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1.モラルゼロの始まり



 年頭にあたって、所感のようなものを書いてみようと思う。というのは、いつものようにフィッツロイ氏のSubstackへの投稿「《モラルゼロ》2026年へのドア」(28/12/2025)を読んでいて、そんな気になったからである。



 というわけで、Substackは有料のサブスク記事なので、究極の自然法シャリーア(≒イスラーム法)の教える「良識」に従って一部だけ引用転載させてもらいながら話を進めよう。



 《2026年は、2025年に始まっていたと、後で振り返ることになるだろう》とフィッツロイは述べる。その意味は2026年は一呼吸のコンテキストの流れの中にあるということである。そのコンテキストの流れとは、2025年の《強い者が勝つ》から2026年には《強い者だけが人間並の暮らしを出来る世界》に一歩進んだ、ということである。



 フィッツロイはそのコンテキストの源泉を「integrity(誠実さ)の消滅」「モラルゼロ」と呼ぶ。モラルゼロとは「社会の根幹が失われること」である。日本だけでなくアメリカにおいても、社会は1998年から「失われた30年」が続いており、ちょうど2025年までのこの30年が取り返しがつかない、100年はかかる崩壊の始まりだというのである[1]



 「《モラルゼロ》2026へのドア」は全編興味深いが、引用はここまでにして、ここからは筆者自身の議論に引き付けて年頭所感らしきものを書こう[2]





2.ニヒリズムの世紀



 フィッツロイの問題関心では、2025年は100年続く崩壊が始まる「失われた30年」の一区切りの年である。しかし筆者はこの2(20/21)世紀を「私が語るのは、これからの二世紀の歴史である。私は来たるべきもの、もはや別様には来ないもの──ニヒリズムの到来──を描写する」(『力への意志(Der Wille zur Macht)』序文)と「ヨーロッパ最初の完全なニヒリスト」と自称したニーチェが予言したニヒリズムの時代と位置づけている。



 つまり筆者の問題関心に照らせば、2026年はニヒリズムの二世紀の前半(20世紀)が終った後、後半(21世紀の)の四半世紀が過ぎ去りいよいよニヒリズムがその本性を顕し始める時代となる。

フィッツロイの謂う「integrityの消滅」「モラルゼロ」「社会の根幹が失われること」もニヒリズムの一形態と言うことができよう。





3.トランプのベネズエラ侵攻



 とここまで書いた時点で想定外の出来事が起きた。トランプ米大統領によるベネズエラのマドゥラ大統領夫妻拉致誘拐事件である。これもインテグリティの消滅、ニヒリズムの現象形態であるが、先ずは予定を変更して《時評》らしく現象について解説していこう。



 2026年1月3日、トランプ米大統領は、ベネズエラの首都カラカスにデルタフォースを派兵し、ニコラス・マドゥロ大統領を麻薬、武器の密輸などの罪で米国での司法で裁くために拉致しアメリカに連行した。





アメリカのベネズエラ侵攻と国際法・国際秩序を無視する「MAGAトランプ2.0」の行動原理【中田考】
ニコラス・マドゥロ大統領



 米国とベネズエラの当局者によると、マドゥロは12月下旬に辞任してトルコへの亡命を受け入れるようにとのアメリカからの最後通告を拒否した。その数日後、アメリカが麻薬取引に使われているとされるベネズエラの港湾を攻撃した後、マドゥロは英語で「No crazy war(狂った戦争はない)」と繰り返しながらビート音に合わせて踊るパフォーマンス映像を配信した。このマドゥロの挑発的な態度に嘲笑されたと感じたトランプは2026年1月3日に警告を実行に移しデルタフォースをカラカスに派兵し夜明け前に急襲を行い、マドゥロと妻のシリア・フローレスを拘束し、麻薬取引の容疑でニューヨークに連行した。





アメリカのベネズエラ侵攻と国際法・国際秩序を無視する「MAGAトランプ2.0」の行動原理【中田考】
デルタフォースをカラカスに派兵し夜明け前にベネズエラを急襲し攻撃。さらに大統領夫妻を拘束する作戦を見守るトランプ大統領と政権幹部(2026年1月3日)



