メガバンク勤務後、アメリカのビジネススクールでMBAを取得し、今では幅広い企業の戦略立案やマネジメント教育に携わる安部徹也氏が、数多くのビジネス経験やMBA理論に裏打ちされた視点から企業戦略の核心に迫ります。


 前回記事『ソニー、VAIO売却は必然?メーカーに“不利な”パソコン業界の“魅力”を分析』では、ソニーのパソコン事業売却の背景を、米ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター教授が考案したファイブフォース分析を使って読み解いてきました。

これにより、5つの要因(「売り手の力」「買い手の力」「代替品の脅威」「新規参入業者の脅威」「業界内の競争の程度」)すべてにおいてパソコンメーカーにとって不利な条件となり、パソコン事業自体が構造的に利益の上げにくい業界であることが浮き彫りとなりました。

 利益の上がらない業界で成功を収めるためには、コストリーダーシップ戦略で規模を追求し、マーケットシェアトップを目指していく必要があるといえます。

 つまり、収益の上がりにくい構造の業界でマーケットシェアが低ければ、利益を上げることに苦労するばかりか、ある程度の規模が確保できなければ、損益分岐点にも到達せずに赤字を計上してしまうことにつながるというわけです。

 このようなパソコン業界を取り巻く厳しい事業環境の中で、マーケットシェアがグローバル市場でわずか1.8%だったソニーにとっては、激しい値下げ圧力で営業赤字が続くパソコン事業撤退の決断は、致し方ないことだったのかもしれません。

 ただ、撤退以外に方法はなかったのでしょうか?

 前出の5つの要因において、一つひとつ不利な条件を覆す戦略を検討し、実行に移すことができれば、決断はまったく違ったものになっていたかもしれません。

 今回はパソコン事業でも大きな成功を収めているアップルを取り上げ、ソニーがいったいどのような事業戦略を追求すべきだったのかを、ファイブフォース分析の観点から検証していくことにしましょう。

(1)売り手の力

 パソコン事業において主要部品であるOSやCPUを提供するマイクロソフトやインテルは、非常に強力なパワーを持っています。このような供給業者から原材料を仕入れる際に、“買い叩く”などはできるはずもありません。つまり、仕入れ値にはマイクロソフトやインテルの希望が色濃く反映されることになるのです。

 ここで「売り手の力」を弱めることがソニーにとって収益力アップにつながるわけですが、そのためにはマイクロソフトやインテルから原材料を仕入れるのではなく、他の売り手から原材料を仕入れればいいということになります。

 100%他社から仕入れることは難しくても、1社でも強力な競合を仕入れ先に加えることができれば、「売り手の力」を大幅に弱めることもできるでしょう。

 例えば、アップル製パソコンのCPUはかつてインテルではなくモトローラでしたし、OSはマイクロソフトのWindowsではなく、自社製のMac OSを使用しています。

つまり、アップルの場合はソニーと違って、売り手との力関係で自社のほうが圧倒的に強い力を発揮できる状態を築き上げることに成功しているのです。

(2)買い手の力

「買い手」とは商品の販売先であり、パソコンメーカーにとってはヤマダ電機のような家電量販店が主な買い手であり、現状の力関係は圧倒的に買い手のほうが上回っています。

 それでは、この「買い手の力」をどのようにすれば弱めることができるでしょうか?

 その答えはもちろん、家電量販店を主要な販売網としないことです。つまり、インターネットを通して最終消費者にダイレクトに販売したり、自社の販売網で販売したりすればいいのです。実際にアップルは、自社で運営するApple Storeが主な販売ルートであり、家電量販店に販売を頼る必要はありません。Apple Storeは坪当たりの売上高が世界一を誇るなど、アップルにとって自社のオンラインストアを含め、主要な販売ルートとなっているのです。

 こうした理由から、買い手との強気の価格交渉が可能となり、Windows PCが家電量販店の店頭で発売後短期間で値崩れを起こす中、ほとんど値引きすることなく販売することが可能になり、安売りによるブランドイメージの毀損や利幅の縮小を避けることができているのです。

(3)代替品の脅威

 パソコンの代替品としては、スマートフォンやタブレットが挙げられ、低価格化と機能の向上が著しいスマートフォンやタブレットはパソコンにとって大いなる脅威になっています。

 そこで、この「代替品の脅威」を避けるためには、パソコンにスマートフォンやタブレットでは実現できない高い機能を持たせるという方法も考えられるでしょう。スマートフォンやタブレットでは処理できない高い付加価値を持つ機能がパソコンにしかなければ、「代替品の脅威」を弱めることができます。

 ただ、アップルはスマートフォンやタブレットといった現在成長著しい代替品と競争するのではなく、それぞれが補完し合える機能を搭載し、共に成長につなげる戦略を取っています。つまり、iPhoneやiPadが成長するに伴って、Macの売上も上向くような仕掛けを施し、相乗効果を狙っているのです。

(4)新規参入業者の脅威

 パソコンの組み立て自体はなんら難しいものではなく、参入障壁は限りなく低いといえます。つまり、もしパソコン事業で高い利益が見込めるとなれば、どんどん新たな企業が参入し、競争が激化してくるということです。

 それでは、このような新規参入業者をどのような方法で食い止めることができるでしょうか?

 もしマーケットシェアが大きければ、大規模生産を行って効率化を図り、参入しても十分な利益が出ない水準に価格を設定することで、新たな企業の参入を躊躇させることができます。ほかにも、差別化された商品を投入してブランドを築き、新規参入業者がどんなパソコンを投入しても揺るがないファン顧客を育成するという方法もあるでしょう。

 実際にアップルは、iMacやMacBook Pro、MacBook Airなど、デザインに優れ、差別化されたパソコンを次々に投入し、ファン顧客を魅了し続けています。

 このような新規参入を防ぐ戦略は、取りも直さず5つ目の要因である「(5)業界内の競争の程度」を低くする効果もあり、うまくいけば業界内で独自のポジションを築いて高い収益を上げることにつながっていくことになります。

 このようにファイブフォース分析は、一般的な事業の魅力度を測ることができると同時に、自社が業界で競争優位を築くための事業戦略を立てる際の有効なフレームワークとなり得るのです。

 今回ソニーはパソコン事業を売却し、同事業から撤退することを決断しましたが、1997年に衝撃的なスタートを切って以来、常に業界で独自のポジションを築くという目標を掲げ、5つの要因から事業戦略を考えていたら、もしかすると今とは違った結果が待っていたかもしれないと思うと、非常に残念な気もします。
(文=安部徹也/MBA Solution代表取締役CEO)

ソニーはVAIO売却しか手がなかったのか?~アップルとの比較で事業戦略を検証
●安部徹也(あべ・てつや)
株式会社 MBA Solution代表取締役CEO。1990年、九州大学経済学部経営学科卒業後、現・三井住友銀行赤坂支店入行。1997年、銀行を退職しアメリカへ留学。インターナショナルビジネスで全米No.1スクールであるThunderbirdにてMBAを取得。
MBAとして成績優秀者のみが加入を許可される組織、ベータ・ガンマ・シグマ会員。2001年、ビジネススクール卒業後、米国人パートナーと経営コンサルティング事業を開始。MBA Solutionを設立し代表に就任。現在、本業に留まらず、各種マスメディアへの出演、ビジネス書の執筆、講演など多方面で活躍中。主宰する『ビジネスパーソン最強化プロジェクト』は、2万5000人以上のビジネスパーソンが参加し、無料のメールマガジンを通してMBA理論を学んでいる。