時代を鋭く抉ってきた作家・適菜収氏。当サイト「BEST T!MES」の長期連載「だから何度も言ったのに」が大幅加筆修正され、単行本『日本崩壊  百の兆候』として書籍化された。

連載「厭世的生き方のすすめ」では、狂気にまみれたこのご時世、ハッピーにネガティブな生活を送るためのヒントを紹介する。世の中にうんざりしてる人に「引きこもりなさい」と説く適菜氏の連載第11回。そのヒントは「鴨長明の生き方」にあった。



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■引きこもりのテクニック



 「東京都ひきこもりサポートネット」のウェブサイトには次のようにある。「ひきこもりは、特別なことではありません。誰かから、責められることでもありません。誰にでも、ひきこもらざるをえない理由があるからです」。その通りだ。誰にでも、引きこもらざるをえない理由はある。特別なことでもない。「引きこもりをやめろ」というのは余計なお世話である。



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 引きこもりの人間は、社会不適応者である。

私も社会と距離を置きたいので、引きこもることにした。



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 年下だが、10年以上引きこもりを続けている知人がいる。彼に引きこもり生活のコツについて話を聞いた。まずはAmazonでコカコーラゼロを箱で買うことと、UberEATSでマクドナルドのクーポンを探すことが重要だと言う。「なんだか不健康だね」と言ったら、「健康なんて気にしていたら、引きこもりなんてできない」と返された。たしかにそうだ。先達の言葉には含蓄がある。



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 世の中はロクでもないことばかりである。外出すれば腹が立つことに遭遇する。政治は地の底に落ちた。若者は義憤に駆られ、「おかしな世の中を変えてやる」と意気込むこともあるかもしれないが、おかしな世の中がすぐに変わることはない。だから慌ててはならない。

長い歴史の中に現在を位置づけ、時と場合によっては「引く」ことが重要だ。私は昨年の秋に政治に関する文章を書くのを止めた。今、発言することに意味を感じられなくなったからだ。数百年くらい待てば、新しい局面が生まれてくるかもしれない。



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 外出も控えめにしたほうがいい。ふらふら外に出たりするから、トラブルが発生するのだ。皆が引きこもりになれば、世の中は平和になる。



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 「長男が部屋から出てこなくて困っています」みたいなテレビ番組が、YouTubeに転載されていたりする。ああいうのを参考にしてもいい。子供が引きこもりになっても親は焦ってはならない。叱り飛ばすのはもってのほかだ。そうすると子供はますます心を閉ざしてしまう。

子供の気持ちに寄り添い、親も一緒に引きこもりになればいい。では生活費はどうするのか。実家から仕送りしてもらってもいい。つまらないプライドは引きこもりの敵である。



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 引きこもりで暇になったら、昼寝するのがいい。慣れてくれば毎日昼寝できるようになる。スペイン人は皆、昼寝する。短時間の昼寝が体によいことは証明されているが、長時間の昼寝もおすすめだ。ランチを食べた後は、とりあえず布団に入るのを習慣にする。眠りの質を高めるサプリを飲むのもおすすめだ。



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 私はテレビは見ないし、新聞や雑誌も一切読まない。たまにネットニュースを見てしまうこともあるが、そういう機会も減らしている。

現代は情報過多だ。それで感情を動かされ、消耗させられていく。だから、なるべく情報には触れないほうがいい。外部との接触も制限したほうがいい。定期的に電話番号やメールアドレスを変えるのもいい。引っ越しもいい。こうした積み重ねが引きこもり生活を成功させる。



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 現在は人類史上はじめて完全な引きこもりが実現できるようになった時代だ。ネットで注文して、「置き配」もしてもらえる。10年くらい他人と一言も口をきかなくても、生きていくことができる。



押して駄目なら引いてみな。「引きこもり」という人類の新しいライフスタイル【適菜収】
引きこもりの達人・鴨長明



■鴨長明と手の届く生活



 鴨長明は俗世に対するあらゆる執着を捨て、30歳のときに庵を構えた。50歳で出家、60歳で日野山に庵を構え『方丈記』を書いた。

書名は庵の広さ(一丈四方、すなわち約3・3メートル四方)に由来する。



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 いま日野山の奧にあとをかくして後、南にかりの日がくしをさし出して、竹のすのこを敷き、その西に閼伽棚を作り、うちには西の垣に添へて、阿彌陀の畫像を安置したてまつりて、落日をうけて、眉間のひかりとす。かの帳のとびらに、普賢ならびに不動の像をかけたり。北の障子の上に、ちひさき棚をかまへて、黒き皮籠三四合を置く。すなはち和歌、管絃、往生要集ごときの抄物を入れたり。傍にこと、琵琶、おのおの一張をたつ。いはゆるをりごと、つき琵琶これなり。東にそへて、わらびのほどろを敷き、つかなみを敷きて夜の床とす。(『方丈記』)



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 大事なのは、布団に横になったまま手の届く範囲に必要なものをまとめることだ。「半径3メートルしか目の届かないやつ」という言い方があるが、「半径1メートル」でもいい。「起きて半畳寝て一畳」という言葉もある。先述した引きこもりの知人は、枕のすぐ横にディスプレイとキーボードを設置している。



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 長明は一人になれば、経を読むのをさぼることもできるし、言葉から起こる罪を犯すこともなくなるという。他人を恨む気持ちもなくなり、長生きしようとも早く死のうとも思わない。一生の愉しみは、うたたねをしている気軽さに尽きると。



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 うたたねは最高の贅沢だし、高尚な趣味でもある。人に頼らなくても文明の利器に頼ることができる。電子ポットがあれば一瞬で湯を沸かすことができる。低周波治療器やフットマッサージャーは、うたたねの友になる。AIが人間の仕事を代行してくれるようになれば、全人類は引きこもりになることができる。それが人類の到達すべき地点なのかもしれない。





文:適菜収

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