就任会見のやりとりを見ている限り、この籾井氏はかなり強気で傲慢な人物に見える。三井物産副社長や日本ユニシス社長などを経てNHK会長に就いた。メディアの世界は初体験であり、財界的にもまったくの無名、しかも経営手腕も未知数であるのに、就任早々からこれほどまでに傲慢でいられるのはなぜか。それは、バックにJR東海の葛西敬之会長がいるからである。NHK会長職もこの葛西氏の強い推しがあったことで得られた役職であり、率直に言えば、籾井氏は葛西氏の「傀儡」なのだ。少し長くなるが、その構図を説明する。
日本経団連は安倍政権との太いパイプもなく、政治的にはほとんど影響力を持たないのが現状である。そうした中で、財界で安倍政権に最も大きな影響力を持つのが葛西氏であり、「陰の財界総理」といわれている。葛西氏は安倍政権の最大の財界ブレーンである。
葛西氏は、「四季の会」という財界人や学者が集まる会合を主宰しているが、その会合は、第一次政権で首相になる前から安倍氏を応援してきた。
葛西氏はまず、メディアへの影響力を持ち、愛国教育を日本に普及させたいと考えている。このため、NHKへの影響力を強めようと、民主党政権時代に腹心の松本正之元JR東海社長をNHK会長に送り込んだ。昨今の財界も人材難であり、かつグローバル競争にさらされている企業は経営トップが超多忙な日々を送り、公職を引き受ける余裕がないが、JR東海は、東京-新大阪間の新幹線を収益源とする独占企業であり、日本で最もゆとりがある企業だ。独占企業の「ゆとり」を背景に葛西氏はNHK支配を画策して松本氏を送り込んだ。
●経営委員会のメンバーを入れ替えところが、葛西氏のもくろみに反して、この松本氏は意外にも「常識人」であり、「葛西氏が、反中国や反韓国、戦争を美化する右翼的な番組制作をNHKに求めたが、松本氏はすべて拒否。かつての腹心の部下ではあっても、公共放送トップとして、やってはいけないことの分別がついていた」(財界関係者)。松本氏はJR東海社長時代から、暴走してあちこちで摩擦を起こす葛西氏の尻拭いをしてきたが、同時に能力も高く、部下からの人望も厚かった。要は、まともな経営者なのである。
この「まともさ」が葛西氏の逆鱗に触れた。腹心に裏切られたのだから、その怒りは収まりようがなかった。
1月25日の就任会見で話した内容も、葛西氏の考えを代理で語っていると思っていいのである。要は、NHKの事実上の会長は葛西氏なのである。葛西氏は前述したように、愛国心教育の普及と原発推進に熱心で、徴兵制導入も煽っているとされる。思想的には安倍首相とぴったり重なる。一部では「対中国との開戦も望んでいる」(名古屋財界)との声もある。
NHKが「安倍・葛西流国益放送」になる日も近づいている。すでに2015年の大河ドラマがまったく無名の存在だった長州藩(山口県)出身・吉田松陰の妹を描く『花燃ゆ』と決まったのも、安倍首相の地元(山口県)に配慮してのことと見る向きもある。大河ドラマの舞台となれば、観光収入のアップなど地元への波及効果が期待される。
葛西氏は15年4月に、JR東海の代表取締役会長から代表取締役名誉会長に就く。名誉会長という文字通り名誉職に退きながら、代表権を持って取締役に残ること自体、日本のコーポレートガバナンス上、極めて異例なことだ。上場している大企業ではほとんど見られない役員人事でもある。後進に道を譲らず、自分が事実上のトップとして君臨し続けて影響力を残そうということであろう。こんな人物に公共放送であるNHKがハイジャックされていることを、受信料を払っている国民は知っておくべきである。
(文=編集部)