「『松本問題』に関してテレビ局では、内部はもちろん、外部のスタッフにまで緘口令のように他言無用を強いられる空気が支配しているのは事実です。誰かがネガティブな情報を流さないように、執行部は局長クラスを、局長クラスは局員を、局員は現場の制作会社を、制作会社はアルバイトを常に監視している」と『ありがとう、松ちゃん』(KKベストセラーズ)で告発しているのは在京テレビ局関係者だ。
■テレビマンから見た素顔の松本人志
現場で働くテレビマンから見た松本さんの評判は、決して悪くありません。むしろ、好意的に見ている人のほうが、ほとんどだと思います。たとえば、明石家さんまさんの場合だと、番組収録中もアドリブのオンパレードなので、内容があちらこちら、とっ散らかることもあって、そうなるとスタッフも展開が読みづらいですし、収録時間も押すこともしばしばあります。
その点、松本さんは、基本的には構成作家が書いた台本通りに進行してくれるので、収録時間が大幅にオーバーすることもありませんし、現場からの信頼感・安定感はピカイチといえます。また、かつての島田紳助さんのように、下っ端の演者や制作スタッフを恫喝したり、横柄な態度をとるとか、そんな理不尽さも一切ありませんしね。仕事はとてもやりやすい方です。
女性関係についてはどうなんでしょうね(苦笑)。でも、バラエティ畑で20年以上やってきたテレビマンだったら、松本さんの女癖の悪さは、これまでにも数々の噂を耳にしてきたはずだし、実際、過去に出演したテレビやラジオ番組において、〈乳さえ出たら小学生でもいける〉〈中学生が大好き〉〈平成生まれとセックスしたい〉〈15歳ぐらいがストライクゾーン〉など、松本さん本人が自らの性癖について、そしてロリコンであることをカミングアウトしていますしね。
松本さんは〝カキタレ(=セフレ)〞という言葉を番組内で連呼するなど、女性蔑視ともとれる発言を何度もしていますし、また、1994年に出版されて、250万部のベストセラーとなった松本さんの著書『遺書』(朝日新聞出版)には、このような記述があります。
〈自分が若いころ、女遊びしてたおっさんに限って、自分に娘ができたらごっつい娘を大事にするんですよね。ああいうのはイヤやろ。
音楽番組「HEY! HEY! HEY!」(フジテレビ系)ではシンガーソングライターのaikoさんに、「(友だちが)松本さんち、行ったんですけど、コーヒー出されて、絶対睡眠薬入っていると思って、怖くて飲まれへんかったって」というエピソードを冗談まじりに暴露されたこともありました。
■松本人志の女遊びと吉本商法
これは、以前、関西ローカル局に勤務するテレビマンから直接聞いた話なのですが、知り合いの娘さんが道頓堀のナンパ橋で若い芸人さんに声をかけられて、興味本位で彼らについて行ったら、マンションの一室に案内されて、そこには松本人志さんが鎮座していたとか。
どれも松本さんが独身時代の20年以上前の出来事で、尾ひれもついた話だとは思うのですが、ただ、今回の一連の報道でも、高級ホテルのスイートルームで行われた飲み会に参加した女性たちに「どん兵衛」を振る舞っていたことが暴露されていましたよね。ここで、ひとつ確かなことは、松本さんの女遊びについて、学生ノリ的なところがあるのは、否めないということです。もちろん、そういう庶民派感覚を失っていないのが、松ちゃんらしさでもあるのですが。
その背景としては、松本さんが、NSC(吉本総合芸能学院)の第一期生で、師匠に弟子入りすることなく、いまのポジションを構築していったことは大きいと思います。一方で、当時の吉本の経営陣の思惑としては、芸人を志す若者たちから高い学費を取って、近い将来、会社の屋台骨を支えることになる芸人を生産する――、まるで〝やり甲斐搾取ビジネス〞と揶揄もされていますが、お互いにメリットを感じて成り立っているんだから仕方ない。
