2007年に米国で設立され、現在世界中で4000万人以上のユーザーを持つ、世界最大のオンライン署名プラットフォーム、change.org。


 社会問題などについて、誰もが簡単に署名募集のキャンペーンをサイト上に立ち上げることができ、時には世界中で数十万以上の署名賛同を集め、一国の政府を動かすほどの影響力を持つ。

 日本では12年夏に事務所が立ち上げられ、最近では島根県松江市の教育委員会が、市内の小中学校図書館においてマンガ『はだしのゲン』を閲覧制限し問題となった際には、change.orgで集まった署名を受け取り、教育委員会が閲覧制限を撤回したことが話題となった。

 そんなchange.org日本代表・ハリス鈴木絵美氏に、

「change.org設立の背景や、具体的な活動内容、署名活動の仕組みについて」
「現実的に社会的問題を解決した事例は?」
「資金面など、どのようなビジネスモデルで運営されているのか?」
「今後日本にオンライン署名、change.orgを浸透させるための戦略」

などについて聞いた。

--まず、change.orgの具体的な活動内容ついて教えてください。

ハリス鈴木絵美氏(以下、鈴木) change.orgは、現社長のベン・ラトレイが「インターネット上に、社会をよくしたいと思っている人のコミュニティーをつくりたい」と、2007年に設立しました。つまり、環境や性差別、人権などの社会問題に取り組んでいるNPO(非営利法人)と、こうした問題に関心の高い個人をつないだ、いわばSNS(ソーシャル・ネットワーキングサービス)のようなものを志向したわけです。ただ、サイトを立ち上げたものの、あまりにもテーマが幅広すぎたこともあり、なかなかコミュニティーができるまでには至りませんでした。

 ところが、2011年、南アフリカで強制的暴行を受けたレズビアンを支援する友人の女性が、change.orgの署名機能を使ってキャンペーンを展開したところ、瞬く間にその情報がFacebookなどを経由して世界中に拡散し、2週間で17万筆を上回る署名が集まったのです。

 南アフリカはLGBT(性的マイノリティ)に対する差別がひどく、例えばレズビアンの女性に対し強制的暴力により同性愛を治そうという行為が横行し、南ア政府はこうした行為をむしろ肯定しているのでは? という疑念の声も上がっていたのです。そこで被害に遭った女性が南ア政府に対して、「このようなことは間違っているという声明を出してほしい」とキャンペーンを立ち上げたわけです。結果的に、南ア政府から「防止に向け対応します」という回答を引き出すことができました。

 このキャンペーンは、図らずもchange.orgの持つ力を世界に示すことにもなったわけです。そして、これがきっかけとなりchange.orgは、動画をYouTubeに投稿するような感覚で、誰でもすぐに署名活動を始められるサイトに特化することになったのです。

現在世界中で4000万人以上がユーザーとして登録しており、その数は毎月100~200万人ずつ増えています。また、サイトは日本語版を含め、18言語に対応しています。

--誰でも署名活動を始められるのですか?

鈴木 はい。サイト利用に際してのガイドラインはありますが、基本的にどのようなテーマの署名活動でも立ち上げることができます。ただ、不適切な利用を発見したときには報告できるフラグ機能があり、その報告の数があまりにも多い場合には私ども自身がチェックし、不適切だと判断すれば削除することもあります。

 サイトから情報が拡散する経路を見ていると、ほとんどがFacebookを中心としたSNS経由となっています。つまり、SNSの実名性が、そのような危険なキャンペーンの拡散を防いでくれているわけです。

--change.orgのサイトには、「キャンペーン成功事例」が掲載されていますが、何をもって成功となるのでしょうか?

鈴木 私どもは署名活動をキャンペーンと呼んでいますが、キャンペーンが成功したかどうかは、あくまでもキャンペーンを立ち上げた発起人が決めます。発起人がこのキャンペーンは成功したと宣言すれば、成功です。ただ、発起人としても自分が立ち上げたキャンペーンが問題の解決に直接つながったかどうかわからないという、いわばグレーゾーンのものもありますね。その場合でも、気持ちを届けられた、自分は頑張ったと判断して、成功と宣言する人もいます。

●日本事務所設立の狙い

--日本に拠点を開設した理由は何ですか?

