9月20日「本屋B&B」で『産まないことは「逃げ」ですか?』刊行を記念したイベントが行われた。題して「産まない、もたない。
でも逃げてない」。著者の吉田潮氏が、ネットニュース編集者の中川淳一郎氏、コラムニストのサンドラ・ヘフェリン氏をむかえ、子どもを持たないという選択、そして自身が抱いた違和感について語り合った。そのトークショーから再構成する。余計な人間関係を増やしたくない

中川(淳一郎:ネットニュース編集者) 子供をもたないという選択について考える上で、僕は「余計な人間関係」を増やしたくないと思っていました。僕は今44歳で、こうして吉田(潮)さんとサンドラ(・ヘフェリン)さんにお会いできました。それは自分で選んで得た、素晴らしい人間関係なんです。

 しかし、当然子供がいれば、子供にも人間関係ができる。ママ友やPTAなどで親同士にも人間関係ができる。自分で選んでいない人間関係って、何が起こるかわからないですよね。そうしたものを自分は「余計な人間関係」としか思えなくなったんですよ。

 例えば、妻が学校へ行ってPTAの役員になった、子供が当事者となる「いじめ」とかの問題で、「なぜ、この歳になってまで(自分で選んでいない関係性で)揉め合いに巻き込まれないといけないのか」って思うんです。

 だから、「俺は子供いらん!」と言ったんですよ。

みんな「選びたい」じゃないですか、自分自身の人間関係を。

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写真左から中川淳一郎氏、吉田潮氏、サンドラ・ヘフェリン氏/下北沢「本屋B&B」にてドイツと日本で違う、「子供を作ること」への目

サンドラ(・へフェリン:コラムニスト) 私の母国、ドイツの場合では、そもそも子供をもつことに対して、日本では考えられないようなことを言ってしまう場合があるんです。

 例えば、「私は出産がグロテスクだから自分では産めない」って言いきってしまう女性が結構いたりします。そして、話を聞くドイツ人男性はだいたい「それはそうだよね」って同意してくれるんです。

 でも日本で、それを言っちゃうと「この人、何言ってるの?」という話になってくると思うんです。そこはやっぱり感覚の違いとしてあって、グロテスクだし、痛いのも嫌だし、あとは10か月間不自由になるわけじゃないですか。子供が生まれる喜びはあるけれども、スキーとかスノボか山登りとか、できることも制限されますよね。そういうのは「嫌だ」ってドイツでは言える人がいて、でも、日本ではとても言えないような雰囲気がある気がするのです。日本では、無痛分娩でもたたかれるぐらいなので、スノボがしたいから妊娠したくないって「ふざけんな!」って言われちゃいそうですよね。

母親ではなく「父親として子供がほしい」という心理

 個人的に、私は「女性だから子供はあえて作らない」という思いがあります。でも妄想として、自分が男性だったら、女性に3人ぐらい産んでほしいなという気持ちもすごいあるんです(笑)。

 イスラエルやドイツで活動している社会学者の書いた『Regretting Motherhood 』という、母親になったことを後悔している女性たちを扱った研究の論文が書籍化されているんですけど、その論文に基づいて、ドイツのライター、作家さんたちが自分の経験を書くという流れがあります。

そのうちの一冊で、『母親であることがハッピーだという嘘』というタイトルの本があって、そのサブタイトルが『私は母親ではなく父親になりたかった』です。読んでみると悲しい意味で納得してしまう部分がありました。

 出産・子育てでは、女性の負担が大きく仕事を少し制御したりだとか、出産によってホルモンバランスが崩れてしんどくなったりとかありますよね。でも、もしそうした苦労や苦痛をしないで子供が3人ぐらい持てるのなら、今、子供がいてもいいんじゃないかという気持ちはちょっとあるんです。それは自分は男性にはなれないので本当の妄想ですけどね。

吉田(潮:コラムニスト) 拙著『産まないことは「逃げ」ですか?』の中でも、サンドラさんが紹介してくれた本をいくつか取り上げているけど、これって日本では翻訳されてないのよね。

サンドラ さっき紹介した『Regretting Motherhood』というのはイスラエルのOrna Donathさんという社会学者が書いた論文なんです。その論文は子持ちの女性に「今の時点であなたは子供を持つ前の段階に戻れたとして、もう一度子供を持ちたいと思いますか? それとも思いませんか?」という質問をして、「No(いいえ)!」と答えた23人の女性にインタビューをした話なんですね。そのことがヨーロッパとイスラエルですごく話題になって、大きく取り上げられたんです。

中川 それは実名で書かれているのですか?

