僕は昔からホルモンが好きだった。小さい頃から食べていたからね。世の中で一番うまい食べ物はホルモンだって今でも思ってる。
煮込みって料理は家庭では一般的じゃないかもしれないね。でも、うちは肉屋だし身近にあった。おやつなんて言葉もない時代だったけど、おふくろが作ってる最中に横から食べちゃうくらい好きだった。小さい頃は親の見よう見まねで煮込みを作ったこともあったな。
スタミナ苑から車で10分もかからないところに、父親が働いていた食肉処理場があった。小学校の低学年の頃からついていってセリを見ていたよ。
昔のホルモンの仕入れってのがまた変わっていた。なんせ食肉処理場に肉屋が自分で取りに行くんだから。
内臓がテーブルにズラーッと並んでて、おろしたてのレバーはまだビクビク動いて、湯気が立ってた。新鮮な肉と内臓が昔は簡単に手に入ったんだ。それを店に持ち帰ってさばいてすぐに提供する。当時はランチ営業をしていたから、タクシー運転手が仕事明けに店に来て、仕入れたてのまだあったかいレバーを頬張ってたよ。
大らかな時代だったね。狂牛病以降は脳髄の検査があるから、勝手に立ち入ることはできなくなったんだけどさ。
■「放るもん」はどう手に入れるか。ホルモンは闇市の時代からずっと続く伝統的な食材だ。昔は「放るもん=ホルモン」が語源って言われてるように、日本ではほとんど食べられることがなかった。でも、戦後は食料がないし、なんでも売られていた時代だった。
「牛肉が嫌い」っていう年寄りはいまでも多い。理由を聞くと、 「牛肉は臭いから」って言う。今の人はあまりわからないかもしれないけど、昔は家畜用の牛を潰して食っていたことがあった。処理技術も発達してなかったし、そりゃあ臭いよ。馬のサラブレッドも硬くて肉は食えたもんじゃない。
最近の肉は個体識別番号がついているから、どこで生まれて、どこで育てられたかってところまで全部わかる。でもね、実はホルモンだけは何産かわからない。ドバーッと一斉にバラして、内臓は一緒くたにしちゃうから、どこのもんだかわからないんだ。
狂牛病以降、内臓は問屋を通さないと絶対に手に入らない仕組みになった。実は牛の内臓ってなかなか手に入らないんだ。
それは供給量が決まっているから。
問屋の仕事はいいものを用意することだ。僕の仕事は、いいホルモンをお客に提供すること。そのためには長い年月をかけて築いた信頼関係が生きるんだ。
以前はホルモンをしめたその日に届けてくれたけど、今は狂牛病の検査があるから、翌日じゃないと届かない。
夕方の5時に内臓が来る。その日のうちに仕込みをしないと、翌日の営業で新鮮な内臓をお客に提供することができないだろ。だから僕は深夜に仕込みをするんだ。
例えば、今仕込んでいるホルモンは、新鮮だからきれいなピンク色をしている。これが時間が経つと、 だんだんドドメ色になっていく。 だからすぐに処理しなくちゃいけない。
お客さんを入れる前は、別にやることがあるし、内臓の処理にはどれくらいの時間がかかるかわからない。
だから僕は夜、営業が終わった後にじっくりと仕込みをするんだ。