 同日トランプは米国が石油利権を取り戻すために一定期間ベネズエラを支配する意向を表明し、ベネズエラ暫定指導者に対し、米国の要求に従わなければ、捕らえられたニコラス・マドゥロ大統領よりももっと大きな代償を払うことになると警告した[3]



 1月4日、ベネズエラ最高裁はデルシー・ロドリゲス副大統領に大統領職務の代行を命じ、同日、彼女は暫定大統領として政務を引き継いだ。政権は国家の制度的連続性を確保する一方、政治的には依然としてマドゥロを唯一の正統な大統領と位置づける立場を維持した。内相カベージョおよび国防相パドリノは、米国による軍事行動を主権侵害と非難し、軍と治安部隊が全国規模で警戒態勢に入ったと表明した。





アメリカのベネズエラ侵攻と国際法・国際秩序を無視する「MAGAトランプ2.0」の行動原理【中田考】
デルシー・ロドリゲス暫定大統領



 5日には、米国の行動を支持・協力した者を捜索・拘束する非常措置が公表され、国内統制の強化が明確化した。同日、ロドリゲスは対米関係について「協力の可能性」に言及し、対外的には一時的に柔軟な姿勢を示した。しかし6日以降、彼女は「いかなる外国勢力もベネズエラを統治していない」と繰り返し発言し、主権と統治権の所在を強調する路線へと転じた。7日にも同趣旨の発言が続き、非常事態下での捜索や拘束が進行していることが報じられた。8日には、大統領警備隊と軍防諜部隊の長であるハビエル・マルカノ・タバタ将軍がマドゥロ前大統領の連絡先情報を米軍に漏らし防空システムを無効化したとして国家反逆罪で告発されている。また米軍行動による死者数が初めて公式に示され、同時に戦没者を悼む一週間の服喪が宣言された。これら一連の対応は、非常時における政権の正統性維持、国内統制の強化、対外的主権主張を同時並行で遂行しようとする危機管理戦略であったと考えられる[4]






[1] フィッツロイは1998年に1930年生まれのアメリカの投資家ウォーレン・バフェットのフロリダ大学のMBAでの講義での言葉「人を雇うとき、われわれは3つの要素を見ている。知性、活力、そしてintegrityだ。もしintegrityがないならば活力と知性がきみを殺すだろう」と、1971年生まれでフィッツロイが謂うところの「ゲーマー」の代表的起業家イーロン・マスクの2025年2月の大統領選挙運動中のポッドキャスト「ジョー・ローガン・エクスペリエンス」(The Joe Rogan Experience)での「西洋文明の根本的な弱点は共感(empathy)である」との発言のそれぞれが、1998年から2025年までの間にアメリカ社会からintegrityが失われたことを象徴する言葉だとしている。



 フィッツロイの2025年12月11日付の『Substack』の論考「オーソリタリアン・スタック 2  J.D.ヴァンスの役割」によると、ゲーマー一族とは、イーロン・マスクや元トランプの政策顧問の起業家ピーター・ティール(1967年~)や「トランプ2.0」の副大統領のJ.D.ヴァンス(1984年~)などのこと。彼らは、民主制を《バグだらけの古いソフトウエア》と看做して《最早、パッチをあててのバグフィックスで問題を解決するのは無理でOSそのものを入れ換えなければならない》と考え、ドナルド・トランプという《頭が悪いコンテクストを理解できない乱暴者の壊し屋》を権力中枢に送り込むことによって《古びてバグだらけ」の民主制を根底から破壊し、アメリカが戦後体制として80年をかけて築き上げたものをとにかくなにもかもぶち壊してしまおう》としているという。


[2] と言いながら、もう少しだけ、カリフ制再興より日本の現状に興味がある読者向けのサービスに「《モラルゼロ》2026へのドア」の日本論の一部の要旨を搔い摘んで紹介しておこう。