鈴木 私どもの目標は、すべての国に拠点を持つことです。

どの順で拠点を開設していくかのプライオリティーづけにおいて考慮したことは、インターネットの普及度と他国への影響力の2つでした。日本は今まで市民活動があまり盛んでなく、署名を集めたことのない人も多いですね。

現実を動かす新しい署名の仕組み、change.orgとは?その秘密とビジネスモデル

 しかし、東日本大震災以降、すごく日本人の意識が変わってきたと感じています。そこで、今ならすごくchange.orgが根付くポテンシャルがあるのではと考えて、拠点を開設することにしたのです。日本でうまくいけば、韓国や中国のサポートもこちらからできますからね。

 ただ、欧米ではすでにオンライン署名が普及しているため、「普段行っているオンライン署名をchange.orgでやりませんか?」というアプローチになりますが、日本の場合は、そもそもオンライン署名に馴染みがなく、それが何か? というところからユーザーを啓蒙していかなければいけないので、時間がかかります。今ではむしろそのほうがやりがいがあると思い、頑張っています。

--日本事務所のスタッフは何人ですか?

鈴木 3人です。私の仕事は、サイト運営とキャンペーンの発起人に対するサポートで、サイトの使い方に関する対応だけでなく、盛り上がっているキャンペーンをメディアに紹介するというような広報的な後押しもしています。3つ目は、change.orgというブランドを浸透させるための活動です。できるだけメディアへの露出を増やし、私たちがどういう団体なのかを説明するとともに、オンライン署名の啓蒙活動も行っています。

 わずか3人で国内10~15万人くらいをサポートしているわけですが、無数の人が活動できるプラットフォームを少人数で運営していけるようにしなければと思っています。

●誰でも立ち上げられ、現実的問題を解決する

--日本で立ち上がったキャンペーンで、具体的に問題解決につながった事例を教えてください。

鈴木 昨年、ベルギーを拠点に活躍している日本人バイオリニスト、堀米ゆず子さんがドイツの税関にバイオリンを押収された事件を受け、「堀米さんの所有するバイオリンがフランクフルト国際空港税関で押収され、巨額の輸入付加価値税の支払いを求められています。“仕事の道具”であるバイオリンは、無税として扱われるべきです。ドイツ政府にメッセージを送り、フランクフルト空港税関が堀米さんのバイオリンを無償で返すよう、呼びかけましょう」というキャンペーンが立ち上げられました。2週間で5000人の署名が集まり、それを駐日ドイツ大使に届けたところ、次の日に無償でバイオリンが戻されました。

 このキャンペーンを立ち上げた門多丈さんは、サラリーマン生活が長く、趣味はクラシック音楽という普通の人です。しかも、Facebookをやる以外は、ほとんどインターネットにアクセスすることはないそうです。そういう人でも、これだけ影響力のある活動を達成できるのです。

 また、上智大学3年の堀慎太郎さんは、「上智大学では休学時でも年間授業料の3分の1を支払わなければならず、他大学と比較しても大変高額。学生の選択肢と可能性を経済的な理由から狭めることになる」とキャンペーンを立ち上げ、オンラインとオフライン合わせて約1000人の賛同を集めて学生センターに提出しました。その後数カ月くらい粘り強く交渉したところ、休学時に支払う料金は13年度から年間6万円、半期3万円に引き下げられることになりました。

 最近の事例では、「松江市教育委員会は『はだしのゲン』を松江市内の小中学校図書館で子どもたちが自由に読めるように戻してほしい」と立ち上げたキャンペーンが多くのメディアに取り上げられ、話題になりました。

立ち上げからわずか4日間で、1万6000人を超える署名が集まりました。キャンペーンを立ち上げた樋口徹さんは、8月26日、松江市教育委員会に集まった署名を提出し、同日に開いた臨時会議の中で教育委員会は、「手続きに不備があった」と閲覧制限を撤回し、学校の自主性に任せることが決まりました。

--署名でそこまで現実の社会を動かせるとは、驚きです。

鈴木 従来であれば、10万筆単位で署名を集めるには、署名活動を組織化して、全国的な規模で展開しなければなりませんでした。しかし、change.orgの機能を使えば、個人でも数万筆単位で署名を集めることが可能性です。つまり、これまでは「自分一人が叫んでも、社会問題を解決することはできない」と何もせずに終わっていたような場合でも、change.orgのサイトでキャンペーンを立ち上げることで、世界中に情報を発信でき、賛同者を募ることが可能になったわけです。

 現在日本のユーザー数は10万人程度ですが、その数は着々と増えていますし、キャンペーンを立ち上げる人も多くなってきています。それとともに、成功事例も増えてきました。日本でも主体的に動き、自分たちで社会を変えていこうとしている人たちがどんどん増えてきているのではないか、という実感を覚えています。

●一企業としてのビジネスモデル

--change.orgの運営資金は、どのように賄っているのでしょうか?

