「まさかオレが!? 脳梗塞に!」ある日突然人生が一変した現役出版局長。衝撃の事態に仕事現場も大混乱。

急性期病院からリハビリ病院に移り、過酷なリハビリが待っていた。果たして仕事で現場復帰は叶うのか……「半身不随から社会復帰するまでのリハビリ日記」。



リハビリで復活するまでの様子だけでなく、共に過ごしたセラピストや介護士たちとの交流、社会が抱える医療制度の問題、著者自身の生い立ちや仕事への関わり方まで。 笑いあり涙ありの怒涛のリハビリ生活を公開していく。



苦闘のリハビリが長期にわたったように、連載も中断しておりましたが、ようやく再開!



第16回は「遂に2本の足だけで歩けるようになった!歩幅は小さくても大きく歩む独歩」。50代働き盛りのオッサン必読。



【脳梗塞】遂に2本の足だけで歩けるようになった! 歩幅は小...の画像はこちら >>





第16回遂に2本の足だけで歩けるようになった! 歩幅は小さくても大きく歩む独歩



◆麻痺した身体は不思議な動きをする



■10月19日日曜日

タイムトライアル。



2分45秒。





ラウンジの窓が開いており、早朝から金木犀の薫りで癒される



心地好くなる薫りに包まれると気持ちが和んで身体から力みが抜けた。



このまま日曜日の休息日を過ごしたいものだ。





天気予報では下り坂も、今のところ秋空が広がり10月らしい好天。



公道を歩いたら気分も晴れると思うも、スケジュールは午前中最初が手のリハビリとなっている。



いつもは変更がないことを願っているけど、今日ほど変更を望んだ日はない。



リハビリはカリキュラムのようなものがないので、その日何をするかはセラピストさんと相談してとなる。



足の回復が進んでいれば歩きなら歩行の練習。



手なら物を掴んで運んだり、小さな物を摘まんで動かしたりなど。



それぞれの患者さんに合わせてセラピストさんが寄り添いながらリハビリとなる。



セラピストさんは患者さんの状態と回復具合によって、その時々で臨機応変にリハビリの内容を考えるのだ。



本当に大変な仕事だと思う。





麻痺した身体は不思議な動きをする。



歩くため足を動かすと、なぜか右腕が肘から曲がって持ち上がるのだ。



これを共同運動[注]というらしい。





[注]共同運動



一つの関節を動かすと、他の関節も一緒に動いてしまう状態。麻痺が進行すると現れることがある。



足を動かすだけでなく、身体が力んだりしても右腕の肘が曲がってしまう。



この動きを治すのが分離運動[注]というリハビリだ。





[注]分離運動



麻痺における分離運動は、片麻痺などで一つの関節や指だけを独立して動かす、リハビリテーションの目標となる運動。これは、共同運動(複数の関節が連動して動いてしまう状態)の反対であり、より精密でコントロールされた動きを目指します。分離運動の練習では、指一本ずつを動かすなど、特定の部位を意識的に動かす訓練を行う。



私は歩くと右腕が胸まで上がるから、腕を意識的に下げるようにしている。



しかし歩く方に意識が向くと右腕は上がってしまう。



身体の力を抜いてゆっくりと歩くと、意識しないでも右腕はぶらんとなっているから、セラピストさんから分離が出来てきたと褒められた。



代償と同じで自分では意識してない動きを身体が勝手にするから困ったもの。



脳からの指令が正しく伝わらないのも脳が壊れたから。



分離も代償もリハビリで治していくことで、脳の可塑性で神経が正しく伝えてくれるようになる。



誰でもアクビをしたら身体のどこかが動いた経験があるだろう。



これの酷い状態が身体が麻痺した人の特徴。



麻痺した右腕も右足も、元気な左腕左足が動くと一緒に動くから転倒の危険もある。



動かすための筋トレと同様に重要な分離運動はリハビリの必須科目だ。





最初は腕のリハビリでストレッチと筋トレ。



次の足のリハビリはストレッチからスタート。



理学療法士O橋さんと「紙の本が売れない、読まれない」と嘆きあいながら筋肉を伸ばす。



O橋さんは共著で本を出されており、その本を見せてもらいながら出版について話す。



私が長年従事している本を書いている立場の方。



この10年は加速度的に紙の本から、デジタルコンテンツへと形態が変化している。



出版社も電子化を積極的に進め、昔ながら(?)の紙の本から軸足を移しているのが現在の出版界。



いまは誰でもセルフパブリッシングが出来る時代。



紙の本という形を選ばなくても文章も絵も、それこそ映像も世に送り出せる。



私は紙の本に価値を置く世代だからか、デジタル端末で読む・観る・聴くは得意ではない。



けれど右手が不自由になり頁を捲り読むことが難儀で、タブレットで読むほうが楽である。



この日記もwebサイトに掲載してもらうことを念頭に、センテンスや改行を意識して書いている。



それは最低限のデジタル作法で、やはり中身が重要だ。



どれだけの人にリハビリと、それを取り巻く人たちに興味を持ってもらえるのか?