 韓国と中国は日本の成功と失敗を深く研究して過去の自分たちの停滞を認め、自分たちがいかに愚かであったか見つめることの痛みに耐えて財閥を解体したり、規制を緩めたりして問題を一つ一つ解決して年々成長を遂げていた。その一方で日本は怠惰と白人至上主義者そっくりの《根拠のない優越感》で醜く歪んだ自分の顔を鏡を見れば、あっというまに解決できただろうに、ただ自分と正面から向き合う勇気が持てなかったという子供じみた理由で初めはゆっくりであったが加速度的に直滑降で破滅への斜面を滑り落ちている。格好の実例は、新しくデザインを起こしたカスタムLSIをためらいなく使った小さくて「tidy」な中国製・韓国製の中身に比べて、大言壮語の十分の一もない実力で怠惰と真剣さの欠如を形象にしたような既存チップを組み合わせて使ったゴチャゴチャと汚い半導体ゴミ屋敷じみた日本製品なのである。



[3] Cf., Josh Dickey, “Maduro’s ‘Regular Public Dancing’ Was a Factor in Trump’s Decision to Strike Venezuela, NYT Reports”, The Wrap, 2026/1/5.
[4] Cf., “Venezuela's Supreme Court orders Delcy Rodriguez become interim president”, Reuters, 2026/1/4, “Venezuela orders police to find, arrest anyone involved in supporting U.S. attack-decree”,



Reuters, 2026/1/5, “New Venezuela Leader Says ‘No Foreign Power’ Running Country”, AFP, 2026/1/7,



“Espionnage et trahison démasqués – Le Général Marcano Tábata arrêté sur ordre de Delcy Rodríguez”, APR NEWS, 2026/1/8, “Venezuela attack by US left 100 people dead, says minister”, Reuters, 2026/1/8.





4.属国日本から見たトランプ



 日本はアメリカの属国であった。即ち第二次世界大戦の敗戦後のアメリカ主導の軍事占領の終結後も、引き続き全土に米軍基地が残され、日米安全保障条約を通じて核保有国アメリカの「核の傘」に庇護されているからである。同じ敗戦国であってもドイツとイタリアが軍事同盟NATO(北大西洋条約機構)のメンバーとして集団的自衛体制を採用しているのに対し、日本は憲法で戦力を放棄し安保条約で自国の安全保障をアメリカに一任しているからである。日本を「アメリカの属国」と呼ぶ所以である。しかし「MAGAトランプ(トランプ2.0)政権」によって、日本の地位は宗主国アメリカの家父長主義的庇護の下にある属国から「戦略的緩衝国家」に変化した[5]



 2024年のベネズエラ大統領選挙以来のアメリカとマドゥロ大統領との確執、21世紀のベネズエラと米中露の関係についてはアジア経済研究所の主任研究員坂口亜紀の研究がある。坂口によるとベネズエラ危機は、国内の権力機関を掌握するマドゥロ政権と反政府派の対立が長期化し、国際社会も米国・EUなど(反政府派支持)と中国・ロシア(マドゥロ支持)に分断されてきた。米国は政権ごとに名目を変えつつ制裁を段階的に拡大し、他方で中露は外交・経済面から政権を支え、膠着を強めた。

2024年選挙後は弾圧が激化し、民主化闘争の象徴マリア・コリーナ・マチャドがノーベル平和賞を受賞する一方、2025年末にはトランプ政権が「国際テロ組織」掃討を掲げて艦隊展開など軍事圧力を急増させ、軍事行動の切迫が危機を増幅させていた[6]





アメリカのベネズエラ侵攻と国際法・国際秩序を無視する「MAGAトランプ2.0」の行動原理【中田考】
マリア・コリーナ・マチャド



 国際社会が米国・EUなど(反政府派支持)と中国・ロシア(マドゥロ支持)に分断されており、日本も米国に追随して反政府派を支持している。ベネズエラでは大統領を選任する機関は立法府、行政府、司法府から独立した国家選挙評議会であるが、ベネズエラの国家選挙評議会の認定したマドゥロ大統領を、アメリカは承認しておらず、日本もそれに追随している[7]。イスラーム地域研究者として、ムスリム諸国の選挙結果の合法性も、法制自体の正当性も全く信じていないが、公共的なコミュニケーションの場では領域国民主権国家システムの習律に従って、その国の法の定める職名を用いる。本稿でもマドゥロを大統領と呼ぶのも同じ理由である。しかしトランプの論理では、マドゥロは大統領ではなく麻薬や武器の密輸に関与した犯罪者であり、デルタフォースを派兵したのは一国の政府に戦争を仕掛けたのではなく、犯罪者の逮捕ということになる。しかし米国でも野党民主党の議員の殆どはトランプの行動を戦争とみなし議会の承認を得なかったことを批判している[8]



