目の前にある仕事を好きになれるかどうかが大事。
──小倉昌男
日ごろ、当たり前のように利用している宅配便サービス。
その経営者の名は、小倉昌男。ヤマト運輸の二代目社長を務め、「クロネコヤマトの宅急便」事業をスタートさせた人物であり、ヤマト運輸の“中興の祖”とも評される名経営者です。これから4回に渡り、小倉昌男氏の残した名言を紹介していきましょう。写真:AP/アフロ
1924年(大正13年)~2005年(平成17年)を生きた小倉昌男氏は、ヤマト運輸(旧・大和運輸)創業者である父・小倉康臣氏の跡を継いで、1971年に同社の社長に就任します。折からのオイルショックなども影響し、それまでヤマト運輸が展開していた大口輸送(企業の荷物を大量に運ぶ)が低迷。それを打開するために、小倉氏は個人の荷物を全国へと搬送する小口輸送事業への参入を決断するのです。
しかし、事はそう簡単に運びませんでした。当時、全国規模の小口輸送は旧郵政省の手がける郵便小包の寡占状態。さらに運送事業は旧運輸省が監督する免許制だったこともあり、エリアや輸送路線が大きく制限されていました。トラック輸送を手がける運送業者は、利用する道路ごとに営業免許を取得しなければ、ビジネスを展開することができなかったのです。要するに、新規参入が難しい仕組みを構築し、既得権益層だけが守られるような環境をつくりあげていたわけです。
そこに斬り込んでいったのが、小倉氏でした。「クロネコヤマトの宅急便」の全国ネットを実現するため、運輸省や郵政省に対して真っ向から異議を唱え、ついには官庁を相手に訴訟を起こすまでに至ります。
そのあたりのいきさつは、次回以降で詳しく紹介していきますが、そうした理不尽や不公平に対して正面から反論し、臆することなく国家権力や既得権益に立ち向かっていく小倉氏は“反骨の経営者”“規制緩和の急先鋒”といった形で、次第に人口に膾炙されていくのです。
小倉氏は、ロングセラーを続けている名著『経営学』をはじめ、何冊かの自著を遺しています。多くのビジネスパーソンたちから支持され、愛読書として挙げられることも少なくない小倉氏の著作には、示唆に富んだ数々の名言が溢れているのですが、今回は悩める若手に向けられた小倉氏のメッセージを取り上げたいと思います。
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人生は一度しかないから、嫌いな仕事をしたくないという気持ちはわからないでもない。だが、本当に自分の好きなことだけをして生きている人間が、この世の中に一体どれだけいるだろうか。
(中略)
やりたいことをやるには、やりたくない作業もしなければいけないのが仕事というものだ。
(中略)
それに、「やりたいことが見つからない」という若者は、どこかに必ず自分にピッタリ合った仕事があって、いつかそれに出会えるはずだという錯覚を持っているような気がしてならない。
(『「なんでだろう」から仕事は始まる!』より)
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これは「自分のやりたいことが見つけられずに、悩んでいる若者が多いらしい」という一節から始まる「目の前の仕事に惚れよう」という文章からの言説です。ここだけ読むと、「やりたくないことでも、黙ってやれ」と押さえつけられてしまうような窮屈さを感じてしまうかもしれません。
しかし、小倉氏はこう語りかけます。
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私に言わせれば、それは順番が逆である。どこかに「好きな仕事」があるのではなく、目の前にある仕事を好きになれるかどうかが大事なのではないだろうか。
いつか好きな仕事に巡り合えると思っている人は、「いつか白馬にまたがった王子さまが私を迎えに来てくれる」と夢見心地で信じている少女に似ている。しかし、それはファンタジーにすぎない。
現実の恋愛や結婚を考えれば、そういうものではないことはすぐにわかる。どこかに「理想の相手」がいるということはない。まず現実の出会いというものがあり、その相手を好きになるのだ。
(『「なんでだろう」から仕事は始まる!』より)
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最初は嫌いなタイプだと思っていても、付き合っているうちに相手の魅力を理解し、気がついたら結婚しているようなケースは珍しくない、と小倉氏。仕事もそれと同じだというわけです。
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理想の仕事を探すのではなく、目の前にある仕事に「惚れる」ことが大事だ。最初は意に染まらないと思っていた仕事でも、やっているうちにおもしろくなるということはいくらでもある。
ただし、それは自分から積極的に探さないとわからないだろう。
(『「なんでだろう」から仕事は始まる!』より)
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これらの言説は、仕事に取り組むうえで持っておきたい姿勢としてだけでなく、物事の本質を見極めるときにも役立つ視点ではないでしょうか。先入観や思い込みに左右されるのではなく、冷静に、かつ積極的に見方や取り組み方を変えてみるのが重要ということでしょう。
好機を追い求めているようで、実は好機を逃している……そんな状況は、自分が考えている以上に多いのかもしれません。