日本の顔文字はデジタル上に、最初に顔文字が使用された日付・時間がはっきりと記録されています。1986年6月2日、聴覚障害を持つ若林泰志氏がパソコン通信「アスキーネット」の電子掲示板で使ったのが、その始まりだとされています。
そこで使われた顔文字はなんだったと思いますか? 答えは、今でも大人気の(^_^)です。発明者の若林氏は、これを文末に入れて、“サイン”として用いたそうです。その後「アスキーネット」のチャットで、ハンドルネームとして使われ始め、一気に広まっていきました。さらに、(^_^)を原型として様々なバリエーションが加えられていく中で、次第に“気持ち”を表現する使い方に変わっていきました。
(^_^)が、うれしい気持ちを表す「笑顔」、というのは今では当たり前のことです。しかし若林氏によると当初は「これを見て『顔だ』と気づく人は少なかった」そうです。(出典:http://deafcomic.jp/Others/FaceMark.html)
図1 最初の日本の顔文字 出典:若林泰志氏のHP ■アメリカではもっと前に、:-) と :-( が現れていた欧米ではどうでしょうか? 欧米の顔文字は日本の影響を受けたという説もありますが、実際は欧米式の顔文字は日本より先に使われ始めていました。
1982年9月19日、米国のカーネギーメロン大学名誉教授Scott Fahlman氏が学内の電子掲示板で使ったのが最初だとされています。

この顔文字が使われたきっかけは、学内の電子掲示板でジョークや皮肉を込めたメッセージが相手に真剣に受け止められてしまい、スムーズにコミュニケーションが取れないということがあったからです。そこでFahlman氏はジョークの場合はメッセージの最後に :-)、逆に、冗談ではない、真面目なメッセージの後は :-( をつけるように提案しました。つまり最初は、「嬉しい」「悲しい」という感情ではなく、メッセージが「冗談」か「冗談じゃない」かを明示するマークとして使われたということです。
ちなみに、Fahlman氏のHPに記載されている情報によると、同じ電子掲示板でも、#が笑いマークとして使われたり、\__/のような記号が笑顔を表すのに使われたりもしたそうですが、結局広まることなく姿を消していったそうです。(Scott Fahlman「Smiley」: http://www.cs.cmu.edu/~sef/sefSmiley.htm)
このように、欧米式の顔文字 :-) :-( は1982年、日本式の顔文字(^_^)は1986年と、どちらも1980年代に考案されたということになります。両方とも電子掲示板で初めて登場して、広まっていったという共通点があります。ただお互い影響を与えあったわけではなく、別々の流れで生まれたようです。
■1881年、紙の雑誌に顔文字が登場していた!では、デジタル時代以前はどうだったのでしょう。実は、それより100年前には文字や記号を組み合わせて顔に見立てる発想がありました。例えば、1881年の『Puck』という米国の風刺雑誌ではすでに顔文字が提案されています。

「タイポグラフィカル アート(印刷美術)」というタイトルの記事で、「この雑誌の印刷部は、活字記号だけを使って、芸術家や漫画家に負けないぐらい、あらゆる表情が表現できるぞ」と、4つの感情を表す顔文字が紹介されています。
左から「喜び(Joy)」、「憂鬱(Melancholy)」、「無関心(Indifference)」と「驚き(Astonishment)」です。3番目の「無関心(Indifference)」はちょっと分かりにくいですが、残りの3つはよく出来ていますね。括弧や点を組み合わせて作っている、という点で現代の顔文字と一緒です。
もう1つ面白い例があります。ロシア生まれの有名な小説家、ウラジミル・ナボコフが1969年のインタビューで、こう発言していたのです。
“I often think there should exist a special typographical sign for a smile; some sort of concave mark, a supine round bracket” ナボコフは「横にした丸括弧のような、何かスマイルを表す活字記号があればいいのに」と言っていますが、まさに顔文字に丸括弧が使われることを予言していたかのようですね。
(出典:http://nabokov-lit.ru/nabokov/intervyu/intervyu-uitmenu-1969.htm)
その他にも、17世紀のイギリスの詩人ロバート・へリックのポエムにこんな顔文字→ :) が発見されたり、1862年のリンカーン大統領のスピーチの写しに ;) (ウィンクの顔文字)が見つかったりするなど、いろいろな顔文字の痕跡があります。が、これらが本当にスマイルを表しているのか、単なる誤記なのかは判断が難しいところです。
■江戸時代の日本にも顔文字が
日本の顔文字の祖先も、少なくとも江戸時代まで遡ることができます。当時流行っていた遊びに、文字を組み合わせて物や人の輪郭に見立てる、「文字絵」というものがありました。ひらがなの「へのへのもへじ」の字を使って顔の形を作る文字絵がよく知られています。
ちなみに、現代の一般的な呼称は、「へのへのもへじ」となっていますが、図4にあるように、江戸バージョンには「へへののもへいじ」があったようです(近年でも、西日本などでは「へへののもへの」「へへののもへじ」という呼び方もあります)。「もへいじ」と「い」が入っていたのは、江戸時代には茂平次(茂兵衛治)さんがいたので、その名前がモデルになったのではないかとも言われています。

出典:2013年、筆者撮影
表すという点は現代の顔文字と同じです。現代はと言えば、広告やゆるキャラのデザインでも、文字をキャラクターの目や鼻に見立てる例をよく目にします。例えば、KUMONの広告ポスターは、「国語」を平仮名で書いた「こくご」は、「こ」と「ご」は目、「く」は鼻となっていて、現代版「へのへのもへじ」と言えるでしょう。

もう一つ、最近発見したのがゆるキャラの「松戸さん」です。松の「木」はちょっと薄めの髪の毛の部分、「公」は目と鼻、「戸」は口とひげ(かな?)になっています。目の形のせいか、私には少し悲しげに見えますが、日本人にはやさしそうで、そしてちょっと照れくさそうに見えるようです。松戸さんは、ツイッターのアカウント(@matsudosan333)もあって、顔文字化までされています。
以上かけ足でしたが、まとめてみましょう。顔文字がデジタル上で広く使われるようになったのは1980年代以降。発想としてはそれよりもっと前からあった。ひるがえって現代になると、SNSやメッセージアプリで使われる顔文字だけではなく、ゆるキャラや広告の世界など、幅広く浸透しています。
次回はその日本と欧米をまたぎながら様々な顔文字の具体例を紹介していきます ;-)