とはいえ吉本にとっては旨味しかない、いわゆるスクール商法には変わりない。NSCという金のなる木、そんなビジネスモデルを確立するために、NSC出身のお笑いスターを生み出して、その存在を世に知らしめる必要がありました。
そこで、白羽の矢が立ったのが、若き日の「ダウンタウン」の2人だったということです。
吉本のバックアップもあり、ある意味、純粋培養な環境で温々と育てられた「ダウンタウン」は、関西圏において、一気にアイドル的な人気を得ることになったのは、周知の事実です。こうした外的要因も松本さんの女性観に影響を与えたのかもしれません。
■コンプラ全盛時代に「女にだらしない」は命取り
いずれにせよ、われわれ、バラエティ畑で長いことやってきたテレビマンの共通認識としては、女にだらしないのが、松ちゃんなんですよ(笑)。「女は芸の肥やし」なんてことを芸能の世界では当たり前に言われていましたからね。コンプラ全盛のいまの時代はもちろん通用しませんが、女遊びを芸の肥やしにして、お笑い界、いや芸能界のトップにまでのぼり詰めたのが、松ちゃんなんです。今活躍するトップスターのなかにも多かれ少なかれ同じような経験をしている人もいるでしょう。
ところが、そんな女にだらしない松本さんのことをいつの頃からか、テレビが、まるで知識や徳にも優れた人物であるかのように持ち上げるようになりました。
これは、あくまで持論ですが、ビートたけしさんの老いによる凋落が影響していると考えます。当時、たけしさんは「情報番組7daysニュースキャスター」(TBS系)のMCなどを務めていましたが、SNSなどで頻繁に滑舌の悪さが指摘されるようになり、さらに2020年2月に再婚したA子さんの操り人形のように懐柔されていったのです。
結局、たけしさんは、A子さんの意向により、オフィス北野から独立し、個人事務所「T.Nゴン」を設立。実質的な経営者であるA子さんは、番組のギャラの引き上げや制作現場にもあれこれ口を出すようになり、制作サイドからすると、A子さんのことを妄信する、たけしさんは、ちょっと煙たい、扱いづらい存在になったのです。
これまでに松本さんは、『大日本人』や『しんぼる』など、映画もいくつか撮っていますが、映画監督の実績としては、たけしさんのほうが格段上。たけしさんへのリスペクトと同時に、対抗心、コンプレックスはあったと思いますね。
松本さんの性加害疑惑について、たけしさんは「素人を呼んで3000円なんてせこいよ」「すぐに会見を開け」と一刀両断しましたが、そんな松本さんに対して、テレビ局の都合により、たけしさんの代役を押しつけた。それは、もしかすると、松本さんにとっては、不幸なことであり、悲劇のはじまりだったのかもしません。
やがて、松本さんは「M-1グランプリ」(テレビ朝日系)をはじめとした、ほぼすべての有名なお笑い賞レースの審査員を務めるようになり、「漫才の歴史は彼以前、彼以後に分かれる」という大げさなキャッチフレーズで持ち上げられ、吉本芸人たちによる闇営業問題が浮上した際には〈後輩芸人たちは不安よな。松本 動きます。〉とSNSに投稿したり。また、「ワイドナショー」(フジテレビ系)のMCも務めるようになり、芸能から時事問題について言及するなど、まさに威風堂々、〝王様〞のような立ち居振る舞いが目立つようになっていきました。
■「疑わしき者は、すぐに切り捨てる、蓋をする」が常套に
しかし、昨年12月末、松本さんは自身が築き上げてきた、その王座から瞬く間に陥落することになります。松本さんの性加害疑惑に関する報道が出た際の現場の雰囲気ですが、激震や戦慄が走ったとか、そんな動揺は表向きありませんでした。いっさいなく、波風がなく、みんな冷静で、落ち着いた凪のような感じでした。
松本さんが後輩芸人のアテンドで一般女性たちと、夜な夜なホテルのスイートルームで合コンを開催している。ああ、その噂か。以前もテレビマンたちとの飲み会の場で聞いたことあったなと。ついに、松ちゃんも文春砲の標的になってしまったのかと。
