早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビューし、人気を博すも大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、初著書『私をほどく~ AV女優「渡辺まお」回顧録~』を上梓した。
【本はあまり貸したくない】
1冊本を貸した。そうしたら、貸していた本が新品になって返ってくるとの連絡があった。特に理由は聞かない。ついさっきまでこまめに本の感想を送ってきて、熱を上げていた人間が壊したり失くしたりするのは考えられないし、ましてや毎回読んでいる間に傷つかないよう帯やカバーをわざわざ外す人間だから、何か考えがあってのことだろうと予想していた。
「明日Amazonで届くから」とだけメッセージが来ていた。そうか、先日荷物を届けたときの住所を丁寧に控えていたのか。以前感じなかったマメさに驚く。
当日少しだけ地面から浮いたような気持ちで、エレベーターを使用して郵便ポストを覗いていた。昼1回、夕方に1回、まだ届かない。ようやく夜に覗きに行ったら待ち望んでいたものが入っていた。
手に入らないもの以外は全て新品で買うのが私のルール。
まっさらの状態から、少しずつ私から滲み出る色で染めていきたい。面白いと食い入るように読んだ記憶も、読んだ瞬間に味わったどうしようもない苦しさや切迫感も小さな紙の集合体に封じ込めておきたい。ある意味、私のどうしようもない感情を溜め込む箱として捉えているのかもしれない。
だからこそ、あまり本を貸さない。もちろん本を必ず返す、かつ物理的に大事にしてくれそうな人を意識的に選んで渡すことはあるけれど、心のどこかで私の記憶媒体が長い間身体から離れる怖さを拭いきれていない。
【読み返すのも悪くない】
届いた本を最初から最後まで読んだが、あのときに味わったどうしようもない焦燥感はどこか遠くにいってしまった。代わりに、もう少しだけ理性的に文を読み進める私が隣にいた。隣にいる私は、過去の私が感じたものを紐解いていき、「このときこうだったんじゃない?」とか「今はない感情だよね、どこにいった?」と新たな視点を投げかけてくる。
もう少し言うと、新しいものだからこそ、こんなにも塗り替えられるんだと気がついてしまった。恐らく私の手持ちのものを読み返しただけでは、同じ体験はできない。悪くないでしょ、と声が小さく響いた。
数時間前に届いていたメッセージを開いて、頭に思いついたままの内容を書き出す。綴った内容は七割くらいは文句。残りは私の中で生まれた新しい感情だった。
送信ボタンを押した後で、少し強く言いすぎたかと頭を抱えていると、「そういうと思ったから、わざと返さなかったよ」と送られてきた。語尾につけられたハートマークから相手の茶化しが込められていて、先ほどまでの鬱屈した気持ちが吹き飛ばされた。きっと貸した本に閉じ込められている、泣きじゃくった私のことを大事に飼い慣らしてくれるはず。
たまには悪くない。
文:神野藍
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