転ばぬ先の杖のように、知識としてリハビリテーション病院やリハビリの事を知って欲しい。





◆半身麻痺の身体障害者にとって「転倒」は命に関わるほど危険



話を戻す。



O橋さんが執筆されたのは「転倒」について。



病院でも最重要安全対策が「転倒」である。



「転倒」は健康な人でも捻挫や骨折になることもある。



半身麻痺の身体障害者にとっては大変危険なことなのである。



バランスを崩して倒れるのが麻痺側だと、最悪頭を地面に打ち付けて命に関わることも。



健康な頃は、私は受身が身についているから、凍った地面で後ろにコケた時も身体を丸めて後頭部を守れた。



いまこの身体だと上手く受身が出来るか自信がない。



後ろでなく前方へ転んで右側から倒れたら、咄嗟に右腕が出ることはないから、角度によっては骨折となる。



退院後1年以内で「転倒」する確率は非常に高いとO橋さんから聞いた。



歩く速度が早くなり、バランスも上手くなっても、決して油断してはならない。



肝に銘じておこう。





休息日らしいまったりしたリハビリで1日を終える。



土日の競馬は2つのレースで単勝が当たるも、秋華賞に注ぎ込んで丸坊主(残金0)。



またしても競馬の軍資金が減った。





明日から2階を独歩[注]になるための最終局面。





[注]独歩



リハビリにおける「独歩(どっぽ)」とは、介助や他の人に頼らず、自力で歩ける状態のことを指します。杖や歩行器を使用している場合でも、それらによって自力歩行が可能であれば独歩と見なされることもありますが、厳密には「杖歩行」や「歩行器独歩」と区別されることもあります。



独歩は杖無しで歩いて退院を目標としている私の最低限の目安だ。



残りの入院期間を独歩で歩きまわることで、少しでも足の機能が元に戻れる可能性が増えるのだ。



杖を使って歩き始めた9月18日から約1ヶ月。



残り4週間は独歩での安定性と速度を早めるために全力で歩きまわる。





◆下から世界を見上げることが、いかに辛いことか



■10月20日月曜日

タイムトライアル。



2分39秒。





9月18日から杖を使って歩けるようなった。



車椅子から一気に視界が広がった。



1ヶ月経ったいまでも、疲れたりしたときや、安全を考えて車椅子に乗ることを勧めてくる人がいる。



車椅子生活と無縁の健常者には理解が出来ないのだろう。



下から世界を見上げることが、いかに辛いことか。



立ち上がって同じ目線で他人と話せる。



この当たり前が当たり前じゃないことが、どれだけストレスになるか。



いま私は立って他人と話せるようになった。



この先も車椅子とは無縁の生活を送っていく。



どんなに身体が疲れようが、車椅子に頼ることはない。



これは私の矜持だ。





昨夜は退院したあとのことを考えて眠れなくなってしまった。



リハビリテーション病院という安全な世界を一歩出たら、どんなことが待ち受けているのか?



気持ちはすぐにでも会社へ行きたい。



けれど独りで公共交通機関を使って行けるのか、いまの身体の状態からは自信は無い。



近所のスーパーへ買い物に行きたい。



けれど物が持てない身体で買い物が出来るとは思わない。



本屋さんに行きたい。



歩いて行ける範囲に本屋さんは無い。



バスと電車を乗り継いでたどり着けたとしても、頁を捲れない右手では読む気も失せる。



あれこれ想定しながら解決策を思案するも、あれもダメ、これもダメ、全部ダメとなる。



考えても実際はどうなのか?



