吉永小百合さん主演の映画『いのちの停車場』やドラマ化された『ディア・ペイシェント』など医療をテーマにした小説を数多く手がけている作家の南杏子さん(64)。最新刊『老坂クリニック』シリーズが人気だ。

そんな南さんは実は高齢者医療の現場で働く現役医師でもある。現在は、都内の高齢者病院などに週5日、内科医として勤務。日々高齢者や週末期を迎えた患者やその家族と向き合っている。



 そんな南さんに、両親や祖父母が介護を必要とする世代が増えている今だからこそ「家族は患者とどう接したらいいのか」「家族が介護に辛くなった時の対処法」などを含め、高齢者医療や介護施設(ホーム)について忌憚なく語っていただいた。南杏子さんインタビュー連載全3回の最終回「在宅介護での『介護疲れ』を解放させる制度を知っていますか?」とは。



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■在宅での介護をより楽しく過ごすための方法



 「第三の医療」と言われる在宅医療のメリット、デメリット、そして介護施設や老人ホームのことを伺ってきたが、在宅での介護をより楽しく過ごすための方法にどんなものがあるのだろう。





「介護保険をしっかり利用することです。デイサービスは、体が不自由になったり、認知症が進んだりすると介護サービスを原則1割の自己負担割合で受けられます。まず、お住まいの区市町村の役所に要介護申請をすると、調査の末に要介護度が判定されます。続いてケアマネジャーを決め、どんなサービスが利用できるかなどを相談し、状態に応じたケアプランを作成してもらいます。介護サービスには、日中を施設に通う形で過ごせるデイサービスをはじめ、ショートステイというのもあって、2泊3日とか、1週間預かってくれたりもします。デイサービスは、毎朝9時ぐらいにお迎えのバスが来て夕方まで預かって、また自宅に送り届けてくれます。

本人は、日中は楽しくおしゃべりしたり、体操したり、お風呂に入ったり、昼食を食べさせてもらったりして過ごします。こうしたサービスは、うまく利用すれば家族の介護負担を軽減できるだけでなく、利用者の生活の活性化にもなります。ただ、高齢者の中には、施設の送迎車が来ると、近所の人にあんなところに通っているのかと思われるので恥ずかしいからデイサービスには行かないという人も結構います。年寄り扱いされたくないとおっしゃる方も。『杖なんか持っていたら、老人ぽくてイヤだ』って口にされたう80歳の方もいらっしゃいましたから(笑)、人の気持ちってそういうものなんでしょうね。だけど、共倒れにならないためにも要介護申請をするのが第一歩です。お友達に介護で大変そうな人がいたら『まずは申請をしてみて』と教えてあげてほしいです」





 高齢者には「大切に扱われている」という感覚が必要で、死に直面した場合でも、家族がどうしたいかではなく、本人がどうしたいかを問いかけるのが大事なのだという。





「例えば、胃ろうを作る、高カロリー点滴で延命的な処置をする、人工呼吸器をつけて生きるなど、終末期の医療にはいろいろな種類があります。医師から『どうしますか?』と聞かれた時に、家族の間で意見が分かれたりもします。『意識がなくてもいいから命だけは繋いでほしいので、あらゆる処置をしてもらいたい』という自分の思いを前面に押し出す息子もいれば、傍でずっと介護をしていた娘が『お母さんはそういうのは嫌だと言っていたよ』と言ったりもします。だけど、声の大きい人が勝つというか、命を延ばすと主張する人の意見が通ることが多いんです。それが、たとえどんな形であっても。

『お前はおふくろを殺す気か。早死にさせたいのか』と声高に言われると、他の家族は黙るしかないですから。本来は、そうした場面を迎える前に、親の考え方をきちんと聞いておくべきです。それも何回かの機会を作ること。一度では、なかなかスムーズには本当の思いを聞き出せないものです」





 30代、40代の孫世代にとって当事者意識は乏しいかもしれないが、親が祖父母の介護で苦労する姿を見て、その状況を知っておくことが大事なのだ。介護で疲弊した親には、「介護申請をしてみたら?」といったアドバイスをぜひ若い世代からしてもらいたいという。親も子どもから言われたことは素直に受け入れやすいからだ。





「介護は体力的にも精神的にも負担が大きく、しかも終わりが見えません。だからこそ、60代、70代の人たちには、ご自身の貴重な時間を介護だけに費やさなくていい選択肢があると知ってほしい。だって、30代、40代の時に懸命に働いて、ようやく50代、60代で仕事が一段落したり子どもたちが独立したりして、やっと老後を楽しもうかなと思っている時に介護が来るわけですからね。」





在宅介護での「介護疲れ」から、あなたを解放させくれる制度があるのを知っていますか?【南杏子③】
南杏子さん(撮影:Haru)





◾️平均寿命のマイナス10歳ぐらいが健康寿命



 昨今、「健康寿命」と「貢献寿命」ということが取りざたされているが、詳しくお聞かせ願いたい。





「平均寿命のマイナス10歳ぐらいが健康寿命です。健康寿命は、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間を言います。