 一方で共和党はトランプを支持しており、メディアでも『ウォールストリートジャーナル』紙の社説はトランプによるマドゥロ拘束を「国際法違反」と非難する国連のグテレス事務総長、欧州諸国、中国、ロシア、ハマスまで含む反応を挙げ、国際法がならず者政権の盾に堕していると批判する。2024年選挙で選ばれたエドムンド・ゴンサレスの同意やアメリカの自衛権、ヒズボラやキューバ軍の介入を考慮せずに、他国の主権を犯す武力の行使、武力による威嚇を禁ずる国連憲章2条4項をトランプのベネズエラ侵攻に適用するのは欺瞞だというのである。ロシアのプーチン、中国の習近平が国際法を守っておらず、安保理やICCが機能不全に陥っている以上、自由世界を守る実効的手段は米国の軍事的抑止力のみであり、トランプの軍事作戦は侵略とは本質的に異なるというのである。






[5] 日本が属国であることについては、拙稿「カリフ制、“帝国日本”の解体と敵国条項(3)タウヒード唯一神道宗教地政学研究所メルマガ《時評》連載第3回」2025年12月12日付『note タウヒード唯一神道・宗教地政学研究所』[2章:2.属国日本のポジショントーク]、属国から戦略的緩衝国への移行については、中田考“台湾有事が起きてもアメリカは助けてくれない…イスラム法学者の世界的権威・中田考「高市首相はトランプに戦略的に利用される」”2025年11月20日付『Minkabuマガジン』[3.高市外交のアメリカ重視][4.MAGAトランプの「G2」的世界観と日本]参照。



[6] 坂口亜紀「ノーベル平和賞受賞の栄光と米国トランプ政権の軍事圧力に揺れるベネズエラ」2025年12月『IDE スクエア』(アジア経済研究所)1-11頁、坂口亜紀「ベネズエラをめぐる大国の政策対応と思惑 -米国・中国・ロシア」『ラテンアメリカ・レポート』Vol.38、No.2、48-60頁参照。



[7] Cf., “Maduro declared winner in Venezuela's presidential election, opposition contests results”, PBS(AP), 2024/7/29.
[8] Cf., Sahil Kapur, Frank Thorp V & Kristen Welker, “Some lawmakers criticize Trump's attack in Venezuela, fearing a costly new war”, NBC News,  2026/1/4.





5.有権解釈



 「法を公式に解釈する権限を持つ国家機関が行う拘束力のある解釈」を「有権解釈」という。国内法では通常は裁判所の判決が有権解釈であるが、行政行為は裁判にならない限り行政府の決定が有権解釈となる。SNS、メディア、学会、論壇などにも「違法だ」、「違憲だ」、「有罪だ」といった言葉が飛び交っているが、有権解釈以外は空理空論に過ぎないので、市井の民草に過ぎない筆者は出来る限りそういう発言は控えるようにしている。自衛隊の存在も、天皇制の違憲(違法)であることに議論の余地などないが、国家が認めなければ外野が何を言おうと負け犬の遠吠えに過ぎない。たとえ最高裁の長官であっても自分が担当する裁判での判決以外で、どんな意見を述べようとも、何の力もないことは同じである。



 「法の支配」だの「法治主義」だの立派そうなことを言っていても所詮人間が作った「法」、「人定法」など所詮は権力者の支配の正当化装置でしかない。真に「法」の名に値するものは、神授の不磨の大典シャリーアだけだが、その話は近刊『法論』(作品社)で詳論する。



 最近の日本の司法の劣化は目に余るが、日本語読者の肌感覚では、それでも国内法では、一応裁判所があり、法が施行されているという建前が罷り通るぐらいには、法は機能しているだろうから、それでも国内法ではいろいろ問題はあっても一応「法秩序」が存在する、ということにしておこう。