サンドラ さすがに仮名ですね。その子供に読まれたら「まずい」とかあるので、ニックネームを使っています。それを受けて本を書いた人たちは実名で出していますね。

私の場合は子供を産んでこうでした、やっぱり大変でしたみたいな内容なんですけど。それらの本が見事に一冊も日本語には翻訳されていないんですね。

日本では成功した人の本はたくさん出ている一方……

吉田 まあそういう本もあっておかしくない、いや、あっていいと思うんです。でも日本だと不妊治療とかもそうですが、「成功した」人の本はいっぱいある一方、「失敗した」人の本は極端に少ないですよね。

中川 今回は「成功しなかった人」の本が吉田さんの本ですよね。

吉田 そうですね。少し不埒なところもあるんですけど。他には堀田あきおさん&かよさんという漫画家さんが、夫婦で不妊治療を受けて、できなかった体験を本にまとめています(『不妊治療、やめました。~ふたり暮らしを決めた日~』)。不妊治療で失敗した時に、「私はこう思う」って本がもっといっぱい本が出ると、世の中で参考にしてもらい、もっと多くの方が気持ち的に楽になり、多様性が生まれると思うんですよね。

有働由美子さんと山口智子さんの問題提起

中川 多様性の話で言いますと、「子供はつくらない」と公に宣言した有働由美子さんと山口智子さんの問題提起に触れないわけにはいかないですね。子供をつくらないという選択をどう考えるかってことです。

なぜ私たちは「子供をもたない人生」を選択したのか
『産まないことは逃げですか』著者の吉田潮氏

吉田 山口智子さんの旦那は唐沢寿明さんで、ご自身は旅館の娘さん。若いころからずっと子供を持たないということを決めてらっしゃったんですけど、それをあえて50歳ぐらいのときに女性誌の『FRaU(フラウ)』(2016年3月号)のインタビューで話したんですね。これがかなり反響がりました。

 山口さんの言葉を引用すると「私は特殊な育ち方をしているので血の結びつきを全く信用していない」、「ずっと親というものになりたくないと思って育った」と。

 20代・30代でも、そう思っている人も中にはいると思うんですよね。自分のことを考えたとき、本当はそうなんだけど今の日本だと「本音を言う」と袋叩きにあうという理由で言えない人はいると思います。

 でも、NHKアナウンサーの有働由美子さんはそこを素直に話したわけです。これにものすごい共感をする女性たちもいっぱいいました。NHKの『あさイチ』という番組で2016年の5月18日に「どう思う? ”子どもがいない”生き方」という特集があったんですね。

 有働さんは、妊娠が可能かどうか検査を受けて、結果的に産まない人生を生きてきた。本当は悩んだり体の不調とかもあったり、でも仕事がとても充実していたそう。

 その一方で、「とんでもない間違いをしたのではないか」と。

「産む機能があるのに無駄にしたのではないかと、気が狂ったように泣いたりして、病院通いをした」という話を番組の中で有働さんご本人がされたんですよね。有働さんの言葉を引用すると「仕事がもしなくなったらみんなには子供が残るけど私には結局何も残らないんやんって。そう思いたくないからこれで満足だって思い込もうというような時期があった」という話をされていたんですよね。

批判的な意見も見られた

中川 これで良くも悪くも、番組には様々な意見が寄せられた。

吉田 「あさイチ」という番組はみなさまのNHKが作っているので、いろんな意見のファックスを取り上げるんですね。だから「子供をもたない人生」という特集でやった時に、ものすごい共感の声があった一方で、こう言う意見も来たわけですよ。「子供をもたないと主張することが良く言ったと称賛されるとは、愚かな女性が増えたものだと落胆します」、「幼稚なエゴを声高に主張する特集で我儘女が助長しないことを祈ります」、「少なくとも私の子供が汗水たらして働いた税金をあなたの老後に使って欲しくないです」と。

子供を作らないという選択をそれぞれどう考えるのか。それは一方的に否定されることも、また一方的に肯定されるものであってはならない。各々の選択の裏にある、私意と葛藤を無視してはいけないのだ。
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