一方、貢献寿命というのは、東京大学の秋山弘子名誉教授らが提唱した新しい考えで、社会とつながり、役割を持ち、誰かの役に立ち、感謝されるといった関わりを持ち続けられる期間のこと。幸福感を持って生きる期間であるとも言えます。人間にとって何が幸福かというと、やはり人とつながりがあるということに尽きると思います。それはまた、寿命そのものにも影響するとアメリカの研究者が言っています。病室にお花を活けて『きれいね』と喜ばれたり、何かをプレゼントしてお礼を言われたり、将棋をして『楽しかった』と感謝されたり。そういうことが、心身にプラスの影響を与えているというんですね。健康寿命が自分のために生きる期間であるのに対し、貢献寿命は誰かのために生きる期間だといった言い方もできます。例えば、ボランティアをするとか、納税や寄付をするとか、家族の精神的な支えになるとか、何かに貢献して自分が役に立っているという感覚が命を延ばすことにつながるというのはおもしろいですね。だから、在宅介護も、例えば介護する人が相手のために役に立っていると感じ、幸福感があるなら介護する方もされる方もお互いウィンウィンの関係です。それがもうムリ、となったら施設にお願いする時期だと思います」





◾️危機感がなくなることが老化現象なのだ



 南さんの最新作『老坂クリニック』シリーズは、高齢者を専門にする診療所が舞台で、そこに訪れる患者たちが抱える悩み事が、患者と医師の視点で描かれている。同書には、昨今頻発する高齢ドライバーによる問題をもとに書かれた、運転免許返納の物語も収録されている。身につまされる読者も多いだろう。





「厳しいことを言うようですが、『自分だけは大丈夫』と運転に自信を持っている人に、『危機感がなくなることが老化現象なのだ』と知ってほしい。老化が進めば筋力や認知機能が低下し、最期は自分でトイレにも行けなくなってしまう方が多い。それは避けられない現実です。しかし悲しい気持ちで最期を迎えるのではなく、きちんとケアしてもらえれば、人は幸せな気持ちを抱いたまま生きていけます。そんなふうに誰もが幸福長寿を目指せる社会になればいいなと思います」





在宅介護での「介護疲れ」から、あなたを解放させくれる制度があるのを知っていますか?【南杏子③】
南杏子さんの人気著作『老坂クリニック』シリーズ。『老坂クリニック  坂の途中に椅子ひとつ 』『老坂クリニック  坂の上に見える窓』(講談社文庫) 絶賛発売中。



 ところで、幸せに生きるためには高齢になって免疫力が下がるような事態は避けたいものだ。では、免疫力を上げるためにはどうしたらいいのだろうか。





「『バランスのいい食事』『適度な運動』『質の高い睡眠』そして、『ストレスを避け、ハッピーに暮らす』でしょう。特に最後の目標を達成するためには、そういうふうに脳に思わせることです。朝起きて目が覚めるだけで、ああ、幸せ。おいしいものを食べたら、ああ、幸せ。子供たちに会ったら、ああ、幸せ。私、生きているだけで幸せだわって、全部幸せということにしてしまうんです」





在宅介護での「介護疲れ」から、あなたを解放させくれる制度があるのを知っていますか?【南杏子③】
撮影:Haru



 老化は誰にでも起こること。

そうなった時に支える仕組みを作るのも、私たち一人ひとりの責任でもある。





「高齢になるって、誰にとっても初めての経験ですから戸惑うこともあると思います。実際、家族の方からの相談事は実に様々で、学ぶことも非常に多く、私の心の中だけにとどめておくのはもったいないと感じさせられました。だったら小説という形でそのエッセンスをつまびらかにして、同じように苦しんでいる方に知ってもらおう、生きるための道標として生かしてもらおう――と考えています。そして、私にとって小説を書くということは自分の医療や対応が正しかったのか、どうすればもっと患者さんのためになったのかを検証する時間にもなっています。これからも現場での様々な声を救い上げて作品に反映していきたいと思っています」



<了>





在宅介護での「介護疲れ」から、あなたを解放させくれる制度があるのを知っていますか?【南杏子③】
写真:本人提供











南 杏子(みなみ・きょうこ)



内科医、小説家。1961年、徳島県生まれ。日本女子大学卒業。出版社勤務を経て、東海大学医学部に学士編入。卒業後、慶應義塾大学病院老年内科などで勤務したのち、スイスへ転居。スイス医療福祉互助会顧問医などを務める。帰国後、都内の高齢者病院に内科医として勤務。

『サイレント・ブレス』がデビュー作。その他の著書に、映画化された『いのちの停車場』、NHKで連続ドラマ化された『ディア・ペイシェント 絆のカルテ』、『希望のステージ』、『ブラックウェルに憧れて 四人の女性医師』、『ヴァイタル・サイン』、『いのちの十字路』、『いのちの波止場』、『アルツ村 閉ざされた楽園』「老坂クリニック」シリーズなどがある。





取材・構成:大西展子

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