答えの出ない問い掛けに眠る時間を消費してしまった。





退院までの残り時間と、退院してからのことを考えることで、心の余裕が以前ほどなくなっているかもしれない。



右手の回復の進み具合に、これ以上良くならないんだったらそれを前提で生きるか・・・なんて諦めの気持ちも頭をもたげている。



病気に対する落ち込み期はなかったが、焦燥感はじわりじわり出てきている。



自分の身体のことなのに、自分ではどうにもならない。



こんな状態はいつまで続くんだろう。





車椅子の時のリハビリ日記と、杖で歩行になってからのリハビリ日記は雰囲気が変わった。



車椅子の頃はリハビリを楽しんでいた。



今は目標へ向けて必死になっている。



この違いは普段の私の雰囲気にも影響しているようだ。



前は陽気な脳梗塞患者として終始ニコニコ。



今はただの脳梗塞患者で、たまに眉間にシワがよる。



健康な頃の素が表に出てきている。



最初のリハビリでセラピストさんから言われた。



他のセラピストさんが、険のある喋り方をしている私を見たそうだ。



身に覚えはないけど、受け取り方は人によって様々。



もしかしたら不機嫌に話していたのかも。



自分では普通に話しているつもりでも、周りは棘のある話し方と受け取ったなら、気をつけていくしかない。



退院までの進捗。



退院後の暮らし方。



そこへ入院中の対人関係が出てきて、精神的に負荷が増えるばかりだ。





午後2時を回って独歩の自立チェックが始まった。



看護師さん、介護士さん、セラピストさん、それぞれから合格を貰わなくてはならない。



チェック項目は2階病棟を一周(150m)と、食堂で自席への着席。



物を持っての移動と落とした杖を拾い上げる。



これを3回繰り返すのは体力的に厳しい。



そこで裏技ではないけど、一遍に3人に見て貰いながら歩いた。



自分の病室からスタート。



まずは食堂までラウンジを経由して行く。



食堂では自分の椅子を出して着席。



そこから席を立って給水機まで行く。



もちろん席はちゃんとしまってから。



給水機で紙コップに水を注ぎ、左手に持って病室へ戻る。



病室で杖を床に置かれて、それを屈んで拾い上げる。



途中よろけることなく無事に終了。



よろけたら、その時点で失格。



明日の午後2時からは杖を使わずに病棟を歩きまわることが出来るのだ。



残り4週間。



独歩で歩きまわり、安定性抜群の歩きを身に付けてやる。



スピードも速くなってやる。



リハビリ生活での歩くことの機能回復は、総仕上げの段階までこれた。



手ぶらで歩ければ雨の日でも傘をさして出掛けられる。



何か突発的な事が起きても、左手で対処可能となる。



左手が使えるのと使えないのとでは雲泥の差だ。



安全地帯の病院を独歩で歩きまわれる時間は貴重。



杖で自立したばかりは不安定な歩きだったけど、1ヶ月経った今は少しだけど安定してきた。



独歩も最初は不安定な歩きだろうが、毎日朝の自主トレで歩いていけば、いま以上の歩きを体得出来るはず。



それを信じて歩こう。





◆介護保険は65歳未満は特定疾患でないと適用されない



■10月21日火曜日

杖で歩くタイムトライアルは今日まで。



2分38秒。



明日からは独歩でタイムトライアル。





いま朝の6時30分。



日テレZIPで北海道の雪の情報が流れている。



今日は今年一番の冷え込みだそうだ。



ルーティンの自主トレを終え、廊下を5周歩いて、食堂の自席で休んでいる。



食堂には見守られ高齢者たちが何人かお茶をすすっている。



入院以来、人は変われどこの風景は変わらず。



これから8時の朝食まで、介護士さんは順次見守られ高齢者を起こし、着替えさせて食堂へ連れてくるのだから大変だ。



見守られ高齢者でない、若手のO木さんが連れて来られた。



彼は自立出来るまでは見守られだから、高齢者たち同様に起こされ着替えを手伝ってもらい、それから食堂へ来る。



それにしても早い時間だ。



「おはよ。今朝は早いね」



「トイレでナースコールしたら、終わってそのまま連れてこられました」



「介護士さんたちも忙しいから、また連れに来るよりはって思ったんじゃない」



「もう少し寝ていたかったのに」



「早く自立になれたらいいね」



こんな会話をしていたら新聞が到着。



昨日は休刊日だったから、今朝はじっくり読み込んだ。



今日は歴史的な日になるであろう日。



初めての女性の総理大臣が誕生する可能性が高い日だ。



重版した高市さんの本は順調に売れているようだ。



会社にいたら楽しくてしょうがなかったろう。





友人からラインで連絡がきた。



共通の知り合いが私の名前を出して頼み事をしたらしい。



その確認だったけど、私の預かり知らない事で困惑した。



共通の知り合いを仮にSさんとする。



Sさんは7年前に脳出血で倒れ、その後はリハビリで回復して復職もされていた。



地方へも出張へ行くなど健康な身体になったと、みんな思っていた。



だが実際は「高次脳機能障害」だったのである。



見た目は健康な人、でも失読症[注]や社会行動障害[注]だったのだ。





[注]失読症



失読症とは 学習障害のひとつで、会話能力にも問題はなく、眼にも異常がないにもかかわらず、文字の読み書きや文章を読むのに困難を抱える読字障害。脳が言語を処理できないことで症状がおこる。ディスレクシアと英語で呼ばれることもある。



[注]社会行動障害



交通事故や脳出血などで脳を損傷すると、後遺症として、記憶や注意などの認知機能低下のほかに、「感情や欲求がおさえられない」「すぐ怒る」「何もやる 気がない」など、社会生活に大きく影響するような問題行動を生じることがある。 このような脳損傷によって生じる行動障害を「社会的行動障害」と呼ぶ。