たとえば、ベッキーさん、アンジャッシュの渡部建さん、広末涼子さんなど、これまでにも文春砲で地上波から消えたタレントさんたちの前例がありますから、いまの世の中、天下の松本さんといえども例外ということにはなりません。疑惑の段階とはいえ、いまのテレビはある意味、思考停止していて、スポンサー企業とクレーマー体質の口うるさい視聴者のリアクションにすべて委ねられていて、それが上層部の判断基準です。
だから、現場にいる人間としては、性加害疑惑が浮上した時点で、松本さんは、テレビから消えることになるんだろうなということは容易に想像できました。松本さんも吉本もいまのテレビのそうした「疑わしき者は、すぐに切り捨てる、蓋をする」という体質については、十分に理解していたはずです。だから、報道後に、松本さん、吉本のほうから、各テレビ局に対して「記事をめぐる訴訟に専念するため、芸能活動を休業する」と通達してきたのだと思います。
このときのテレビ局の上層部たちの本音としては、「松本さん、吉本さんがそう言うのだから、われわれがとやかく言う必要はない。あくまでも彼らの判断に従うだけ。
「松本さんは、テレビ局にとって大変な功労者なんだから、なんとしても地上波に復帰させよう!」と思っているテレビマンなんて、いまの時代、皆無でしょう。少なくともキー局の社員で、そんなふうに思っている人は、ひとりもいないと思います。
リスクをとってまでして、尽力する、仁義を通すという熱血漢タイプのテレビマンは、すでに絶滅危惧種。昭和、平成初期のころまでは、そういうタイプもある程度、局長レベルに出世することができても取締役にはなれない感じで存在していました。いまの上層部の連中は、その真逆というか、いかに決算書の数字をよく見せるかということしか頭にない、損得勘定でしか動かない、コンサル脳に侵された奴らばかりなんです。
上層部は諦めモードです。テレビの放送事業の売上、つまり、テレビCMによる広告収入がネット広告に逆転され、その売上が今後V字回復するなんて、絶対にありえない。コンサルティング会社からの入れ知恵もあり、できるだけ番組制作費を抑えて、とにかく当たり障りのない人畜無害な番組をつくっていき、広告収入の売上減に関しては、当面は所有している不動産を事業化して、それで自分たちが在籍している間はどうにかこうにか食いつないでいくけど、オレたちが退職したあとのことは、残った人間で考えてくれって、いまの上層部は、みんな、そんな感じですね。
また、キー局は上場企業でもあります。近年、異様なまでにコンプライアンスが求められるようになり、さらに上層部は、これに敏感に反応するようになったことも松本さんの地上波の復帰に向けては、大きな足かせと言えるでしょう。
■コンプライアンスチェックする「審査考査部」の権限拡大
今春、大きな話題になったテレビドラマ「不適切にもほどがある!」(TBS系)の一場面で、令和から昭和にタイムスリップしてきた中学生男子が「地上波でおっぱいが見たいんだ!」と叫んでいましたが、おっぱい、暴力的な描写、容姿いじり……、いまテレビの現場では、コンプラの嵐により、NG項目はどんどん増え続けています。
特に「審査考査部」と言われるようなコンプライアンスをチェックする部署の権限が大きくなりました。そうした中で、上に企画書を出しても、「これと似た企画ってどこかで実際に放送しているの?前例ないんだよね? 前例がないというのは、リスクでしかないから、そういうリスクがある企画は、ちょっといまは難しいよね」と突き返されてしまう。
「それでもテレビマンは知恵を絞って、面白い番組を追求しないといけない」って、テレビ局出身のメディア評論家なんかは、高みから偉そうなことを言っていますが、そんなの理想論であって、優秀なテレビマンであればあるほど、早々にテレビには見切りをつけて、より自由度の高いNETFLIXやAmazonなどに移籍しているのが実情です。今や「動画を撮影して個別に配る行為」はテレビ局の特権では無くなったのです。
