政府はいくら借金をしても財政破綻は起きない――米国で話題爆発の「MMT」(Modern Monetary Theory=現代貨幣理論)。日本で最初にMMTを紹介したのが評論家の中野剛志氏。
4月22日の自民党の勉強会に中野氏は招かれ講演会も行った。MMTは米国では主流派経済学者から異端視され、すでに論争の的となっている。そして日本の政治家の間でも急激に広まっている。「政府が膨大な借金を抱えても問題はない」と説くこの理論を分かりやすく解説した書として中野氏の新刊『目からウロコが落ちる  奇跡の経済教室【基礎知識編】』も注目を浴びる。今回、朝日新聞で掲載された「MMT批判」の記事に対して、中野氏が緊急寄稿した。■「驚くべきトンデモ経済理論」
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 長年、日本の財政危機に警鐘を鳴らしてこられた朝日新聞の原真人編集委員が、昨今、話題の「MMT(現代貨幣理論)」に、お怒りのようです。

※原真人「アベノミクス『失敗の本質』」論座、2019年5月6日https://webronza.asahi.com/business/articles/2019042600001.html?page=1

 原氏は、MMTについて、「インフレにならない限り政府は中央銀行に紙幣を刷らせ、財政赤字を気にせずにどんどん財政支出できる、という驚くべきトンデモ経済理論」と、一刀両断。

 続けて、「MMTとはアベノミクスや日本銀行の異次元緩和がモデルなのである。日本では『リフレ論』がそれに該当する」とつづっています。

 これは、「一緒にするな!」と日本の「リフレ論」者が否定すると思いますが、それはさておき。

 原氏は、MMTについて、「ちょっと考えれば持続可能性がないことがすぐわかるこれらの政策理論」と、一蹴しています。

 ちょっと考えれば、すぐわかるのだそうです。

 では、ちょっと考えてみましょう。

 その前に、MMTについての原氏の認識に、一部間違いがあるので、修正しておきましょう。

 より正確に言うと、MMTとは、「自国通貨を発行できる政府は、インフレにならない限り、財政赤字を気にせずにどんどん財政支出できる、という経済理論」です。

 ところで、原氏の言う「持続可能性がない」というのは、要するに「財政破綻の可能性がある」ということです。

 その「財政破綻」ですが、財政健全化を訴える論者は、次の三つのいずれかを指して、「財政破綻」と言っています。

①国債を返済できなくなること

②ハイパーインフレになること

③金利が急騰すること

 ここまでは、原氏も異存はないと思います。

 では、どうしたら、今の日本政府が、この三つの「財政破綻」になるのか、それぞれについて、ちょっと考えてみましょう。

 つまり、敢えて「財政破綻」するためには、どうしたらよいかの思考実験をするのです。

●財政破綻シナリオ① 国債を返済できなくなること

 日本政府は、自国通貨を発行できるので、返済の意志がある限り、自国通貨建ての国債を返済できなくなることは、あり得ません。

 そこで、日本政府は、自国通貨の発行権を放棄するか、あるいは、国債をすべて外貨建てで発行することに決めるのです。

 もちろん、そんなことをする必要はありません。しかし、そうしないと国債を返済できてしまうのだから仕方ない。

 その上で、「財政赤字を気にせずにどんどん財政支出」しましょう。そうしたら、確かに、いずれ返済できなくなって、めでたく財政破綻です。

 もう一つ、方法があります。

 自国通貨建て国債であっても、日本政府が「絶対、返済しな~い!」と決めれば、返済できなくなり、財政破綻します。

●財政破綻シナリオ② ハイパーインフレになること

 財政支出を拡大し続ければ、需要が増えるので、日本はデフレを脱却し、インフレになります。

 しかし、MMTは、原氏が言う通り、「インフレにならない限り、どんどん財政支出できる」という経済理論です。

 例えば、4%程度のインフレ率になったら、どんどん財政支出するのはやめるというのが、MMTです。ですから、MMTでは、ハイパーインフレにはなりません。

 そこで、ハイパーインフレを実現するには、政府は、MMTを無視して、どんどん財政支出を続けなければなりません。

 しかし、そんなことをすると、ひどい物価上昇で国民生活が壊れてしまい、国民の不満は高まります。そうなると、与党の政治家は選挙に負けて、政権交代です。

 だから、正常な民主国家でしたら、ハイパーインフレになるほど、財政支出を拡大したりはしないのです。

 そこで、ハイパーインフレを実現するには、政権与党は、理性をかなぐり捨てて、国民の不満を無視し、どんどん財政支出を拡大するしかありません。

 加えて、日本銀行は、どんなにインフレがひどくなっても、絶対に金融引き締め政策をしてはなりません。そんなことをしたら、インフレが止まってしまうからです。

 ハイパーインフレになる方法が、もう一つ、あります。

 歴史上、ハイパーインフレになったのは、戦争・内戦で供給能力が崩壊した国とか、政府が機能不全になった国とか、各国から制裁の禁輸措置をされた国とかしか、ありません。

 戦後の先進国で、財政支出の拡大が止まらなくてハイパーインフレになったような事例は、皆無です。

 したがって、日本も、戦争をするとか、政府を機能不全にするとか、各国から経済制裁を受けるような国になったら、ハイパーインフレを経験できるでしょう。

 ただし、そんな国はもはや先進国ではありませんので、日本はG7から外れましょう。

●財政破綻シナリオ③ 金利が急騰すること

 もし市場参加者が、日本が財政破綻すると思い込み、日本国債に対する信認が失なわれたら、日本国債の投げ売りが始まって、国債金利は急騰します。

 例えば、ギリシャが事実上の財政破綻に陥った時、ギリシャ国債の金利は40%にもなりました。

 ギリシャ政府は、自国通貨発行権がありませんから、ギリシャ政府の債務については、返済できなくなることはあり得ます。だから、国債が信認を失って、金利が急騰することも、あり得るのです。

 しかし、すでに説明したように、自国通貨発行権のある日本政府の債務は、返済不能にはなりません。

 それに、この二十年にも及ぶデフレの間、日本の国債金利はずっと世界最低レベルで、ここ数年は、もう金利があるのかないのか分からないほどのレベルです

 それでも、もし市場参加者が原真人氏の警鐘を真に受けて、「日本は財政破綻する!」と思い込んでパニックになったら、国債金利は急騰するかもしれません。

 しかし、繰り返しますが、自国通貨建て国債は、必ず返済してもらえます。つまり、日本の国債は、元本保証の超安全資産なのです。

 そんな日本国債が高金利になったら、買い手が殺到して、たちまち金利は急落します。

 いや、それでも、原真人氏の影響が強すぎて、市場参加者のパニックは収まらなければ、国債金利の買い手はつかず、金利は上がり続けるのだとしましょう(そんな可能性は、ほとんどないと思いますが)。

 万が一そうなった時でも、日本銀行は、強い意志をもって、絶対に国債を購入してはいけません。そんなことをしたら、金利は下がってしまうからです。

 というわけで、ちょっと考えてみたら、日本の財政赤字が持続不可能になるためには、①②③のいずれのシナリオでも、日本政府と日本銀行が「絶対に、財政破綻するぞ」という狂気に満ちた強固な意志を貫きとおすことが不可欠だとわかりました。

 さて、「驚くべきトンデモ経済理論」を唱えているのは、MMTなのか、原真人氏なのか、皆さんも、ちょっと考えてみてください。

 すぐわかると思います。

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