私たちは業界の会合でSさんと一緒になることが多く、健康な身体と思いお酒を勧めていた。



脳梗塞になったから分かった。



脳卒中になった人にお酒は再発を誘発する危険な飲み物だ。



知らなければ、なんていうのは知ってしまったら言い訳にならない。



私は退院したらSさんとの共通の知人たちに伝えたい。



Sさんの障害者手帳は身体の機能不全でなく、脳の損傷による後遺症の障害だと。



だからお酒や再発に繋がる食事の内容に配慮しなくてはと。



Sさんへ私の名前を出して頼み事は止めて欲しい旨をライン。



現在入院していることはSさんも知っており、私が身動き取れないことは重々承知だ。



なのに簡単にバレることをするのは「社会行動障害」だからだろう。



普段の生活が心配で飲酒と再発について説明した。



Sさん本人は高血圧が原因で脳出血になったと思っており、お酒は相変わらず飲んでいるようだ。



けれど再発は生活習慣を厳しく改善しなければリスクは減らない。



厳しく改善出来ても再発する人はする。



Sさんが再発するかしないか、実際のところはわからない。



なってしまった時にお酒を勧めた罪悪感は味わいたくないし、知り合いたちにも味わせたくない。



だから周知したいのだ。



私自身が周りに伝えることは伝えたい。



それだけだ。





今日は腕、手、足の順番で、1時間枠のリハビリが3つ。



足のリハビリの時間は身体障害者手帳の申請のための書類を作成。



麻痺の状態や行動の不具合などを、セラピストさんが用紙に記入。



計測して記入する項目は後日改め計測となる。



身体障害者手帳の申請に伴い、介護保険や医療保険について相談員さんにお話を聞く。



介護保険は65歳未満は特定疾患でないと適用されない。



脳梗塞は該当しているが、日常生活(社会生活ではない)を介護されるくらい重症でないと該当しない。



私の場合は認定される可能性は低いようだ。



65歳未満は医療保険となる。



会社勤めは社会保険3割負担で様々な医療サービスを受けられる。



なぜ介護保険や医療保険を気にかけるのか?



退院後のリハビリを受けたいからだ。



入院しているリハビリテーション病院は外来や通所出来る人の認定基準が、低所得又は高齢者の年金受給者となっている。



この病院のレベルと同じリハビリを実施している病院は少ない。



有料のリハビリを行う施設は料金が安くはない。



3割負担でリハビリを受けられる病院の数は相当少ないのだ。



しかし!



ここでも私の運は強かった。



昔から掛かり付けの病院(徒歩15分)が、リハビリを実施していることを相談員さんが教えてくれた。



無料送迎サービスもあるとのこと。



この病院なら医療保険3割負担でリハビリを受けられる。



相談員さんに来月の面談日までに先方へ確認と、詳しい資料を用意する約束を取り付けた。



これで今夜は悩まずに寝ることが出来る。



明日の朝の歩く自主トレは独歩となるから、早く寝て身体を休めよう。



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◆本人も家族も、本当の苦しみは退院してから始まる!?



■10月22日水曜日

独歩タイムトライアル。



4分54秒。





独歩でタイムトライアルは杖を使って歩く倍の時間。



杖でタイムトライアルを始めた頃の時間と大差ない結果に、毎日歩いていれば時間短縮も可能。



しばらくは転ばぬ先の杖で、一応杖も持って歩くけど、基本は手ぶらで歩く。





今日最初のリハビリは9時30分から。



朝食を終えてしばらく時間が空く。



そんな時に限って事務子さんからSOSのラインが。



急な冷え込みに体調を崩してしまい、会社へ連絡したら今日中に対処する案件が発生したとのこと。



急遽、全国の書店さんへ情報を告知することになり、そのシステムを操作する必要が生じた。



システムの操作は事務子さんと私しか把握しておらず、彼女は出社するのが厳しい身体の具合。



どうしたらいいか悩んで私に連絡をしてきた。



リハビリまで時間があったのでライン電話で詳細を確認。



そんなに難しいことではないから、私から会社に連絡して終わらせることにした。



事務子さんは気にして心を傷めている。



そんなこと気にせずゆっくり休養するよう言って、あとは引き継いだ。



会社へは1つ目のリハビリが終わったらリモートを繋ぐ旨を伝え、準備することだけ指示。



リハビリ後、直ぐにリモートでシステムの操作を説明。



案件を引き受けてくれた部下は、部署が違うのに飲み込みが早くて予定より早く解決できた。



緊急の案件だったけど優秀な社員のお陰で事なきを得た。





この1週間は糖分補給で摂取カロリーが増えたからか、今日の体重測定は79キロ。



なんと前回の78.4キロから微増している。



目標の70キロ台前半になれるのか?



16日から脳の栄養補給に果汁100%ジュースを1日1本飲んでいる。



1日1900キロカロリーの食事に約100キロカロリー増えたら、体重が減らなくなるとは!