現実を動かす新しい署名の仕組み、change.orgとは?その秘密とビジネスモデル

鈴木 広告収入で運営しています。change.orgのユーザーは、社会問題に関心が高く、自分たちでもなんらかのアクションをとりたいと思っている人です。そういう人たちに関心を持っているのが、社会問題を解決しようと活動しているNPOや市民団体なのです。

日本ではまだなじみが薄いかもしれませんが、欧米のNPOはマーケティングのための予算を持ち、自分たちの活動を広報しています。そういう団体から私どもは、ユーザーとつながれる場所だということで、FacebookやGoogleなどの大手サイトよりも有効なサイトという評価を得ているのです。つまり、NPOが政府に働きかける時には、私どものサイトで署名を集めることもありますから、大きな支援団体やアメリカのトップ100に入るようなNPOのほとんどに、change.orgの広告主となっていただいています。

--しかし、サイト上にはバナー広告などは見当たりませんが。

鈴木 私どもの広告は、例えば動物愛護のキャンペーンにあるユーザーが賛同するとした時に、その後にウインドウが開いて、「この動物愛護団体はこういうキャンペーンをやっていますが、関心ありませんか?」というメッセージが現れ、そこに賛同すると、ユーザーはその団体のメールマガジンに同意の上登録されるというような仕組みで、ただ表示されるバナー広告と比べて、よりダイレクトにユーザーと結びつくことができる仕組みを備えています。

--日本のNPOで、すでに広告主になっているところはありますか?

鈴木 これからですね。日本では寄付文化がまだ浸透していないので、ほとんどのNPOがボランティアで活動しています。彼らは、自分たちがやっているプログラムが本当に大変で、余裕がない場合が多いため、あまり積極的に日本のNPOに働きかけることはしていません。それに、一つの国で50万人くらいのユーザーがいないとビジネスモデルが成り立ちませんから。アメリカ、イギリス、オーストラリア、スペイン以外は、とにかくユーザー数を増やすことが目下の課題ですね。

--ユーザー数や広告売り上げなど、現時点で具体的な数値目標はありますか?

鈴木 ベン・ラトレイ社長はスタンフォード大学出身で、エンジニアもシリコンバレーで育っているので、データ分析や数字に強いため、4半期ごとにユーザーの伸び、メディア獲得数などについて明確な目標値を設定します。そして、アメリカやイギリスなど、すでに収益化に成功している国の法人にはセールスチームがあり、広告主であるNPOに働きかけるという活動もしています。

もちろん毎月のセールス目標もあり、そういう点は一般企業の営業と同じですよ。ただ、働きかけているところがNPOや社会団体、市民団体というだけです。

 それからもう一つ重要な指標としてとらえているのは、立ち上がったキャンペーンのうち、5人以上の賛同者が集まったキャンペーンの数です。私どもとしては、すべてのキャンペーンがきちんと拡散されるようなサイトにしなければいけないと思っています。そのためには、発起人に対してそのキャンペーンを運営していくためのアドバイスをすることも大切で、ベストプラクティスは常に社内で共有しており、例えばイタリアで成功したキャンペーンの手法は、日本でも使えるというような仕組みが整っています。

--今後日本にオンライン署名、change.orgを根付かせていくための戦略について、教えてください。

鈴木 人口に対するchange.orgユーザーの比率が一番高いのは、スペインです。スペインは、人口2000万人のうち、300万人が私どものユーザーとなっており、change.orgで展開されているキャンペーンがもはや国レベルの政治を左右するまでになっているのです。今まで全然耳を傾けてもらえなかった人の意見でさえも、直接大統領に届けられるというようなことが毎月のように起きています。

 このように、一人ひとりが声を上げることに対して違和感がない、そういう文化があるのはすごく素晴らしいと思います。日本でももう少し言いだしやすい、問題を感じたときに一言言っても叩かれない、あるいは自分が経験してきたことに関して自信を持ってそれを主張できる、そういう文化が根付いたらいいなと思います。

 ただ、日本には独自の文化があります。つまり、こちらがいろいろ仕掛けをしていても、全然考えもしなかったところからキャンペーンが出てきますし、これはうまくいくと思ったキャンペーンが全然うまくいかないときもありますね。だから、こちらが何か戦略を立てて、その方向にユーザーを誘導していくのではなく、コミュニティー自体が動いている、ユーザー自身が主体的に動いている、そういうサイトにしていきたいと考えています。そして、日本ならではのオンライン署名活動というものをつくり上げていきたいと思います。

--ありがとうございました。
(文=編集部)

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