 国連の下部機関国際司法裁判所(ICJ)、国連からは独立した国際刑事裁判所(ICC)のような司法機関があるにはあるが、どちらも有名無実の役立たずである。なぜなら国際司法裁判所(ICJ)は国家間の紛争を扱うが当事国が裁判に同意しないと審理できず強い国ほど「嫌なら出ない」で済みたとえ裁判が行われても当事国が判決に従わなければICJには警察も軍もないので執行できないからで、国際刑事裁判所(ICC)には独自の警察がないため逮捕状を出しても加盟国が協力しなければ誰も逮捕できないし、最も重大な罪を犯す可能性のある米中露などの大国が加盟していないため大国の指導者を裁くことができないからである。つまりICJも国家主権を超える強制力を持つ有権解釈を下せる「裁判所」ではないからである。



 そもそも有権解釈を下せる裁判所が存在しない以上、国際秩序、国際法などというものは「秩序」や「法」を名乗っていても、「ジャングル」や「ジャングルの掟」でしかない。

そして条約などの形で国連と法的関係を結んでいる以上[9]、日本もまた本質的には国際社会がアナーキー社会であるのと同じで、有権解釈のない無法地帯である[10]。もしマドゥロを元首と認める国家の有権解釈さえ認めないなら、いかなる国に対してさえ国際法を盾にとって他国を批判する資格はない。






[9] 定説では憲法98条2項「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」は国際規範を自動的に 国内法に編入し「国際法の国内法的効力を認めた規定」と説明されてきた。松田浩道「日本国憲法98条2項に基づく国際規範の実施権限」『神戸法学年報』32巻(2018年)245-246頁参照。



[10] 国際社会がアナーキーであることの意味については、へドリー・ブル『国際社会論アナーキカル・ソサイエティ』(岩波書店2007年)54-62頁参照。





6.トランプのベネズエラ侵攻とプーチンのウクライナ侵攻



 第二次トランプ政権下に於いて、日本は第二次世界大戦敗戦以来のアメリカの属国から戦略的緩衝国に変わった[11]。とはいえ、アメリカしか同盟国がなく、G7(フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダの7カ国と欧州連合)のメンバー国でもある日本が、アメリカ、そして欧米寄りの政策を取るのはやむをえない。しかし研究者やジャーナリストが政府のポジショントークの党派性に無自覚に同調して自己の価値判断を客観的(共同主観的)に妥当すると錯覚することは、知的・道義的インテグリティを失い、ひいてはリアリスティックな国際情勢の認識さえ誤ることになる。



 有権解釈がない国際法であっても、トランプがデルタフォースを派兵しベネズエラの国境を侵犯し主権を踏みにじって民間人(マドゥロ)とその妻をその護衛らを殺害した上で拉致し米国に連行したことが国際法違反なのは非法曹の素人目にも明白である。



 しかし高市は翌4日になってベネズエラ情勢の安定化、民主主義の回復、邦人保護を望むとSNSで発信したのみで、トランプによるマドゥロ大統領の拉致、連行については批判しないどころか、あたかもそんな事実がなかったかのように言及さえしなかった。米国の中南米での国際法を無視した傍若無人な蛮行は今に始まったことではない[12]。高市の対応は単体で見れば深刻な問題には見えないかもしれない。しかしポスト冷戦期、ポスト・プライマシー時代における外交的対応としては重大な過ちであると筆者は考える。







 それはロシアのウクライナ侵攻に対する日本政府の対応と比較することで明らかになる。ロシアのプーチン大統領が2022年2月24日にウクライナで「特別軍事作戦」を行うと、日本は岸田首相(当時)が重大な国際法違反であると強く批判し翌25日に即座に経済制裁を発表した。ロシアの軍事作戦に対しては翌日に公式な経済制裁、アメリカの国際法違反の軍事行動に対しては批判どころか「憂慮」や「懸念」という口先だけの外交辞令さえもなく「だんまり」という度を超えた目に余るダブルスタンダードである。このダブルスタンダードがダブルスタンダードとして意識すらされていないことも問題であるが、それがロシアや中国は言うまでもなくグローバル・サウスの目にそれがどう映るのかという問題意識が管見の限り政府ばかりか国際政治学界や論壇にすら存在しない。





7.法の妥当とタルスキーのT-スキーマ



 しかしダブルスタンダードを批判しただけでは十分ではなく、ダブルスタンダードが生ずるような世界の構造が問題なのである。そしてそれを理解するには中露などの「悪の」権威主義体制と日本と欧米の「善の」リベラル・デモクラシーの対立という概念枠組み自体を見直さなくてはならない。



