子供の頃から雑誌が好きで、編集者・ライターとして数々の雑誌の現場を見てきた新保信長さんが、昭和~平成のさまざまな雑誌について、個人的体験と時代の変遷を絡めて綴る連載エッセイ。一世を風靡した名雑誌から、「こんな雑誌があったのか!?」というユニーク雑誌まで、雑誌というメディアの面白さをたっぷりお届け!「体験的雑誌クロニクル」【25冊目】「越境的専門誌『ワトソンJAPAN』と『GURU』」をどうぞ。



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【25冊目】越境的専門誌『ワトソンJAPAN』と『GURU』

 



 専門誌というと、基本的にはそのジャンルの専門家やマニア、特定の職業に従事する人を対象に作られるものだ。『月刊住職』は住職向け、『月刊食品工場長』は食品工場長向け、『養豚界』は養豚家向け、『家主と地主』は家主と地主向け、『愛石の友』は愛石家向け、『へら専科』はヘラブナ釣り愛好家向けである。



 どういう経緯だったか忘れたが、なぜか警察官向けの直販雑誌『トップジャーナル』(教育システム/のちに『BAN』に誌名変更)で連載したこともある。上記のような専門誌や『橋梁新聞』『祭典新聞』などの業界紙を紹介する企画で、専門誌で専門紙誌について書くという二重にマニアックな連載だった。



 それらの専門誌を門外漢が見たら退屈かというと、決してそんなことはない。一般人にとってはまったく意味のわからないことが、その雑誌の中では重大なトピックスとして取り上げられている。あるいは、見たことも聞いたこともないような商品が、想像を絶するコピーで広告されていたりする。そこには、未知の常識、未知の価値観がある。そんな世界の広がりを知ることができるのは、貴重な体験だ。



 然るに一方、専門誌でありながら専門の枠を超えて、一般読者に読ませようという意図を持った雑誌もある。その代表格が、『ワトソンJAPAN』(笠倉出版社)だ。



 創刊は1992年4・5月号(隔月刊)。

「法律で世間を探偵!読んで面白いスーパー・コンビニ・マガジン」とのキャッチコピーを掲げる、法律をテーマとした雑誌である(コピー後半は号によって変化)。1921年創刊のイギリスの雑誌『WATSON』の日本版との触れ込みで、巻頭には本家の編集長オーモンド・サッカー氏からのメッセージが掲載されているが、それはフェイクのような気がしなくもない。



 編集後記で編集長・宮川継氏は次のように綴る。



〈ワトソン創刊にあたって、さまざまな人に聞いてみた。法律の雑誌に興味ある? 帰ってくる答えは皆同じ。「えっ、法律? 何それ」こんなにも法律アレルギーがすごいとは思わなかった。ま、それでガゼンやる気になった。最近の雑誌の創刊・廃刊ラッシュを横目にみつつ、タイアップ記事も商品情報もない、文字も多い、だけど面白い「法律」の雑誌を作ろう、と〉



 確かに、法律の雑誌と言われて「面白そう」とは普通は思わない。そこであえて〈面白い「法律」の雑誌を作ろう〉という意気やヨシ。A4ワイドの判型は当時の『スタジオボイス』と同じで、誌面デザインのテイストも似ている。つまり、法律雑誌っぽくない。





 表紙のビジュアルが鉄人28号というのも法律雑誌のイメージを覆す。

が、“いいも悪いもリモコン次第”の鉄人について〈鉄人、リモコン、正太郎君の関係を、警察、法律、国家というふうに置き換えて考えてみると、実に意味深である〉との解説にひざを打つ。2号目の表紙は手塚治虫のヒゲオヤジ、3号目は『ハレンチ学園』のヒゲゴジラ、4号目は『がきデカ』のこまわり君で、そのセレクトも絶妙に意味深だ。





越境的専門誌『ワトソンJAPAN』と『GURU』【新保信長】  連載「体験的雑誌クロニクル」25冊目
『ワトソンJAPAN』(笠倉出版社)創刊1号~4号。洋モノポルノ雑誌『GENT』増刊として刊行されていた



 創刊号の特集は「反則」。夏の甲子園、接待、アダルトゲームソフトの摘発、エコロジー、ミステリー文庫の解説、敷金・礼金などのテーマについて「反則」をキーワードに識者が斬る。ちょっとテーマがバラバラすぎて特集としては散漫な印象を受けるが、主張したい気持ちは伝わってくる。「悪法の研究」「性の研究」「罪と罰」といった2号目以降の特集も、法律を日常レベルの興味と結びつけようという意欲は買える。



 架空の法律の成立過程をドキュメンタリータッチで描く連載「立法シミュレーション」は、この雑誌ならではの好企画と言えよう。初回は「大阪弁禁止法」。大阪のうどん屋の息子から自民党総裁にまで上り詰めた梅田幸之助首相が、国連総会で「儲かりまっか」と失言したことに端を発し、バカヤロー解散ならぬ「アホ解散」、猛虎派(阪神ファン)の暴動などの事件を経て、大阪弁禁止法成立に至る。架空の新聞紙面をあしらうなど凝った作りの記事は、バカバカしくも皮肉が利いて苦笑を誘う。



