・・・・1944年6月6日Dデーの未明、アメリカ軍空挺師団2個がノルマンディーに降下した。連合軍のヨーロッパ大陸反攻作戦「オーヴァーロード」の開始だ。空挺隊員たちには金属製の玩具のクリケット(コオロギ)が支給されており、真っ暗闇の中、誰何のため「ペキッ」と1回鳴らしたら、味方は「ペキッ、ペキッ」と2回鳴らし返すことになっていた。ある空挺隊員が前方の暗闇に人影を認めて「ペキッ」と1回。それに対して「カキン、カキン」と2回の金属音が返ってきた。安心した彼は物陰から出て「よう、戦友!」という間もなく射殺されてしまった。彼を撃ったドイツ兵は、愛銃のマウザーKar98kのボルトを操作する。「カキン、カキン」。クリケットに類似した同銃のこの操作音を、哀れなアメリカ空挺隊員は味方の返答と勘違いしてしまったのだ・・・・傑作戦争映画『史上最大の作戦』のワンシーンである。
弾薬の性能が優れており、さらに発射装置たる銃の構造が優れているという二つの条件が重なって、はじめて名銃が成立するという説明は既述した。20世紀初頭の1901年に優秀な拳銃弾薬の9mmパラベラム弾を生んだドイツは、さすがに銃器大国だけのことはあり、ほぼ同時期の1905年、やはり優秀な小銃弾薬の7.92mmマウザー弾を生み出した。
マウザー社はドイツ屈指の老舗名門銃器メーカーながら、19世紀後半のドイツ小銃委員会による新しい軍用小銃の開発計画には参加しておらず、同委員会はGew88を制式化した。これに対してマウザー社は独自に次の世代を見据えた軍用小銃の開発を推進し、1898年にGew98を完成させた。同銃は、銃に固定された弾倉に、クリップを使って全弾を一括で装填できる構造を有していた。また、のちに世界三大ボルトアクション・メカニズムのひとつに数えられることになる、堅牢で信頼性の高いマウザー・アクションと呼ばれるメカニズムを備え、ボルトアクション構造の完成形のひとつとして、世界的に高い評価を得た。ちなみにボルトアクションとは、手動でボルトを前後に操作して連射を行う機構の名称である。
使用する弾薬は、当初はGew88との互換性を考慮して、円頭弾の8mmM/88I弾だったが、1905年以降は、弾丸が尖頭弾となった7.92mmマウザー弾仕様とされている。
当初、Gew(ドイツ語のゲヴェーア、小銃の意の略)98は全長が約1250mmもあった。その理由は、19世紀からの流れで白兵戦時に銃剣を装着し「槍代わり」に使うためだった。しかし近代戦ではそのような戦い方をする機会が少なくなったため、長すぎる全長を取り回しのよいサイズまで縮小することが優先された。こうして、全長を約1105mmに短縮したKar98k、本銃が造られた。なおKarとはドイツ語のカラビナー、つまり、全長が短い騎兵銃を示す言葉の略号だが、本銃が制式化された頃にはすでに騎兵は衰退期を迎えており、短い小銃に対する伝統的な名称として用いられていた。
7.92mmマウザー弾は強力な弾薬であり、ゆえに反動もそこそこであった。この反動を受け流すには、適度の銃の重さと銃全体の長さが必要だが、本銃は全長の短縮によって軽量化が図られ、そのせいで射撃時のバランスも変化した。ゆえに同じ7.92mmマウザー弾を撃つと、Gew98での射撃時に比べて本銃では反動を強く感じるようになったともいわれる。
しかし本銃は、第二次大戦におけるドイツ軍の主力小銃として大活躍し、同大戦前にはヨーロッパの多くの国が、本銃やその派生型を制式採用している。そのため生産数の総計は約14600000挺(異説あり)を超える。また、戦後のスポーツ小銃にはマウザー・アクションを用いたモデルも多いうえ、ドイツの敗戦によって放出された本銃は、世界中の小国で軍用、警察用として採用されたほか、民間向けスポーツ小銃へも多数が改造された。
【要目】
使用弾薬:7.92mmマウザー弾
全長:1100mm
銃身長:600mm
重量:約4kg
ライフリング:4条右回り
装弾数:固定弾倉に5発
作動方式:手動式ボルトアクション