各地のレア道路標識を訪ね歩く本連載、今回のターゲットは「急勾配あり」である。なんだ、そんなものどこにでもあるだろと言われそうだ。その通りで、ちょっとした山道にはたいてい設置されているし、都市部でも陸橋の入り口などでちょいちょい見かける。確かにこの標識自体は、レアでもなんでもない。ただ、この標識には「○%」と、勾配を表す数字が入っている。この数字に着目し、ちょっと変なものを探してみようというわけである。
「上り急勾配あり」標識
さて、この標識のパーセント表示はどういう意味なのだろうか。これは、道を100メートル進んだ時に、何メートル標高が高く(または低く)なったかを表す数字である。もし100メートル先で10メートル標高が高くなっていたら、その坂の勾配は10%ということになる。これは、相当の急坂の部類だ。
どれくらいの勾配から標識を設置すべしという、明確な基準は特には決められていないようだ。ただ観察している限り、一般道では5%、高速道路なら3%以上の勾配がある場合に設置されることがほとんどだ。
◆ちっとも急ではない「急勾配あり」
ところが、世の中には1.1%という標識もある。長野県中野市の、国道403号にあったものだ。「急勾配あり」という名に反し、これではちっとも急ではないではないか。

実はこの坂、周辺の地形の関係などで、どう見ても上り坂に見えるのである。実は下っているから、速度など気をつけて下さいという意味で設置されたのだろう。ちょっと特殊なケースである。
ところでこれ、「1.1」と小数点以下の数字も必要なのだろうか。他でもたまに「7.5%」といった標識を見かけることもあるが、別に7%でも8%でもドライバーにとってやることが変わるわけでもなし、そこまで正確を期する必要があるのかとも思う。
しかし、世の中にはこんな標識もあるから困る。

小数点以下3桁である。お前は有効数字というものを学校で習わなかったのか、と突っ込みたくなってしまう。道路管理者と製造者の間で何かしらの行き違いがあってできあがったとしか思えないが、いったいどういう事情だったのだろうか。
ちょっと不思議なのは、この標識は今や誰も通らない山中の旧道にあるのに、他の標識に比べて妙にきれいに保たれていたことだ。もしや標識マニア間では有名な標識であり、聖地巡礼に訪れる者たちが毎月きれいに磨いていたりするのではあるまいか。あながちありえない話でもない気がするところが恐ろしい。
さてそうなると、全国で一番きつい坂はいったい何パーセントだろうというのが気になってくる。今はこの手の情報も、ウェブを探すとすぐ出てくるからすごい時代だ。それによると、最大斜度の標識は東京都東大和市にあり、なんと37%だというからひっくり返った。実際に車で走ってみると、25%くらいの傾斜でも体感的にはほぼ崖である。37%はスキー場の上級者コースに相当する傾斜であり、車で走っていいような斜度とは思えない。
◆全国で一番きつい「急勾配あり」を見に行ってみた!
ということで現地を訪ねてみた。場所は武蔵大和駅から歩いて十数分。多摩湖の南側、意外にも住宅街の中にそれはあった。両側に民家が立ち並んでいるが、なるほど確かにえらい急坂である上に道幅も狭く、ちょっと車では尻込みしてしまう場所である。

坂の下に見える民家は大丈夫なのだろうか、車など突っ込んできたりしないのだろうかと思いつつ近づいていくと、なんとこの標識の先は階段になっており、頑丈な車止めが立てられていた。車両の通り抜けができない場所に、この標識は立っているわけである。
という状況なのでもっと写真を撮りたかったのだが、残念ながらそれは果たせなかった。というのは、標識を求めてうろついた挙句にようやく筆者が現物を発見した瞬間、後ろから一台のプリウスが近づいてきたのである。なんだろうと振り返ったところ、降りてきたのは二人の警官であった。
どうやら、カメラをぶら下げてきょろきょろあたりを見回しながら歩く中年男をパトロール中に発見し、不審人物として筆者をマークしていたらしい。まあこれはおっしゃる通り誰がどう見てもパーフェクトに怪しく、疑われても全く文句を言える立場ではない。
幸いにもたまたま自著を持ち合わせていたので、自分はこういう本を書いているライターである、今回は日本一の急勾配の標識を撮影に来たのだと冷や汗をかきながら説明したところ、どうにか10分ほどで放免してもらえた。その後、警官2名に見守られつつ撮影したのが先の写真である。じっくり周囲の写真を撮って回る太い神経の持ち合わせは筆者にはなく、早々に退散したのであった。
いずれこの場所を再訪し、どうしてこの状況ができあがったものか、調査をしてきたいところではある。まあその時には、周囲のご迷惑にならぬよう気を配って行かねばなるまい。