ビートルズの活動期間が10年だったのに対し、AKB48は20年間に及ぶ。今の時代の20年と昔の20年は同質のものなのか? 20世紀末の時点で、音楽はいずれタダになると予言していたミュージシャン近田春夫氏と近代大衆社会の末期症状を描き出した『日本崩壊 百の兆候』(KKベストセラーズ)が絶賛発売中の作家適菜収氏による異色対談の後編。
◾️人類の終末は意外と早い
適菜:変な政治家がいろいろ出てきていますが、目新しさはない。結局、第二の安倍晋三、第二の橋下徹なんです。腐り方は同じです。
近田:政治の世界は、縮小再生産の時代に入ったのかもね。
適菜:だから、政治に関しては突っ込みどころも同じようなものになるし、時評を書くのも飽きてしまいました。
近田:世の中、政治家のみならず、何もかもが小粒になってきていると思うのよ。ただ、この感覚には、時間の経過も関係あるのかなと考えていて。
適菜:どういうことですか?
近田:齢を取ると時間が過ぎるのが速くなるっていうのは、よく聞く話じゃないですか。心理学では「ジャネの法則」と呼ぶそうだけどさ。
適菜:フランスの哲学者ポール・ジャネが発案したものですね。

近田:時間に対する体感が短縮するのに応じて、物事のスケール感も縮小するのかなあ、なんて。
適菜:なるほど。
近田:俺は今74歳だけど、死が近づいてくると、一日一日が短くなる。ひょっとすると、これって、個人だけじゃなくて、人類全体に対して敷衍できる法則なんじゃないかと思うのよ。だって、自分よりずいぶん若い人間と話していても、「最近、時間が過ぎるのが速くなりましたね」って言うんだよ。ということは、人類という集団そのものが、老境を迎えているんじゃないかって。
適菜:人類の終わりが近いということですか?
近田:特に、コンピューターが発展して以来、人類は、いろいろな意味で先が見えやすくなったじゃない? 1970年の大阪万博では、みんな、薔薇色の未来を信じていた。でも、今開催されている大阪・関西万博を見ても、将来に対して手放しで楽観を抱いている印象は微塵もない。
適菜:運営も不手際ばかりだし。
近田:俺らが子どもの頃はさ、少年雑誌の新年号は、小松崎茂の描いた未来像なんかが巻頭を飾っていた。自動車が空を飛んでたりしてさ。今の万博でも、「空飛ぶクルマ」と称する乗り物が披露されているけど、あれ、単にでっかいドローンみたいなもんじゃん(笑)。かつて夢みた空飛ぶクルマとは別物だよ。
適菜:維新がやっているのは全部このパターンですよ。大風呂敷を広げて、世の中を騙す。
近田:もはや、未来に関しては否定的要素ばかりが論じられるようになってきた。みんな、人類の終末は意外と早いんじゃないかなと考えてるんだろうと思う。人類全体が、ジャネの法則を共有している。
適菜:日本はこの30年で完全に破壊されました。「日本スゴイ」なんて言ってる情弱もまだいますが、すでに多くの人が日本が取り返しのつかないところまで来ていることに気づいている。
◾️グループサウンズとビートルズのムーブメント
適菜:ジャネの法則について最近考えていたことがあるんです。
近田:おっ、奇遇だねえ。
適菜:私は、1975年生まれだから、その30年前の1945年は敗戦の年だった。今私は50歳なので30年前は20歳だった。感覚的にはつい最近です。
近田:そうだよ。昨日みたいなもんだよ(笑)。
適菜:そう考えると、自分が生まれた30年前に広島と長崎に原爆が落とされたという事実が不思議です。子供のときは歴史上の出来事みたいに感じていたのに。
近田:例えば、グループサウンズというムーヴメントは、1965年に勃興して、70年には終焉を迎えてしまう。たかだか5年しか持たなかったのよ。あのビートルズだって、実質的な活動期間は10年程度。それに対し、AKB48ってグループは、もう20年も活動を続けているわけ。そう考えると、この20年の経過って、ものすごく速いでしょ。これは、やっぱり、自分が齢を取ったからだけじゃなくて、絶対的な時間の進み方が速くなったことの一つの証明だと思うんですよ。
適菜:なるほど。

近田:でも、ジャネの法則は、正直、科学的合理性には乏しいらしい。
適菜:経験則ですからね。
近田:そこで気づいたの。世の中って、いろんなことが合理的に行われているはずなんだけど、その根底にあるのは情緒であると。
適菜:どういう意味ですか?
近田:ある迷信を正当化させるために、合理性が援用されているんじゃないかと。だって、ノーベル物理学賞を獲っているような学者でも、キリスト教を信じていたりするよね。でも、キリスト教の教義には、科学的根拠はない。そういった脆弱性が、今、すごく可視化されるようになってきたんじゃないかな。
適菜:陰謀論もそうですね。学者が参政党の裏にいたりもします。
近田:毎日、恐ろしい規模でパンドラの箱が開いてますよ。
適菜:社会の底も抜けてます。
◾️人間は思想の面でもバラバラになっていく
近田:近代では負のエネルギーが作用してバラバラになっていく。
適菜:そうでしょうか? 私が見た範囲では、ヤフコメには同じようなコメントばかりだなと感じますが。
近田:あくまでも、「同じようなこと」なのよ。何かに対して、大きく分けたら肯定的な人と否定的な人がいるとして、その理由が同じじゃないんですよ。細部が異なっている。例えば、トランプ大統領に対しても斎藤兵庫県知事に対しても、意見のディテールが違う。
適菜:なるほど。
近田:昔は細かい違いは見えることがなかった。新聞にしても雑誌にしても、そこで表明される意見の数は少なかった。
適菜:そうですね。
近田:だってさあ、我々みたいに文章を書くことを職業にしている者にとっても、自分の考えを正確に伝えることはなかなか難しいわけじゃん(笑)。
適菜:伝えたいことを正確に書けば反発を浴びますし。
近田:なのに、ヤフコメやXでは、真意が伝わらないままのコメントがいっぱい出てきて、それに対して、さらにきちんと理解していないコメントが寄せられる。すると、その応酬は、感情的に相手をやり込めるだけになってしまう。
適菜:話が嚙み合わないわけですね。
近田:そう。相手の人格否定一辺倒になってしまう。でも、結局、この混乱した有り様こそが、人間社会というものの偽りない真実の姿だと思うんだよね。
適菜:そうですね。言葉が通じないのが普通の社会です。
近田:コンピューター社会はその真実を知らしめたのでは。
適菜:近田さんはそれについてどう思っているのですか?
近田:肯定も否定もしないけど、個人的な感情としては、あんまりうれしくはない。でも、これはこれで不可逆的なものだと思うんですよ。もう戻ることはできないよ。
適菜:人類の歴史を振り返れば、その道のりは凸凹だった。でも、いわゆる進歩史観のようなものにたぶらかされて、「未来は明るい」という幻想を抱いてしまったわけです。でも、うっかりしていて一瞬で滅びた国なんてたくさんありますよね。日本の現状も同じです。多くの人が「なんか変だ」と気づき始めた時点で、すでに終わっていたということです。
近田:まぁ、そんなもんですよ。
構成:下井草 秀