 権威主義体制もリベラル・デモクラシーもニヒリズムという「死に至る病」の二つの現象形態でしかなく、トランプは二世紀にわたって続くニヒリズムの進化/深化の触媒なのである。



 国際法などというヨーロッパ帝国主義列強の覇権を隠蔽し糊塗する虚飾の偽善、欺瞞のイデオロギーを金科玉条の如くに振りかざすリベラルたちに比べれば、国際法など認めず「私は国際法など必要としない。私自身の道義(morality)、心(mind)だけが私を止めることができる」と言い放ち、31の国連下部機関を含む計66の国際機関からの脱退を宣言したトランプの方がまだ首尾一貫してインテグリティがあって信用できるというものである[13]



 国法であれ、国際法であれ、人間が作った法、人定法は「客観的」妥当根拠を持たない。つまり左辺がメタ言語における真理述語を含む文、右辺が対象言語の文そのものを表す文であり「『A』は真である ⇔ A」という同値を一般化したタルスキー(ロシア出身の数理論理学者カリフォルニア大学教授1983年没)のT-schemaの叙述文の形に書き表すことができる命題の真理条件(例えば「雪は白い」が真であるのは、実際に雪が白い場合に限られる)が当てはまらない。タルスキーの T-スキーマは事実を記述する叙述文や命題の真偽を一義的に決める基準として有効である。しかしすべての文がこのように事実と対応して真偽が決まるわけではない。可能性や必然性を扱う様相文は単一の事実ではなく複数の可能性の構造に依存するため別の意味論が必要になる。また「世界がどうであるか」ではなく「どうあるべきか」を示す義務や禁止を述べる規範文の値は真偽ではなく価値である。タルスキーの真理論は事実に対応する文とそうでない文を区別するために有効である。



 法には真偽はなく、法規範の妥当性の基準は価値であり、価値に客観性はない。近代西洋法の場合、法規範の間には憲法を最上位とする階層が存在するため、個々の規範の妥当性(合法性)は階層性を考慮の上で静態法学と動態法学の両面から導かれる。しかし論理体系における公理にあたる憲法律の中の最上位の根本規範の妥当性(合法性)は法内部では決定できず、道徳、宗教、経済、社会、政治、芸術などの主観的価値基準に照らして主観的に判断されるのみである。






[11] 日本の立場の変化については拙稿、中田考“台湾有事が起きてもアメリカは助けてくれない…イスラム法学者の世界的権威・中田考「高市首相はトランプに戦略的に利用される」”2025年11月20日付『Minkabuマガジン』[3.高市外交のアメリカ重視][4.MAGAトランプの「G2」的世界観と日本]参照。



[12] 国連設立後も冷戦期にはアメリカは単独で中南アメリカに侵攻してきた。①グアテマラの左翼アルベンス政権打倒支援(1954年)、②キューバ・ピッグス湾攻撃支援(失敗)(1961年)、③ドミニカ共和国への派兵(1965年)、④ニカラグアのサンディニスタ政権に対する反政府軍「コントラ」の軍事活動支援(1980年代)、⑤グレナダ侵攻(1983年)、⑥パナマ派兵(1989年)。



[13] Cf., 2026年1月9日付ツイート@BRICSinfo: President Trump says "I don't need international law." "My own morality. My own mind. It's the only thing that can stop me".トランプは1月7日31の国連下部機関を含む計66の国際機関から米国が脱退する覚書に署名した。「トランプ氏、66の国際機関から脱退指示 国連気候変動枠組み条約など」2026年1月8日付『日経新聞』参照。





