アドラー心理学から、職場での人間関係や働き方を問い直す『アドラーに学ぶ 人はなぜ働くのか』(ベスト新書)は、他ならぬ本書の若き担当編集者を救った。お金よりやりがいをとって、新卒で入った会社。

しかし、「やりたいこと」ができぬ環境に次第に閉塞感を覚えるようになり、わずか数年で会社を離れる決断をしたという。迷える中で出会ったアドラー、著者岸見一郎氏の教えとは? 



■新卒で入った会社をあっけなく退職した理由

 私事だが、今年の8月に前の会社を退職した。



 新卒で入った会社だった。就職当時は、大学の同期たちが有名な企業に入っていく中、自分はお金のために好きではない仕事に時間を割くよりも、薄給でもいいからやりたいことでお金をもらって、自分の時間も確保したいという思いで決めた。



 ところが、入社して一年が経った頃から会社の業績が傾いていく。さらに一年後には、「やりたいことができる」在籍していた部署が閉鎖され、別の部署へと異動になった。もちろん給料は上がらないまま、やりたい仕事もやらせてもらえなくなり、全く旨みのない環境で半年ほど働いた。部署のメンバーは残業していたが、私は自分の時間だけは死守しなければならないと思い、毎日定時で帰った。



 やりたいわけではないその部署の仕事の中でも、わずかでも楽しそうなことを見つけて提案するようにした。はじめのうちはそれで満足にやれていたが、だんだん自分の提案は通りづらくなっていった。不思議なことに、数字で見えるような成果を上げても、部署の上司は一向に私を評価してくれないのだった。



 それでもパワハラを受けているのではないし、威圧的に残業をさせられているのでもないから、つらいことではないのだと思い込んだ。

つらいとか嫌だと思うと、日々の仕事をやっていけなくなる。その時期は日々をただやり過ごすことが最優先だった。つらさを感じないようにしていると、プラスの感情にも鈍くなっていく。だんだんと、あらゆることに対して無感動になっていった。



 ベストセラーズに声をかけてもらったのはそんな時だった。最初の打ち合わせの日、「久しぶりに人間としゃべった」と感じたものだ。



 初めて一人で帯などを任せてもらったのが、この『アドラーに学ぶ 人はなぜ働くのか』の復刊だった。





■ハッとさせられたアドラー、岸見氏の言葉

 まず、一冊を通して読んだ。第一章「なぜ働くのか」で、アドラーのこんな言葉が引用されている。



「誰かが靴を作る時、自分を他者にとって有用なものにしている。公共に役立っているという感覚を得ることができ、そう感じられる時にだけ、劣等感を緩和できる」
「私に価値があると思えるのは、私の行動が共同体にとって有益である時だけである」
「私は自分に価値があると思える時にだけ勇気を持てる」



 これを受けて、著者の岸見一郎氏は、このように書いている。





人は何のために働くのか。

働くことで人は自分の持っている能力を他者のために使い、他者に貢献するのです。他者に貢献すれば貢献感を持つことができ、そのことで自分に価値があると思えるのですから、働くことは自分のためでもあるのです。



見方を変えれば、仕事をしていても貢献感を持てず自分に価値があると思えなければ、働くことには意味がないことになります。



 私は、前の会社で「自分に価値がある」と思えていなかったことに気づかされた。自分にとって価値があると思える仕事もできていなかったし、周りからも評価されないので、自分の価値観も能力もひたすら自分の中で否定していたのだ。



 そして、周りの環境全てがそんなふうだから、「それでもここにい続けるしかない。なんとか我慢するのが正解だ」と思い込んでいた。そんな働き方を「意味がない」と言い切ってもらえて、まさに胸のつかえがスカッと取れた心地だった。



 自分の力を活かすことで、貢献感を持てる仕事をしなければ、自分に価値があるとは思えません。自分の力を活かせない職場にい続ける意味はありません。
(中略)
 仕事も、そこで仕事をする職場も、それに合わせて自分が受動的に入っていく場所ではありません。自分もまた仕事のあり方や職場の環境を変えていくことができますし、そうする責任があるわけです。

会社という組織に自分を合わせなければならないわけではないのです。



 おかげで私は、自分に価値があると思える仕事を目指す、新しい人生に踏み出す勇気を持つことができた。「ここにいなくてはいけない」などということはなかったのだ。



 働きたくない、会社に行きたくないという話はいろいろなところで聞く。毎日つらいのに、生きる世界が会社の中だけに狭まってしまい、「できない自分が悪いんだ」と思い込んでいる人は多いのではないのだろうか。確かに、「成果を出すのが正義」という価値観の存在が大きすぎて、他の生き方を考える余裕はなかなか持ちづらいのかもしれない。





■今の仕事は「天職」だと胸を張って言えるか?



 そんな人にとって、「自分に価値があると思えるかどうか」は、今の自分の環境を客観的に見るための助けになるのではないか。本書の帯にも大きく載せたが、今の職場で自分に価値があると思えるか? 今の仕事は胸を張って「天職」だと言えるのか? と自分に問いかけてみてほしい。その答えが、新しい生き方への第一歩になるかもしれない。



 もちろんその「価値」とは、お金や地位で測れるものではない。社会に、他者に、自分がどんな形で貢献したいのかがそれを決める。それは個々人の中にある、その人にとっての「価値」なのだ。



 本書では「なぜ働くのか」だけでなく、職場内の人間関係の捉え方についてもページを割いて触れられている。アドラーは「すべての悩みは対人関係の悩みである」と言っているからだ。



 上司との関係に悩む部下も、部下との関係に悩む上司も、星の数ほどいるだろう。何でもかんでもパワハラと言われるから部下に話しかけづらい、なんていう風潮が生まれている今、解決策はあるのだろうか。



 岸見氏は、アドラー心理学の知見から、「叱る」ことの危険性や、「ほめる」ことのまさかの危険性、では上司は部下とどうコミュニケーションを取ればよいのかを説く。さらに、「上司が理不尽なことを言うのは、“部下に認めてもらいたい”という承認欲求があるから」「部下を飲み会に誘うなら、参加するだけの価値があるものであることを説得できなければならない」といったことまで書いてある。今回の新装版は2016年に刊行された初版を底本にしている。にもかかわらず、なんと令和の職場にマッチしたアドバイスだろうか。



 一つの会社にい続ける働き方が当たり前でなくなった現代で、本書はよりいっそう真価を発揮する。ただお金や地位を求めるだけの生き方ではない、本当に幸せになれるキャリアを考えるための助けになってくれるだろう。転職を考えている人にももちろん役立つし、今の職場をもっと働きやすくしたい人にも大いに役立つはずだ。



 2024年版として岸見氏が新たに書き下ろした「はじめに」には、こんなメッセージが記されている。



胸が熱くなるような決断を下すためには、自分の力を活かして、本当にしたいことをしているかと感じられなければなりません。本書が、忙しい生活の中にあっても立ち止まって働くことや生きることについて考える時のヒントになれば幸いです。



 一日中働いて疲れた後で、本書を開いて少しでも楽になってもらえたら、こんなに嬉しいことはない。



そうか「自分に価値がある」と思えていなかったのか。迷えるZ世...の画像はこちら >>



文:梁木みのり(BEST T!MES)

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