イメージを鋭く呼び起こす言葉で書かれた安部公房の小説は、死後25年経っても古びることはない。ブラックなユーモアがあふれ、深い思索の結実した安部公房ワールドは、混沌とした今こそ必読だ。
◆公房が求めたテーマは今なお新しい
没後25年「今こそ読むべき」が最もふさわしい作家・安部公房の...の画像はこちら >>
 

 公房文学は、「前衛的」というイメージが先行して誤解されることも多かった。そこで、これから公房文学を読み解くためのキーワードを紹介する。

 1つ目は「逆進化の法則」だ。20世紀に入って弱肉強食の考え方が幅を利かせるようになったことに危機感を抱いた公房は、弱者が包摂される社会を念頭に「強肉弱食」の視点で作品を書いた。
 2つ目のキーワードは「閉鎖空間からの脱出」。逃げ場のない閉塞した社会でいかに希望を持つか、を公房は終生考え続けた。
 キーワードの3つ目は「全体が繋がった作品世界」だ。『箱男』の終わりに主人公の耳に聞こえて来る救急車のサイレンが、次作『密会』の冒頭の救急車のサイレンに繋がるなど、前の作品の結末を次の作品の冒頭に継承させて、作品同士を数珠繋ぎになっているのを見つけることができる。
 また涙、ガラス、水など透明なもので終わるなど、複数の作品で結末を共有していることもある。自分なりに公房ワールドの構造を見つけるのもおすすめだ。

 ◆現代の問題を予見、今だから読むべき傑作

 あえて公房文学のベスト5を挙げるなら、『カンガルー・ノート』『箱男』『密会』『方舟さくら丸』『第四間氷期』。
『カンガルー・ノート』は退職後の人生=地獄をいかに生きるかをブラックに描いた。


『箱男』は、言わばオタク意識に生きるひとのための小説。
『密会』は、張り巡らされた監視・盗聴システムから逃れようと逃走する主人公を描く。
『方舟さくら丸』は、魅力的なユープケッチャと、何でも嚥み込んで咀嚼する便器が印象的。
『第四間氷期』はAI(人工知能)を先取りした早すぎた作品。AIの予言通り、殺し屋の足音が聞こえるラストシーンがコワイ。
 先見性と娯楽性に満ちた、小説世界を楽しんでほしい。

~今だから読むべき傑作5選~
『カンガルー・ノート』
 そう遠くはないだろう死を意識した安部公房の、徹底したスラップスティック・コメディー。脛にかいわれ大根が生えた男が、女と少女に翻弄される。

『箱男』
 箱を被ってすべての「帰属」を捨てた男の行く末は? 安部はいわゆる“浮浪者”の在り方に深い関心を持ち、彼らの生き方を考えていた。

『密会』
 とある病院に張り巡らされた盗聴システム。妻を奪い返しに来た主人公は、閉鎖された病院の地下室から脱出できずに立ちすくむ。

『方舟さくら丸』
 核シェルターで自分が生き残るためには、他者を犠牲にすることも仕方がない、という考えを拒否する“逆進化論”に立つ安部の覚悟を高らかに宣言した作品。

『第四間氷期』
 人工知能(AI)の予言に備えて発生をコントロールされた水棲の少年が、なぜか心を惹かれる陸地の音を求めて、ついに海岸に辿り着く哀切なラスト。

雑誌『一個人』2018年4月号より構成〉

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