~平成10年(1998)頃~ ~
平成になって30回目の3月を迎えている。3月といえば、やはり思い浮かぶのは卒業。
特にその最たるものが卒業生や在校生によって歌われる卒業ソング。かつては『蛍の光』や『仰げば尊し』、ちょっと物分りの良い先生のいる学校になると武田鉄矢がリーダーを務めた海援隊の『贈る言葉』などが定番だったが、いまやどれも古さを隠せない。『蛍の光』はもはや卒業ではなく閉店時間を知らせる音楽として認知され(正確にはそちらは『別れのワルツ』という曲なのだがメロディーは同じ)ている。今時蛍雪の功を実践するような苦学生もなかなか見られない。『仰げば尊し』は教師への恩を綴るその歌詞ゆえに、今なら「生徒が言い出すならともかく教師自らが押し付けるとは何事だ」などと炎上案件にすらなりうる可能性を秘めている。『贈る言葉』もそもそもがテレビドラマ『3年B組金八先生』の主題歌だったのだが、校内暴力はこうやってやるんだという見本を地方の中学生に示したドラマの主題歌を教師が選んでいたということは、冷静に考えるとお笑いのネタですらある。そんなこんなでこれらの昭和の定番曲は今やほとんど歌われなくなった。
平成に入ってより個を重んじる風潮が蔓延するとポップな、けれど泣ける曲が好まれるようになる。卒業というモチーフは感動を歌いやすく、また商業的にも旨味があることもあり、多くのアーティストが卒業ソングを生み出した。中でもいきものがかりの『YELL』やアンジェラ・アキの『手紙~拝啓 十五の君へ~』などは、元々がNコンことNHK全国学校音楽コンクールの課題曲として作られただけに合唱との相性もよく、平成の卒業式ではよく歌われている。
だがそうした様々なプロのアーティストが手掛けた楽曲を上回り、あえて一曲を選ぶならというアンケートを取れば間違いなく1位になるだろう曲がある。それが『旅立ちの日に』。
平成3年に埼玉県の公立中学校教諭らによって卒業式のサプライズとして制作されたこの曲は、その後、学校向け雑誌で取り上げられたことをきっかけに全国の学校現場に広がり、平成卒業ソング最大の定番曲となった。プロのアーティストたちによって生み出された楽曲が、個を掘り下げた歌詞ゆえに共感できる人にはとてつもない共感をもたらす代わりに一般性を持たないきらいがあるのに対し、この曲の歌詞は如何にも学校の先生が書いたという一般性のあるもの。奇をてらう箇所がない代わりに誰にでも容易に受け入れシンパシーを抱かれるような自然さをもっている。
またメロディやコード進行も、これもNコンの課題曲だったかつての定番合唱曲『ひとつの朝』やビートルズの『LET IT BE』、さらには『G線上のアリア』を思わせるような馴染み深く歌いやすく高揚感を持ったもので、楽曲誕生のエピソードとともに定番中の定番になるに相応しい曲だったといえる。
もっとも『旅立ちの日に』も定番化されてもう二十年。そろそろ次の定番曲が登場しそうな予感もある。
〈雑誌『一個人』2018年4月号より構成〉