なぜ日本のIT現場は“炎上プロジェクト”ばかりなのか?『人が...の画像はこちら >>



「この本は、IT業界でメンタルを病んだ人やドロップアウトしてしまった人への供養のようなつもりで書いたんです」こう語るのは、『人が壊れるマネジメント プロジェクトを始める前に知っておきたいアンチパターン50』(ソシム)の著者で、パラダイスウェア株式会社代表取締役の橋本将功さんだ。早稲田大学でテロリズム研究から人間の組織行動を学び、2000年の就職氷河期にIT業界に飛び込んだ。

以来25年間、プロジェクトマネージャーとしてさまざまな修羅場を経験してきた。なぜIT企業では人が壊れるのか、その構造的問題と解決策について話を伺った。



■「製造業マインド」がIT現場にも持ち込まれている



なぜ日本のIT現場は“炎上プロジェクト”ばかりなのか?『人が壊れるマネジメント』著者に聞く【谷口友妃】
▲IT業界歴25年、パラダイスウェア株式会社代表取締役の橋本将功氏



 プロジェクトマネージャーとしてIT現場でのトラブルの数々を目の当たりにしてきた橋本さん。その根本要因について「日本は製造業で栄えた国ですが、IT業界にも発注者側や管理者がその考え方を持ち込んでいることが問題です」と分析する。



 製造業であれば、「段ボール100個を期限内に納品する」などと、成果物は具体的に決められている。また、材料があれば納期も確実だ。



 しかし、IT開発ではそうはいかない。要件定義や設計がうまくいかないと、テストや納品時に「こんなはずじゃなかった」とクライアントからクレームが出てやり直しが発生することがある。やり直しが積み重なれば、当然納期遅れも出てくる。



 また、意外に聞こえるかもしれないが、サービスやシステムの開発の現場は「感情労働」すなわち「やる気」や「サービス精神」が求められるという。



「たとえば、クライアントやユーザーのために良いECサイトをつくる際にも、そこに関わる人の熱意や創意工夫が求められます。チームの熱意いかんでバグの多さが変わったり、ユーザーにとっての使いやすさが変わったりしますから」



 感情を前向きに持っていける組織・環境であればいいが、そうでないとメンタルを病んでしまうのだ。



 橋本さんは2000年の就職氷河期にIT業界へ飛び込んだ。「イメージと違ってITの現場は相当泥臭い世界です」「徹夜は当たり前、休日出勤も当たり前」の環境で、メンタルを病む同業者を数多く見てきた。



 その経験から「日本人はプレイヤー意識が強すぎる」とも指摘する。ピンチに陥るとまず手を動かして解決しようとする。しかしこれは逆効果。



「複雑なプロジェクトでは計画が間違ってると、個人がいくら頑張っても収拾をつけるのは無理なんですよ。この辺が日本人の組織行動的な面で戦前から変わってないところだと思っています」



 マネジメントはテクニックであり、ちゃんと学んでやっていけば大丈夫だ、というのが橋本さんの持論だ。



「今は人手不足やワーク・ライフ・バランス重視の世相からマンパワーには頼れません。プロジェクトで発生する問題はマネジメントやテクニックで解決するしかないのです」



 そのノウハウがこのたび上梓した著書に詰め込まれている。 





■「ざっくり見積もり」を全力で回避しろ!



 無茶なスケジュールで残業や休日出勤が続いてしまう“炎上プロジェクト”の多くは、甘い「ざっくり見積もり」から生まれている、と指摘する。



「ざっくり見積もり」とは、企業から受注したサイト・サービス開発の案件で、納期や予算を甘く見積もって、結果安請け合いしてしまうことだ。



「仮にアプリ開発が3,000万円でできるとしても、そこに要件として基幹システムとの連携が入るだけで工数がまったく変わる可能性があります。

その追加要件一つで予算が5,000万円になることもあるんです。でも技術への理解が深くなければ、予算やスケジュールを追加しなきゃいけない、という発想にはならない。そうして、計画の不備をプロジェクトメンバーのサービス残業などでまかなおうとしてしまうんです」



 踏まえて見積書は、ITエンジニアやプロジェクトマネージャーを交えて現場のプロで作成し、フォーマットは「積み上げ式」にすることをすすめる。



 また、橋本さんは現在AIを活用したプロジェクトマネジメントツールの開発に取り組んでいるというが、これはざっくり見積もりにも効くという。



「AIが客観的に予算変更の必要性を教えてくれるので、人間の感情や空気に左右されずに済みます。日本人は空気を読んで言わなきゃいけないことを言いそびれがちですから、都合の悪いことは全部AIに任せましょうと」



 見積もりしかり、今後はIT業務に関するリテラシーがますます求められる時代になり、格差も広がっていくという。



「ITに強い会社は適切な予算でプロジェクトを回し、お客さんに提供できるサービスの質をどんどん高めていけます。しかしITに弱い会社は、プロジェクトに投資しても失敗を繰り返し、お客さんを引き付けるサービスを提供できない。だからこそ経営者や管理職にはリテラシーが求められます」





■メンタルは「針金」、折れる前に逃げる



 取材の最後に、メンタルを平穏に保ちながらIT業界で働き続けるためのヒントを聞いた。



「この業界では転職が当たり前です。会社や環境におけるガチャがハズレる場合もあるので、自分の努力や提案を正しく評価してくれないところに長居しないことだと思います」



 これは「石の上にも3年」派の人からすれば、抵抗がある考え方かもしれない。しかし、とくに以下のような職場はヤバい。



「たとえば、上司が部下にダブルバインド(矛盾した二つのメッセージを送り、どちらを選んでも不安や罪悪感などが生じる状態になること)を仕掛けてくる会社や、ミスやトラブルを突いてくるような会社とは長く付き合わない方が良いです」



 また、メンタルダウンが続くと、どんどん視野が狭くなってくる。



「そこで『もう嫌だ!やめてやる』と決意できればいいのですが、そう思えない場合は、自覚がないまま最後まで自分を追い詰めてしまいます。そういうケースは非常に多いですね。とくに人に弱みを見せたくないタイプの場合は、周りも気付かないうちにある日突然……ということもあり得ます」



 筆者は、これまでIT企業で疲弊する人々の事例を多く見聞きしてきた。自死した事例も知っている。その話を橋本さんにすると、共感するように頷いていた。



「人間のメンタルは針金みたいだなと思うんです。弾力があるので一定のところまで曲げても元に戻りますが、一定のラインを越えると折れた癖がついて元に戻らなくなってしまいます。だから、自分が悪いとか、頑張りが足りないから、などと思い詰めて壊れるまで仕事をしてはいけません」



 逃げるが勝ちなのだ。すでに折れそうなほど心にダメージを負っている人には、ストレスの低い職場を探したり、思い切って業種を変えたりすることを勧めている。



 IT業界は長年メンタル疾患で退職する人が全業界でトップクラスだった。しかし橋本さんのようにプロジェクトマネジメントのプロが声を上げ、AIツールも登場する中、古い慣習による働きづらさは徐々に改善されていくことを期待したい。





取材・文:谷口友妃

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