独歩になったから歩きも遅くなり、杖で歩くよりも消費カロリーは減ってしまったのかも。



入院中の体重測定はあと一回。



期間にして3週間あるから、あとは頑張って運動量を増やしていくしかない。



右足の筋肉量を増やして体重は減らす。



筋トレ、特にスクワットの回数を増やしてカロリー消費と筋力アップを狙うしかない。





脳梗塞が軽度で入院してから1ヶ月ほどで退院されるNさん。



普通に両手を使って食事をされていたし、歩きも片足を引きずることなく歩いていた。



退院の日の早朝、Nさんがラウンジで佇んでいた。



今日で退院だから物思いに耽っていたそうだ。



せっかくだから最後にいろいろお話しをした。



独身の57歳。



配送の管理をする仕事に従事されているそうで、退院したらすぐに復職されるそうだ。



Nさんは糖尿病も患っていて食事制限が厳しい。



本人は退院したらコンビニ弁当で済ませると言うが、再発リスクの高い食事を気にしない性格におののいた。



やはり家族など他の人に協力してもらわないと、生活習慣の改善は難しいのか?



ふと私の家族が思い浮かんだ。



妻は朗らかな性格で細かいことに拘らない。



そんな妻が退院後の食事を考え始めた。



自分に甘い私を厳しく律してくれる、そんな退院後の生活が目に見える。





これまで身寄りの無い患者さんのことは日記で書いてきた。



今度は入院中に知り得た、交流のあった患者さんたちの家族さんのことにも触れておこう。



9月に退院された私より少しお姉さんのN中さん。



ご主人と娘さん、お二人とは挨拶程度の会話しかしていない。



N中さんは脳の障害があり、会話の途中で突然話すのを休まれてしまう。



急に黙り込むことが頻繁で最初は戸惑った。



また記憶障害もあるようで話の前後が入れ替わることもしばしば。



ご主人と娘さんはこれからの人生、N中さんの介護または支援に割かれる時間が確実に増える。



それでも家族だから共に暮らして行くのだろう。





87歳のK本さん。



娘さんは気さくな方で、私とも何度かお話しをしてくださった。



ほぼ毎日のように面会に来られており、時に励まし、時に厳しくK本さんを叱咤激励していた。



お住まいは別々だそうだけど、近所だからとしょっちゅう行き来しているとのこと。



K本さんは期限一杯入院されていたけど目標の杖で歩くことまでは出来なかった。



ご主人が多少蓄えもあるからと、リハビリ付きの介護施設でもうしばらく過ごされることに。



ご主人も娘さんもK本さんを優しく支えられていた。





私と同い年で同じ中卒(脳卒中の隠語)のSさん。



奥様を亡くされており身の回りのことをご自身でされていて大変。



娘さんは社会人で仕事が忙しく、Sさんも気兼ねしている様子。



身寄りは妹さんが一人。



折り合いが悪いらしく面談でも揉めているようだ。



脳を休めなくてはならないのにストレスが多くて辛そう。



家族がいても安心して療養できないのは悲惨だ。



ストレスの原因になる家族ならいないほうがマシだろう。





N村さんは奥様と息子さんの三人暮らし。



ラウンジで面会されているところを何度か見かけた。



本人が一番辛い病気なのに息子さんたちを気遣い、昭和の大黒柱そのもの。



息子さんの外国への出張にもあれこれ心配されており、子どもは幾つになっても子どもなんだなぁ。



歩く練習も懸命でひたむきなN村さん。



1月に退院したら、家族団欒を楽しんで欲しい。





右脳の脳出血でリハビリをしているY本さん。



ご主人と二人の娘さんは頻繁に面会に来ている。



私が入院した時には既におられた。



その時から食堂で見守られる患者さんの一人だった。



その頃は目の焦点も合わず、車椅子に座って右側をぼーっと見ていた。



左側の空間を認識できない 半側空間無視[注] だそうだ。





[注]半側空間無視



「左側が認識できない」症状は、半側空間無視という高次脳機能障害で、脳梗塞などの後遺症で右脳を損傷した場合に起こる。視力に問題がないのに、左側の空間にある物や人に気づかなくなり、左側の物にぶつかったり、食事で左側を残したり、麻痺している左手を使わなくなったりといった行動が見られる。これは脳の「認識」と「注意」の問題であり、本人には自覚がないことが多い。



最近は目の焦点も合ってるし、杖も使わず歩いている。



正確な入院期限は知らないけど、この状態で退院となれば家族の負担は相当なものだろう。



面会は30分までと決まっている。



短い時間では1日の生活がどうなってるのかを家族は分からない。



朝、介護士さんに起こされ見守られ席に座らせてもらう。



リハビリ以外で席を離れるのはトイレの時だけ。



早朝から夜寝るまで常に誰かが見守っている。



その現状を知らなければ、介護の大変さも、それをするための決意をすることも難しい。



リハビリテーション病院に居る時間の苦しみより、退院してから始まる苦しみは残りの人生全部だ。



本人も家族も、本当の苦しみはこれから始まる。





様々な患者さんとその家族。



私は半身麻痺で寝たきりや車椅子での移動しか出来ないとなったら、家族への負担が申し訳ない。



その気持ちがモチベーションとなって歩けるまで回復できた。



しかし、頭の障害で申し訳なく思うこともない状態だったら?