 これが好評だったのか、2号目の「ダイエット禁止法」は巻頭に昇格。架空の『an・an』が「今年は夏までに絶対太る」という特集を組んでたりして、これまた可笑しい。

3号目の「性交税法」では「性交税法をご理解ください。」と訴える政府広報のパロディや「国性調査」「性交免許制の導入」「性交税申告書(通称・桃色申告)」などの用語に思わず噴き出す。4号目の「自衛隊分割・民営化」も実にシャレが効いている。宮武外骨の「滑稽新聞」から現代の「虚構新聞」の系譜に位置づけられる企画だろう。





越境的専門誌『ワトソンJAPAN』と『GURU』【新保信長】  連載「体験的雑誌クロニクル」25冊目
『ワトソンJAPAN』(笠倉出版社)3号「立法シミュレーション3 性交税法」p38-39より





 もうひとつ、人気連載として同誌の顔となったのが、いしかわじゅん「鉄槌!!」だ。スキーバスに置き去りにされたことをマンガに描いたら、バス会社に訴えられた。その裁判の一部始終を綴ったドキュメンタリー的エッセイである。



 原告であるバス会社は嘘を並べ立て、弁護士は法外な着手金を吹っかけてくる。訴状や答弁書は何を言いたいのかわからず、審理は遅々として進まない。そんな理不尽と不可解の詰め合わせのような裁判の実態を、素人目線の困惑とツッコミを交えて描き出す。リアルタイムではなく、すでに終わった裁判の話なのだが、あまりにカオスな展開に、読んでるほうは「このあとどうなるの……!?」と気になって仕方ない。



 業界注目度も高く、『週刊宝石』で大きく取り上げられたり、各所で話題に。A5判にリニューアルした5号目からは読者が世の理不尽に怒りの声を上げる「みんなの鉄槌!!」のコーナーも始まる。

8号では連載のアイキャッチ的キャラのイラスト入りテレホンカードプレゼント企画もあった。



 が、この連載は未完に終わる。『ワトソンJAPAN』がその8号(1993年7・8月号)にて休刊してしまったのだ(『鉄槌!!』は、のちに単行本化された)。奥付に休刊の告知はあるものの、各種連載は「次号に続く」となっており、それどころか「キム・ミョンガンの愛と法律」が新連載として始まっているのだから、本当に突然の休刊だったのだろう。



 「鉄槌!!」でいしかわが毎回休刊ネタを枕にしていたし、読者投稿でも休刊を心配する声が多々あったように、いつ休刊してもおかしくない雰囲気は漂っていた。この手の雑誌を愛好する人間は(私も含め)そのへん敏感なのである。とはいえ、いざ休刊するとやはり残念。法律をテーマにしながら、サブカル的要素もあって、専門誌の枠にとどまらないチャレンジングな雑誌であった。



 創刊号から4号まで「Senior Editor」としてクレジットされている伊藤卓氏は、創刊号の編集後記で次のように記している。



〈ここで、ひっそりと宣言しておきたい。本誌は『ワンダーランド』や『モノンクル』といった、かつて、われわれが愛した雑誌たちの末裔だ。だから、本誌を昨年来の男性誌創刊ラッシュという文脈で語るのだけは止めて頂きたい〉



 ここで言う創刊ラッシュの男性誌とは【17冊目】で取り上げた『マルコポーロ』『Bart』『VIEWS』『バッカス』(いずれも1991年創刊)あたりを指すのだろう。

それらとは一線を画し、伝説的雑誌である『ワンダーランド』(晶文社/1973年/植草甚一編集)や『モノンクル』(朝日出版社/1981年/伊丹十三責任編集)の名前を出してくるあたり、雑誌文化へのこだわりを感じる。



 2号目では〈ともかく、もう一度、雑誌にワクワクしてみたい。大出版社の雑誌から失われてしまった雑誌本来の面白さを取り戻したい。本誌が目指すのはそれだけです〉とも述べていて、伊藤氏にとって法律というテーマは方便にすぎなかったのかもしれない。





 同様に、専門誌の枠を超えた専門誌が『PC-PAGE GURU』(翔泳社)である。創刊号は1994年2月発行。A4判・平綴じでマット調の紙質は『ワトソンJAPAN』と共通する。タイトルの「PC-PAGE」と「コンピュータ世代の生活情報誌」とのキャッチコピーが示すとおり、ジャンルとしてはパソコン誌ということになろう。



 しかし、内容的には“パソコン誌の皮をかぶったサブカル誌”としか言いようがない。まず「天孫降臨号」「細胞分裂増殖号」「粗製濫造号」「一触即発号」といった各号のサブタイトル(?)がふざけているし、ぶっ飛んだ表紙と目次デザインは、かの祖父江慎だ。