8.ニヒリズムと力への意志



 少し脱線し、冒頭に述べたニヒリズムに話を戻す。



 遺稿『力への意志』の「本書の構成(Zum Plan」の中でニヒリズムについてニーチェは述べている。



  • 道徳に対する懐疑心が決定的な要因である。道徳的世界観の崩壊は 、 来世への逃避を試みた後、もはや正当化される余地はなく、ニヒリズムに陥る。「すべては無意味である」後略 
  • 現在の自然科学(そして死後の世界への逃避の試み)のニヒリスティックな帰結。その実践は 最終的に自己破壊、自己への反抗、反科学的な姿勢へとつながる。コペルニクス以来人類は(宇宙の)中心から反対側へと転落した。
  • あらゆる「原則」が無視される政治的・経済的思考様式のニヒリズム的帰結 「演技に特に見られるのは、凡庸さ、惨めさ、不誠実さといった気配、ナショナリズム、無政府主義、そして懲罰(Strafe)だ。 救済する階層(Stand)と人間、つまり正当化する存在が欠けている」[14]
  •  ニーチェによると、ニヒリズムとは人類の実存の(Dasein)の有限性の認識の帰結として、世界や生の意味の「価値づけ」の前提であった最高価値に根拠への信憑が自壊する過程であり、ニヒリズムを徹底することで「なぜ生きるのか」「何のためにか」という問いに答えがないことが露呈し、生の不条理が洞察される。ニヒリズムとは人類史における真理への誠実性(Wahrhaftigkeit)の帰結としての道徳批判であると同時に道徳への確信(Glauben)の産物である。[15]



     純粋に道徳的な価値体系 はすべてニヒリズムに陥る。人々は宗教的背景がなくても道徳主義で間に合うと信じているが、それも必然的にニヒリズムにつながる。



     ニーチェはニヒリズムを能動的ニヒリズムと受動的ニヒリズムに二分する。重要なのは能動的ニヒリズムで、精神の力が高まった結果として現れ、既存の価値を否定し乗り越えようとする積極的な態度であり、新たな価値創造への前段階となる[16]





    アメリカのベネズエラ侵攻と国際法・国際秩序を無視する「MAGAトランプ2.0」の行動原理【中田考】
    フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ



    9.力への意志の化身としてのMAGAトランプ



     ニヒリズムの一形態である《「原則」の無視》とは、フィッツロイが言う「integrityの消滅」「モラルゼロ」「社会の根幹が失われること」であり、まさに国際法、国際秩序を無視する「MAGAトランプ2.0」の行動そのものである。ニーチェは力への意志について述べる。



     力への意志は抵抗においてのみ顕現する。したがって、権力は自身に抵抗するものを求める。これは仮足を伸ばして手探りで動き回る原形質の本来の傾向である。占有と統合は、何よりもまず支配への意志であり、形成、変形-変容であり、最終的には支配されたものが侵略者(Angreifer)の勢力圏(Machtbereich)に完全に入り込み、それを増大させるまで続く[17]



     ベネズエラの首都にデルタフォースを派兵しマドゥロ大統領を拉致し連行した後に、メキシコ、コロンビアにも軍事介入を示唆し、グリーンランドの併合を口にし、キューバの政権を倒し国務長官のマルコ・ルビオをキューバの大統領に据えることも辞さない力への意志の権化のようなトランプこそまさに、見掛け倒しで凡庸なナショナリズム(MAGA)によってあらゆる既存の価値の原則を乗り越え新たな価値創造の先駆けとなる能動的ニヒリストと言うことができよう[18]



     ヨーロッパ最初の完全なニヒリストを自認するニーチェが言う狭義のニヒリズムは真理への誠実性(Wahrhaftigkeit)の帰結として「なぜ生きるのか」「何のためにか」という問いに答えがなく、世界も人間の生も不条理であることを直視した時に生まれる。



     広義のニヒリズムはプラトン(ソクラテス)から始まるが、現在のリベラリズムはキリスト教道徳が世俗化したものと考える方がよい。ニーチェはキリスト教をルサンチマンの宗教、その道徳を奴隷道徳と呼ぶ。



     奴隷民は現実の政治体制としての支配関係を逆転できる力は持っていない。しかし彼らは圧制者に対し歴史上他に類を見ないほどの智略に富んだ復讐を果たしたのである。それこそが「道徳における奴隷一揆」である。僧侶的種族は圧制者に報復するために彼らの敵である高貴な種族の<強さ=よさ>の公式を転覆し、逆に<強さ=悪(böse)>にしてしまった。高貴な種族にとっての「よさ」である「強さ」は、僧侶的種族にとっては恐るべき、憎むべき「悪」である。反対に「弱さ」を「善」とし、善悪の基準を逆転させた。以上のように、奴隷道徳の源は、虐げられた弱者のルサンチマンであるということを、ニーチェは語源学に心理学的考察を加え明らかにした。(飯田「『道徳の系譜』」99頁)   