日記を書くどころか、焦点の合わぬ目で虚空を見つめるだけ。



家族への負担を考えるどころか、自分の状態も理解出来ない。



廃人以外の何者でもない。



脳卒中はそうなる可能性が高い、とても悲惨な疾患なのである。





妻や息子たち。



日記を読んでくださる友人たち。



感謝の気持ちをいくら書き綴ってもたりない。



再発はもっとも注意すべきことだけど、どれだけ注意しても運次第なところがある。



だから、頭がしっかり機能している今この時に、何度でも伝えるのだ、感謝の気持ちを。



ありがとうございます。





◆単調な入院生活では少しの変化にも敏感になる



■10月23日木曜日

独歩タイムトライアル。



3分43秒。





リハビリテーション病院で昨日までの120日間もの時間を過ごして得た結論。



退院の日から始まる日常生活に向けての、期間限定の長くて苦しい助走の日々。



仮に助走に失敗してやり直したくても、退院期限が来たら二度と戻れない場所。



唯一戻るのは再発してしまった時だけ。



けれど同じ助走ではなく、さらに酷く辛く長い助走の日々しか待ってはいない。



だから健康という宝を後生大切に生きていくのである。





歩くことの最終的な目標は独歩。



遅かろうが、ふらつこうが、杖無しで自らの足だけで歩ける独歩。



安定性や速さは、ひたすら歩いて身につけるだけ。



まさに日常生活でのリハビリである。



私にとって次なる目標は右手。



残りの時間で右手が自力で開閉できるよう訓練するのみ。





リハビリテーション病院に入院して121日。



交流のあった患者さんたちが、身体の機能を回復させて退院する時は自分のことのように嬉しい。



いま現在、一緒に日々リハビリしている人たちが昨日より少しでも良くなっていると嬉しい。



不思議な気分だけど、戦友みたいな感じなのかな。



今まで腰を曲げて歩行器で歩いていた患者さんが、背筋を伸ばして歩行器無しで歩いていた。



思わず、



「O田さん、凄いじゃないですか! 良かったですね」



声を掛けてしまった。



単調な入院生活では少しの変化にも敏感になる。



車椅子を介護士さんに押してもらっていた患者さんが、自分の足で漕いで動かしている姿。



車椅子から歩行器になった患者さんが歩いている姿。



立てなかった患者さんが、立って歩く練習をしている姿。



リハビリという同じ苦難を乗り越えようとしている人たちだから、回復へ向かう変化は嬉しい。





独歩でのタイムトライアル。



たった1日で1分以上も短縮したことに驚いた。



歩き方も歩幅は小さいものの、テケテケとリズム良く歩ける。



なんだかパズルがピタッとハマッた感じ。



考えてみたら足の機能回復の目標は独歩。



そこに至るまでは、歩き方や足のバランスのとり方など、頭の中がぐちゃぐちゃだった。



それが独歩で歩けたら最後の1ピースが埋まり完成したのである。



あとは体力持久力。



休まずコンスタントに自主トレを続けていくしかない。



そう思ったら気持ちが軽くなった。



リハビリ日記は車椅子の頃まではリハビリを楽しんでいた。



杖で自立した辺りからトレーニングモードで心身ともに疲労困憊となった。



いま独歩で自立となったことで、まずは一つの目標をクリアした達成感で満たされている。



残りの入院期間は楽しんで手のリハビリに取り組もう。



歩くことのリハビリももちろん楽しむ。



リハビリと、食べたり寝たりする以外の膨大な時間を、退院の日まで楽しんでいこう。



能天気な脳梗塞患者として最後までリハビリでの機能回復に全力を尽くそう。



結果はどうあれ、中途半端な回復具合での退院だけは御免蒙る。





指をメルツで開閉するリハビリから始まり、公道を独歩で歩いて午前が終わる。



昼ご飯を食べたら午後1時から腕のリハビリ。



最後は足のリハビリで筋トレ。



リハビリで詳しく書き残すようなトピックもない。



リハビリでしか出来ない訓練は引き続き行うも、ベースになるのは独歩の自主トレ。



これは毎日朝から歩くことを続けていくだけ。



朝4時に起きてベッドでの自主トレから、昼間のリハビリと合間の自主トレ。



18時の夕御飯が終れば19時には就寝。



この繰り返しをあと24日間続けた先にどんなことになっているのか?