 創刊号の特集「不良のためのコンピュータ白書」に登場するのは、布施英人、いがらしみきお、高城剛、津野海太郎、中ザワヒデキ、高杉弾、神足裕司、飴屋法水、平沢進、粉川哲夫ほか。連載陣がまたすごくて、荒木経惟、伴田良輔、南伸坊、とり・みき、宮沢章夫、橘川幸夫、内田春菊と錚々たるメンバー。

巻末のコラムページにも椹木野衣、秋田昌美、江戸木純、松沢呉一、こじままさき、加藤賢崇といった名前が並ぶ。これはもうパソコン誌というより、『ガロ』とか『写真時代』の仲間である。



 2号の特集は「愛と混沌のパソコン通信」。一見普通のパソコン誌っぽくもあるが、サブタイトルは「ビックリハウサーの逆襲vs暴走するGURU」って、そこで「ビックリハウサー」なんてフレーズが出てくるとは!



 ビックリハウサーとは、前出『ワンダーランド』(のちの『宝島』)と並ぶ伝説的サブカル雑誌『ビックリハウス』(パルコ出版/1975年~85年)の読者(≒信者)を指す。同誌の立役者の一人、榎本了壱がかつての雑誌投稿とパソコン通信の類似点・相違点について語った記事は、サブカル史的にも貴重である。



 何しろまだWindows95も発売されておらず、ダイヤルアップ接続の時代。「パソコン通信ではこんなことが行われている」という記事があったり、付録にニフティサーブのイントロパックが付いていたりするのには隔世の感ありだが、みんながまだパソコンのことをよくわかっていない時代だからこそ、こういうパソコン誌のふりをしたサブカル誌が成立したのだろう。



 かく言う私も、ワープロはかなり早くから使っていたものの、パソコンを初めて買ったのは1997年(一番ダメだった頃のマック)で、この当時はまだよくわかっていなかった。いや、今もよくわかってはいないのだが、わからなくても『GURU』の紙面からは作り手が楽しんでいる感じが伝わってきた。



 4号(1994年5月発行)の特集「ニッポンのDTP」は自分の仕事とも関わるが、やっぱりよくわからず。というか、今見返すと、当時のDTPはお粗末すぎて笑えてくる。「女子高生流行通信はDTPもモノにする」と題した記事(文:永江朗)では、女子高生にガリ版新聞を作らせて、その一部をDTPで作ってみるという企画をやっているのだが、どう見てもガリ版のほうが出来栄えも味わいも断然上だ。そもそもDTP特集にガリ版が出てきた時点で「DTPとは……?」と問いたくなる。





越境的専門誌『ワトソンJAPAN』と『GURU』【新保信長】  連載「体験的雑誌クロニクル」25冊目
『PC-PAGE GURU』(翔泳社)4号「女子高生流行通信はDTPもモノにする」p36-37より



 しかし、“なんかヘンな雑誌”として独自の存在感を放っていた『GURU』は、5号をもって〈第1次5ヵ月計画を完了し、次号より第2段階に突入する〉との告知とともに2カ月間の休止に入る。そして「新装刊号」として登場した6号は、パソコンのハウツー、新製品情報などをメインとする普通のパソコン情報誌になっていた。その時点で買うのをやめたので6号以降は手元になく、国会図書館にも所蔵がないため詳細は不明だが、ネットで見つけた表紙画像を見る限り、9号で休刊になったようだ。





 もともとパソコン自体がサブカル的な文脈から出てきたようなところもあり、この時代のパソコン誌にはサブカル要素の強いものが散見される。『マックブロス』(技術評論社/1993年創刊)、『ワイアード』(同朋舎出版/1994年創刊)、『デジタルボーイ』(毎日コミュニケーションズ/1995年創刊)、『CAPE X』(アスキー/1995年創刊)などがそれ。パソコン誌というよりデジタルカルチャー全般を扱う雑誌も含まれるが、いずれも新しいジャンルの混沌と猥雑なエネルギーを感じた。



 それにしても、この手の雑誌の国会図書館所蔵率の低さは何なのか。『GURU』は書誌データは出てくるものの所蔵なく、『マックブロス』『デジタルボーイ』は(検索の仕方が悪いのかもしれないが)データすら出てこない。『ワイアード』は2011年の復刊以降のものはあれど古いものはほとんどなし。なぜか『CAPE X』だけは9号中8号がそろっていたが、前述の『ワトソンJAPAN』は、これまたデータすら出てこない。



 国立国会図書館法には、出版物を発行したら〈発行の日から三十日以内に、最良版の完全なもの一部を国立国会図書館に納入しなければならない〉と定められている。〈発行者が正当の理由がなくて前条第一項の規定による出版物の納入をしなかつたときは、その出版物の小売価額(小売価額のないときはこれに相当する金額)の五倍に相当する金額以下の過料に処する〉と罰則もあるので、各出版社におかれましては納本義務をしっかり果たしていただきますよう、よろしくお願いいたします。





文:新保信長

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