回数や掛け金を増やしていくことは、心の痛みにもつながる。



 佐藤氏は「(水原氏は)苦しみながら、その苦痛から逃れるためにギャンブルをしていたのかもしれない」と語る。



 「最初は楽しみを得ることが目的です。ただ『止めることができずにいる自分』に対して、次第に苦痛を感じるようになります。そしてこの苦痛を回避する方法が依存行為以外になり。こうして依存症の悪循環が始まっていくのです」





◾️「蜘蛛の糸」に一本でも捕まれば救わる

 実は、自身アルコール依存症だったという佐藤氏。「やめたいけどやめられない」感覚をこう説明する。



 「アルコール依存症になると『飲まないとやっていけない』という感じです。自分でもわけがわからず、ぶわああっと涙流しながら酒を飲んでいる。この感覚は申し訳ないですけど、当事者にしかわからないかもしれません」



 依存症は本人の意思と裏腹な行動をしてしまう病気だ。周りにいる人はその点を理解する必要があるという。

例えば、依存症患者は「ウソつき」と言われがちだという。「お酒やギャンブルを止める」と宣言したにも関わらずまた手を出してしまう。そうして「ウソつき」と言われてしまい、自責の念に駆られたり、自暴自棄になったり、他人へ攻撃的になったりするそうだ。



 依存症患者は自殺率が高いそうだ。もしかしたら、こうした周りの理解不足による非難からかもしれない。清原和博氏も自著『告白』で自責の念に駆られて自殺しようとしたという記述がある。それだけ苦しんでいるのだろう。



 日本国内で依存症を治療するにはどういった方法があるのだろうか。佐藤氏に聞いてみた。



 「家族や本当に親しい友人がいたら、依存症を理解して彼を救うための糸を一本残しておいてほしいです。その人のことが嫌いでもいいです。とにかくギリギリ最後の一本の糸があれば、それに捕まることができます。

捕まった瞬間に『治したい』と本気で思えるようになりますから。



 依存症患者というものは、その糸に捕まるまでとても警戒心が強い。疑いながら様子を見ている。でもそこで一歩踏み出して捕まることができれば、治療への道を踏み出せます」



 清原和博氏の場合は、佐々木主浩氏が糸を垂らしてくれたおかげだろう。山口達也氏は家族がサポートしてくれた。そうした献身的な人が1人でも2人でもいることが治療をしていく上で大事になってくるそうだ。





◾️日本でどのように依存症の治療をしていくか

 水原氏はアメリカの永住権を剥奪され、裁判終了後、日本へ強制送還される見込みだ。そうなると日本に帰国してからギャンブル依存症の治療をスタートさせるだろう。依存症の治療は自助グループがサポートをしていく。
自助グループはあらゆる依存症において存在している。
田代まさし氏が、2019年に麻薬取締法違反で4回目の逮捕をされるまで勤務していたダルクは麻薬依存症の自助グループ、アルコール依存症では全日本断酒連盟、ギャンブルでは全国ギャンブル依存症家族の会などが治療のサポートをしている。



 自助グループでは、患者が過去の自分の体験談をワーッと喋るところからスタートだそう。

「言いっぱなし」「聞きっぱなし」であえて議論はしない。議論をすると間違い探しが始まってしまい、患者が抱えている生きづらさを解消できないからだ。



 治療には佐藤氏のような心理カウンセラーも携わり、依存症のための心理療法で治療をしていく。使われるのは、認知行動療法マインドフルネスやソーシャルスキルトレーニング(SST)など人によってさまざまだ。また医師による薬物治療も選択肢の一つである。



 もし治療中に「スリップ」といって飲酒やギャンブル、薬物を使用したときも責めたりせずに再び治療を続けていくのが大切だそうだ。そこで先述したように「ウソつき」と言って責めてしまうと、元の木阿弥になってしまう恐れがある。



 日本では、まだまだ依存症患者への理解が進んでいない。自己責任論が強く、同じ精神疾患の患者からも「でも自分でやりたくてやったのでしょ」と言われてしまうそうだ。



 マスメディアの水原氏への報道を見ていても、「(水原氏が)自分でやりたくてやった」というメッセージを暗に感じる。



 日本は依存症患者に対して優しい国ではない。日本政府はギャンブルで金儲けをするために2030年に大阪でカジノを含む統合型リゾート(IR)が開業する。

大阪府と政府は依存症対策をすると言っているが、日本ではギャンブル場運営側が依存症対策をほとんど負担していない。民間に任せきりの状況だ。こうした状況の中で治療ができるのか不安ではある。



取材・文:篁五郎

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