プロレスラーと飲食店は昔から相性が良い。古くは「日本プロレス界の父」力道山が経営していたリキ・スポーツパレスの中にはレストランがあったし、アントニオ猪木も六本木に「アントンリブ」というスペアリブを提供する飲食店を経営していた。
■プロレスファンじゃなくてもOK!

東急池上線・池上駅を降りて、池上通りを渡り、池上警察署方面へ向かっていく住宅街の中に、今回紹介する「うまい肉と麺の店 ヨネ家」がある。力道山が眠る池上本門寺からも歩いて行ける場所だ。
この場所でお店を始めてから14年。飲食店は開業後3年以内に7割、5年以内に8割が閉店してしまうと言われているので、ここまで続けられたのは本当にすごいことだ。
どうしてお店を始めようと思ったのだろうか。
「プロレスを色んな人に知ってもらいたかったんです。お店を始めた頃は、NOAHも厳しい状況が続いていたんですけど、僕の店を通してプロレスに興味を持ってくれたらという思いで始めました」
客の多くは、地元池上に住んでいる人だそうだ。お酒も出しているため、ちょっと一杯飲んでいけるのも魅力だ。
「今の場所は紹介してもらったところなんです。お客さんの中には、『あっプロレスやってるんだ』と言ってくれる人もいますし、『今度試合観に行くから』と応援してもらっています。たまたまですけど、この場所で開店して良かったなと思っています。ご近所さんなんか『ウチそこだから』と言って、丼だけ持って帰る人もいますよ。有り難いことに、近くの商店街さんともいいお付き合いさせていただいています」
料理を出した後も店主の気配りが見える。お客さんにある一言をかけているそうだ。
「ウチはおしゃべりが弾んでいるお客さんが多いせいか、料理が冷えちゃうこともあるんです。せっかく注文してくれた料理を美味しく食べて欲しいじゃないですか。だから『できるだけ温かいうちに食べてくださいね』と一声かけるようにしています」
こうした心遣いがあるからこそ、一人でも気軽に立ち寄れるお店になったのだろう。近隣に住む人にも愛されているが、遠方からプロレスファンがひっきりなしに訪れるそうだ。
「ファンの方は北海道から九州まで全国各地から訪問してくれます。

店内にはファン垂涎のポスターも貼ってあり、好きな人にはたまらない空間となっている。
「プロレスラーと飲食店の両方をやってて良かったのは、ファンの声を直接聞けることですね。今はSNSなら気軽にできますけど、顔も見えない相手の言葉と対面で直接話すのってやっぱり違うんです。僕に対して『ああしてほしい』『こうしてほしい』という声はメモしていますし、会社(NOAH)に言ったほうがいいなってことは伝えています」
もしプロレスリング・ノアのことで何か伝えたいことがあればヨネ選手に話してほしい。もしかしたら経営本部で採用されるかも?

店内には、漫画「キン肉マン」の作者ゆでたまごの作画担当・中井義則先生の直筆サイン入りイラストも展示されている。ヨネ選手がキン肉マンの必殺技である「キン肉バスター」を使用していることで縁が生まれたものだ。
「中井先生もお店に何度か来てくれました。このイラストはお店で描いてくれたものですよ」
他にも何人もプロレスラーが訪れており、店主の人望の厚さが伺える。
■店主こだわりの絶品メニュー3選
ここでヨネ選手にオススメの料理を紹介してもらった。お店の看板は「柏幻霜ポーク」を使用した料理だ。都内でも食べられるところは少ない。
「このお肉は広島で出会ったんですけど、A5ランクの和牛みたいに脂がサシで入っているのが特徴なんです。生で見るとすごく脂っこ濃そうに見えますよね。
でも、他の豚よりも低い温度で脂が溶け出すから、余計な分が落ちるおかげでさっぱりとしています。肉と脂、両方の旨味が楽しめるのがこの『柏幻霜ポーク』です」
店主が提案したメニューは以下の3品、順番にいただいた。
1. 幻霜ポーク焼き

「『幻霜ポーク』の美味しさを一番堪能できるメニューです。サシが入っているのに肉本来の味が楽しめますよ」
箸でお肉を持ち上げてみると肉の脂なのかキラキラと光っている。ここだけの話、筆者は豚肉の脂身があまり好きではない。しつこい甘み、舌触りがイヤなのだ。思い切って食べてみる。

「ほう…」と思わず心の中でうなった。脂の味はほんのり。
端っこにあった脂身もしつこさは感じられない。甘さも舌に残らないので、脂身嫌いも美味しく豚肉が楽しめる一品だろう。
恐らく他の豚肉では、ここまであっさりとした仕上がりにならないと思われる。
2. 肉丼

「この肉丼も時間をかけて煮込んでますのでしつこさよりも旨味が味わえますね。豚丼と聞くと『ねぎ塩豚丼』をイメージする人がいますけど、うちは甘辛いタレで煮込んでいるのが特徴です。ウチではトップ3に入る人気メニューですよ。全国丼グランプリというイベントがあるんですが、第2回と第3回で金賞を取ったことがあります」
感想は率直に「これ俺が好きなやつ!」である。健康な男子ならみんな好みの味だろう。
肉のコクとタレのコクがマッチしていて、バクバクと食べちゃう一品。味が染みた玉ねぎがいいアクセントになっていて、食欲を刺激してくれている。
一気に平らげてしまった。とにかく男子は必ず食べてほしいと思う。
3. お好み風サラダ