また、さかのぼること約10年前、大手広告代理店・電通の社員だった高橋まつりさんが過労自殺したことをきっかけに起こった「ブラック企業で起こるハラスメント問題」に端を発したコンプラに加えて、テレビ業界も働き方改革がどんどん導入されるようになり、良くも悪くもホワイト化が進みました。
過剰労働やハラスメントに対して注意が向けられ、そこで犠牲になる人がいなくなってきたことは明らかに良い面だと思います。しかし一方で、制作現場のホワイト化を理由に、職場が無毒化して、過剰なことがやりづらくなってもいきました。全ては「程度の問題」なのですが、何しろコンプライアンスの名の下に上からの監視やコスト的な締めつけも厳しくなってしまった。だから現場は硬直化する一方なんです。
「現場をホワイトにした代わりにコスパとタイパをもっと意識しろ」という上からの理不尽な指示や方針により、やる気や意欲も削がれていきます。現場の士気は、だだ下がりしています。残業しないように局員の指示に従って定時にみんな現場から追い出されますが、外で「隠れ残業」をやっているのが現状です。そんな事情を局員はみんな知っている。
でも黙認です。これが実情です。会社はコンプラを意識してホワイトになった? そんなわけありません。だからメンタルをやられて、絶望して、この業界から去っていく若手テレビマンも少なくありません。一方で、老害たちは、テレビという沈みゆく巨大船にしがみついている。このようにテレビが終わったコンテンツ化する中で、今後、松本さんは地上波に復帰できるのか? その答えは明白でしょう。
性加害、性的な行為はなかったとしても、妻子ある松本さんがホテルのスイートルームという密室で、後輩芸人が集めてきた女性たちと合コンをしていたことを不快に思うスポンサーや視聴者がいる限りは、地上波の復帰は難しいのではないでしょうか。
また、たとえ、万が一、地上波に復帰できたとしても冒頭で紹介したような松本さんの過去の自身の性癖に関する過激な発言だったり、今回の一連の疑惑については、SNS全盛の世の中において、デジタル・タトゥーとして今後もずっと蒸し返されるでしょうから、極めて険しい道のりだと言わざるをえません。
結局のところ、テレビが繁栄し、そしてネットの興隆により衰退の一途をたどり、まさに終焉を迎えつつある――そんな時代の転換期において、松本人志というタレントは、テレビという、ただただ空虚な世界の中で、電波芸者として踊らされ続けてきただけなのかもしれません。
■局内の監視はまるでナチス!
今回の「松本問題」に関してテレビ局では、内部はもちろん、外部のスタッフにまで緘口令のように他言無用を強いられる空気が支配しているのは事実です。誰かがネガティブな情報を流さないように、執行部は局長クラスを、局長クラスは局員を、局員は現場の制作会社を、制作会社はアルバイトを常に監視し、コンプライアンスに違反していないかチェックしている。
それはまるでナチスの監視体制を思わせませんか。もし制作会社が雇ったアルバイトが違反したらその制作会社は局から仕事を失います。局員に違反があれば、その局員は間違いなく干されます。空気に反した真っ当な発言をしたディレクターが全くの別部署に飛ばされたなんて話はよく聞く話です。
何事もない様に。と常に監視しているから、誰もが口を閉ざしている。だから、テレビ制作の現場から「松本問題」についての声が全く発信されないのです。また、制作現場に対しても、毎日、大量のコンプライアンス遵守に関するメールが一方的に送りつけられて、上層部から現場まで組織全体が萎縮し、機能不全に陥っています。
結局のところ、テレビの上層部たちは、一刻も早く、この問題が風化して、忘れ去られればいいとさえ思っているのではないでしょうか。松本人志という鬼才を社会的にリンチして葬ってしまった。この事実は非常に恐ろしいことです。
〈『ありがとう、松ちゃん』より構成〉