楽しみでしかない。





◆リハビリテーション病院の入院患者の疾患別の割合とは



■10月24日金曜日

独歩タイムトライアル。



3分53秒。





今日のスケジュールを確認すると1時間の枠が三つ。



変更とならないことを願うばかり。



廊下を3周歩いて食堂で新聞が届くのをまったり待ちながら日記を書き出す。



7時前で見守られ高齢者は8人が車椅子に静かに座っている。



自立で自由に動けるのは私だけ。



静かな朝だ。



昨日から右隣の席に新しい患者さんが座っている。



交通事故で足を骨折して入院されたA木さん。



頭に障害がない疾病でも病院のルールで入院から数日は見守られる。



A木さんも病室と食堂の移動は介護士さんに車椅子を押してもらっている。



年齢も若く認知に問題もないから、近日中には自立で移動は自由になるだろう。



骨折だとリハビリを受けられるのが1日2時間となる。



それ以外の時間は何もすることがなく、退院までの膨大な時間の使い方が大変そうだ。



ただ中卒と違って脳は正常だから、身体を動かす以外の時間の潰し方はたくさんあるだろう。



脳が壊れてる私からしたら羨ましい。





私がいるリハビリテーション病院の入院患者の疾患別の割合は以下の通りである。



①脳疾患、いわゆる脳卒中でこれが6割



②大腿骨・脊椎・骨盤・股関節の骨折や損傷が 2割



③外科手術又は肺炎など治療時の安静による廃用症候群(寝たきりで身体機能が衰退)が1割



④股関節又は膝関節の置換術後が1割





半分以上が脳疾患となっていることからも、脳梗塞や脳出血を発症する人の多さが分かる。



③は高齢者が多く、入院療養中に体力が落ちてしまい立ったり歩いたりが出来なくなってリハビリテーション病院に入院となる。



②と④は高齢者もいるが比較的若い患者さんたちだ。



脳疾患と廃用症候群の高齢者は頭の機能に問題なければ自立となりやすい。



脳卒中は高齢になるほど発症確率が高くなるから、結果として③の高齢者と合わせて入院患者の平均年齢も高くなる。



②と④で入院している患者さんは世代の違いと、認知機能の衰えた患者さんとは交流しづらいようだ。



だからか食事を食堂でなく部屋で済ませる若い患者さんは多い。



2ヶ月ないし3ヶ月もの間、2時間だけリハビリをする以外はベッドで過ごすのだ。



脳疾患患者とは別の意味で地獄だと思う。





一つ目のリハビリは手。



指の開閉でメルツをすると睡魔に襲われる。



脳が疲れから眠気スイッチをいれまくる感じだ。



なかなか厄介なことこの上ない。



腕や手のリハビリは残りの時間を最優先に当てたいのに、眠くなってる場合じゃない。



とにかく眠くならないよう気合いで乗り切ろう。





二つ目の足のリハビリは公道で歩行練習。



しかし、雨が降りだし早々に引き返す。



屋内での訓練となり、杖を使って階段の昇降に初挑戦。



手摺を掴んでの昇降は何度も練習したけど、杖は初めて。



杖は手摺と違い固定されてないから階段の中央も歩ける。



しかし安定性が低いのでバランスを崩して転倒の危険もある。



昇りは手摺と差がなかったけど、降りはバランス感覚を問われる難しさ。



慎重に一歩一歩足を揃えながら降りることが出来た。



社会生活をおくる上で避けては通れない事は、病院で練習をしておかないと退院してからは難しい。



あらゆる事を想定して都度練習をしていかねば。





三つ目は私の担当O橋さんの足のリハビリ。



来週のリハビリで予定している公共交通機関を利用した、社会生活に復帰するための練習について説明を受ける。



30日木曜日の午前中、病院からバスで駅へ行き、電車に乗り換え隣の駅へ。



そこからバスで病院へ戻るまでを杖歩行で練習するのだ。



また風呂に1人で入れるようにと、病院の大浴場(リハビリ用)で練習をするとのこと。



ストレッチをしながら諸々を教えてもらった。



これからは退院までに実践的なリハビリが増えてくるようだ。



歩く自主トレを増やして、どんなリハビリも自分の足で安定的に歩いてできるようにするのだ。





◆健康でもいつなんどき脳の病気になるかなんて誰にも分からない



■10月25日土曜日

独歩タイムトライアル。



3分48秒。





雨の夜明け。



昨日は天気予報がハズレて1日冷たい雨の日に。



公道も雨で歩けずじまい。



今日も駄目だ。



屋内でのトレーニングに励もう。





隣の席のA木さんは早々に自立となっていた。



車椅子を足で漕いで食堂に軽やかに登場。



移動の自由を手にいれて嬉しそうだ。



人は皆誰しも制約を科されるとストレスだらけだ。



私も独歩の自立まで様々な制約に、心は平静を装っても身体はストレスで変調をきたしていた。



その最たるは8月に続いたお腹の不調だろう。



2週間ほど下痢が続いたのは、いま考えたらストレスからお腹の調子が整わなかったのだ。



脳梗塞になる前は鈍感力でストレスを感じることは少なく、体調に変化をきたすことはなかった。



けれど病気になり様々なことに敏感となって、ストレスが身体に影響しやすくなったようだ。



ミリ単位以下の脳の損傷が、ここまで大きな影響を身体に与えるのだから本当に怖いものだ。