「ウチで一番オーダーが多いのがこれなんです。食事のサブ的な存在でもありますし、お酒の肴にもちょうどいいからか2つとか3つ頼まれることも珍しくないですね。
食べてくれたらわかりますけど、味は焼きそばと小麦粉がない広島のお好み焼きです。
飯屋とか居酒屋やっているお客さんが、ご自分の店で真似しようとするんですけど、ウチと同じ味にならないんですよ。どうして一緒にならないのかって? それは企業秘密です(笑)」
「うまい肉と麺の店」だから、肉系の後はてっきりラーメンだと思っていた。サラダという副菜系が一番人気だとは意外であった。
見た感じ確かに広島で見るお好み焼と似ている。一口サイズに切って食べてみた。
感想は「めっちゃお好み焼き!」である。
薄焼き卵の裏には、イカ天入り天かすがあるのを発見したが、味の秘密はこれだけではないだろう。
なんとも不思議な料理と出会ったものだ。もしかしたらダイエットにもいいかもしれないなと、ふと思ってしまった。
■教訓は「お酒を飲みすぎないこと」

飲食店経営には苦労話の一つや二つあるだろう。しかもヨネ選手は、プロレスラーをやりながら、お店を経営、接客もしている。どういった点に気をつけているのだろうか。
「お酒を飲みすぎないことです(笑)。プロレスもそうですけど、飲食業も体が資本なので、健康でいられるように普段から注意しています。どちらも全力でやらないと上手くいかない仕事ですからね」
コロナの流行時には、ヨネ家も客足が落ちてしまい経営危機に陥った。東京都からは自粛した店舗へ協力金が支払われたが、それも現在重荷になっているそうだ。
「協力金は、収入扱いになりますから所得税と住民税を支払いしないとダメなんです。協力金もらって儲かったなんて話を聞きますけど、どこにそんな人いるんでしょうね。国から融資してもらった支援金の返済もあるから厳しいですよ」
コロナ禍が明けてからも、客足は100%戻っていないという。忘年会や新年会の予約はコロナ前の8割程度、団体客も減ったそうだ。苦しい状況だが、色々な手を打っている。
その一つが「ヨネ家一日店長」イベントである。これは、プロレスリング・ノア所属のプロレスラーが一日店長として接客をする。ファンは食事やお酒を楽しみながら、プロレスラーと交流ができる催しだ。
丸藤正道選手からスタートし、これまで杉浦貴選手や潮崎豪選手などが、このイベントの主賓を務めてきた。他には、フリーアナウンサーの木村英里さんも一日店長として楽しいひと時を過ごしたそうだ。
ヨネ家でのイベントなど最新情報は、公式X(@yoneya1106)から発信しているので確認してほしい。
■ウリと強みを明確にせよ!

今年で14年を迎える「ヨネ家」の店主として、これから飲食店を始めようという人に何かアドバイスがないか聞いてみると…
「飲食店はやめたほうがいいよ」とバッサリ。やはり苦労の割に報われないのだろうか。
しかし続けざまに、こんな言葉を投げかけてくれた。
「何を売りたいのかを明確にしないと、お客さんは来てくれないと思うんです。ウチだと『幻霜ポーク』があります。この豚肉はA5ランクの和牛と同じようなサシが入ってるけどあっさりしてて美味しいですとか、プロレスラーが経営していて直接話ができますよ、とか推せるポイントがあるじゃないですか。全力でやっても閉店することは当たり前なんで、自分の店の強みを伝えられないと厳しいでしょうね。
後は、助け合いが必要だと思います。世の中、人と人とのつながりですから。自分で抱え込まずに『苦しい』『大変』と口にして欲しいです。僕は頼まれれば飲みにいきますんで、ぜひ一言『飲みに来てください』と言ってください。一緒に苦労しましょうよ」
■今回の取材の心残りは…

太陽のような笑顔で出迎えてくれたヨネ選手。プロレスも飲食業も100%どころか120%、いや200%でやっていることがうかがえた。取材中にも予約の電話が鳴っており、お店が地元でも定着しているのが伝わってきた。
またプロレスの師匠である藤原喜明選手や、天龍源一郎さんとのエピソードもモノマネを交えながら語ってくれた。非常に気さくな人柄で、お店の雰囲気も明るくしてくれている。
ただ、「うまい肉と麺の店」なのに麺を食べずに帰ってしまったのは不覚である。オススメの3品で満腹になってしまい、ラーメンを食べるのは困難だったと言い訳をしておく。
ラーメンは、今度行くときの宿題にしておこう。因みにスープはトンコツと魚介のダブルスープだそうだ。お酒を飲んだ後の「シメ」として食べてほしいそうで、味はあっさり系だという。
もし興味を持った方がいたら、ぜひ食べに行ってほしい。メニューにはハーフサイズもあるそうなので、少食の人も気後れすることなかれ。
取材・文:篁五郎
「うまい肉と麺の店 ヨネ家」店舗情報
住所:東京都大田区池上3-35-7
営業時間:ランチ 11:00~14:00(L.O. 13:45)
ディナー 17:00~22:00(L.O. 21:30)
定休日:水曜日