     強者の自己肯定であった善を憎むべき悪に、弱さを善に逆転させたキリスト教の道徳を、ニーチェはルサンチマンの道徳と呼んだ。そしてその世俗化した現代バージョンが、トランプが廃止したDEI(Diversity:多様性、Equity:公平性、Inclusion:包括性)をスローガンとするリベラルの「被害者意識の文化(Culture of Victimhood)」である。言葉による侮辱も「被害」とみなし「自分が被害を受けた」と喧伝してすぐに他人に助けを求め訴訟を起こしたりすることが被害者意識の文化の特徴である。これはマイノリティや左派の戦略であったが、昨今ではマジョリティや右派も自分たちこそが被害者であるというポジションを取るようになった(Oppression Olympics:抑圧オリンピック)[19]



     これがニーチェが予言したニヒリズムの二世紀(20/21世紀)前半が終わり21世紀の四半世紀が過ぎた現在の時代状況なのである。






    [14] 本書はインターネットProjekt Gutenberg上の1922年版Friedrich Nietzsche著『力への意志(Der Wille zur Macht)』(https://www.projekt-gutenberg.org/nietzsch/willmac1/titlepage.html)を参照した。参照個所は第1部「ヨーロッパのニヒリズム」の序説「本書の構成」の3、5、6節である。



     無前提な学問などなく、科学にも「真理以上に必要なものは何一つない」との真理への無条件の意志を前提とする。「真理への意志」の根底には「自分自身を欺かない」という道徳的価値観「誠実性」がある。しかし生とはそもそも「錯誤・欺瞞・偽装・幻惑・自己欺瞞」であるため、科学を推進する「真理への意志」は「今生と別な」真の世界を目指すことになり現世の否定に行き着くことになる。飯田明日美「『道徳の系譜』における「力への意志」の位置づけ」『東洋学園大学紀要』32巻(2024年3月31日)104頁参照。



    [15] 『力への意志』第1部「ヨーロッパのニヒリズム」の第1章「ニヒリズム」2、3、19節参照。



    [16] 受動的ニヒリズムは、精神の力が衰退することによって現れるニヒリズムであり価値の喪失に耐えられず虚無に沈み込み生そのものから退却しようとする態度である。同上、22節。



     人間は何も欲しないよりはいっそむしろ虚無を欲する。虚無への意志も何らかの意志であり、意志はかろうじて何らかを意志しており、それにより意志そのものは救われる。生がある以上、意志は止まない。飯田「『道徳の系譜』における「力への意志」の位置づけ」101~104頁。



    [17] 『力への意志』「第2部:これまで最高とされてきた価値への根本的批判」「第2章:自然における力への意志」「第2節:生命としての力への意志」「(a)有機的過程」656項。



    [18] Cf., “William JacksonTrump floats action against Colombia, Cuba, Mexico, Iran and Greenland”,San, Jan 06, 2026/1/6、「トランプ氏、米国務長官のキューバ大統領就任」2026年1月12日付『日本経済新聞』。



    [19] ベンジャミン・クリッツァ―(BenjaminKritzer) “「被害者意識の文化」と「マイクロアグレッション」”2022年7月21日「動物と人間のあいだ」『shobunsha スクラップブック』。





    10.イラン動乱



     と、トランプのベネズエラ侵攻についての分析を書いている間に、2025年末に始まったイランでの暴動が激化し、トランプも1月11日に「イランはデモの弾圧で死者を出しアメリカのレッドラインを越えようとしている」と軍事介入をほのめかすに至った。



     イラン地域研究者の間では、アメリカとイスラエルによる軍事介入がない限り、イラン・イスラーム共和国の体制転覆の可能性は低い、と言われている[20]。しかしアメリカとイスラエルが介入すれば泥沼の内戦となり一千万人に及ぶ難民がトルコを通じて世界に拡散し予測不能の事態に発展しかねない。ここ数日の推移には予断を許さないが、それについては稿を改めて来月論じることにしたい。






    [20] 中東情勢ウォッチ/中東戦略研究所「イランで大規模な抗議デモが発生」2026年1月12日付『note 中東情勢ウォッチ/中東戦略研究所』参照。



    文:中田考



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