健康でもいつなんどき脳の病気になるかなんて誰にも分からない。



だからこそ毎日を精一杯に過ごしていこう。





午前中は手のリハビリと足のリハビリ。



右手の指で親指がなかなか動かなく、作業療法士A塚さんはメルツでは難しいと悩んでいる。



この日記は左手の親指でスマホを操作して書いているけど、そんな細かい様々な動きが出来る親指は難敵なのは理解した。



とにかく出来ることを続けていこう。



足は今日も階段の昇降。



昇りはかなり安定しているけど、降りは右足の踏ん張りが重要になるから膝回りの筋肉を鍛えなくては。





17~8年の付き合いになる元書店店長Y下さんから連絡がきた。



この方の勤める書店さんは昨年夏に閉店。



どうされているのか気になっていたから、久しぶりの連絡に嬉しくなった。



今は縁あって某アイスクリーム店で働いているそうだ。



接客業の見本のような方だけに、業種は違えど楽しんで働かれていることだろう。



書店員さんの頃は「本屋大賞」に毎年投票されており、本読みの達人だ。



この日記を読んで貰いたいとお願いすると快諾してくださった。



これまでの日記を順次メールでお送りしていたら、リハビリの合間の時間はあっという間。



もう1人、大阪の元書店店長I上さんへラインで連絡してみた。



この方も関西の本屋さんで知らない人はいないほど、多くの作家さんたちを応援する有名人だ。



同じく本読みの達人。



お二人のような本読みの達人にリハビリ日記を読んでもらい、ご意見や感想を貰えたら励みになる。



日記のメール配信を快く受けてくださり、嬉しくてすぐに送らせてもらった。



どんな反応があるのか、とても楽しみだ。





雨で外に行くことは叶わず、屋上のトレーニングコースを歩く。



独歩の自立となって4日目。



徐々に歩きのコツ(?)が掴めてきた。



記憶ではスタスタと歩いているのに、実際はぎこちなくギクシャクとしか歩けない。



これが脳梗塞で右半身完全麻痺した身体なのか。



この4ヶ月のリハビリが麻痺で動かなかった右足を動くようにしてくれた。



右手はまだ時間が掛かるみたいだけど、足と同様にいつかは動かせるような気がしている。



健康な時はあまり物事を考えないでいたけれど、これからは出来ない事をどうするか考えていこう。



脳梗塞になったお陰で思考力が高まってるな。



怪我の功名とは、よく言ったものだ(笑)





最後は腕のリハビリ。



脳梗塞の麻痺で身体が変な力みをするようになった。



このため筋肉の緊張が高まり共同運動で肘が内側に曲がってしまう。



とにかく脱力するようにリラックスするのだが、身体は反対にもっと緊張が高まる。



これを少しでも改善できるよう、ストレッチをしながら脱力の練習。



脱力しながら腕を持ち上げて、指に力が入らないようにする。



これを何回も繰り返して少しずつ指先から力が抜けていくようにする。



けれど立ち上がって歩きだしたら、すぐに力が入って指が固くなるから厄介だ。



繰り返し繰り返し練習していくしかない。





今週は独歩自立となり杖を使わずに2階病棟内を歩き回った。



杖で自立した時も歩き回ったけど、その時ほどは疲れていないのは、それだけ体力も増えたからだろう。



明日は休息日。



来週月曜日は1人でお風呂に入れるようになるための練習がある。



木曜日にはバスと電車を乗り継ぎ移動する練習がある。



金曜日は心臓ペースメーカーの手術の日程調整のため、外来で別の病院へ行ってくる。



先月末の家屋調査から月始めの外泊と、横浜へ結婚式の参列したとき並みの行動が待っている。



その前の休息日だから、心身共に休んで鋭気を養おう。





 



文:真柄弘継



(第17回「電車やバスなど公共交通機関を利用するリハビリは社会復帰への大事なチャレンジ」につづく…)





【脳梗塞】遂に2本の足だけで歩けるようになった!  歩幅は小さくても大きく歩む独歩【真柄弘継】連載第16回



◆著者プロフィール
真柄弘継(まがら・ひろつぐ)

某有名中堅出版社 出版局長
1966年丙午(ひのえうま)の1月26日生まれ。1988年(昭和63年)に昭和最後の新卒として出版社に勤める。以来、5つの出版社で販売、販売促進、編集、製作、広告の職務に従事して現在に至る。出版一筋37年。業界の集まりでは様々な問題提起を行っている。中でも書店問題では、町の本屋さんを守るため雑誌やネットなどのメディアで、いかにして紙の本の読者を増やすのか発信している。



2025年6月8日に脳梗塞を発症して半身不随の寝たきりとなる。急性期病院16日間、回復期病院147日間、過酷なリハビリと自主トレーニング(103キロの体重が73キロに減量)で歩けるまで回復する。入院期間の163日間はセラピスト、介護士、看護師、入院患者たちとの交流を日記に書き留めてきた。



自分自身が身体障害者となったことで、年間196万人の脳卒中患者たちや、その家族に向けてリハビリテーション病院の存在意義とリハビリの重要性を日記に書き記す。
また「転ばぬ先の杖」として、健康に過ごしている人たちへも、予防の大切さといざ脳卒中を発症した際の対処法を、リアルなリハビリの現場から当事者として警鐘を鳴らしている。



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