芸能プロダクション社長が、自社所属グラビアタレントに結婚を前提とした交際をしている男性がいることを知り、そのタレントに対して男性と別れるか違約金5000万円を払えと迫り、裁判で争っている事件がある。
当事者の一方は、有限会社バックアップ・プロモーション社長の八木康夫氏。同社は東京都渋谷区笹塚にオフィスを置く芸能プロダクションだ。事務所スタッフは社長を入れて2人、タレントは現在4人所属している。
陳述書によると、八木氏は10代の頃からアイドルのファンで、当時人気絶頂の南野陽子のマネージャーになった。そこで金にまみれた世界を見てしまう。その当時の南野と所属事務所の関係は最悪で、「芸能人として、人気があることが必ずしも当人にとっての幸せではないことを痛感」した八木氏は、理想のプロダクションをつくろうと決意し、21歳で運送会社を設立。そこで得た利益を元に25歳で「純粋な夢と信念を持って芸能界に入る女の子たちの夢を手助けしたい」という気持ちから、バックアップ・プロモーションを設立したという。
芸能界では、利益追求に走るあまりタレントを使い捨てするプロダクションも多く、20歳を過ぎるとお払い箱となることも珍しくない。そんな中、八木氏の理想は、「タレントと事務所が手を取り合って、二人三脚で『何でも話し合える小さなプロダクション』をつくること」だった。
●濃厚な人間関係を重視するプロダクション こうした動機から、八木氏の会社には設立からの21年間で24人しかタレントは所属しておらず、在籍希望者の99%を断り、採用までには10回近い面接をし、自社や芸能界のデメリットを話し、それでも入りたいという強い意志を持ち、「“腹を割って”話せる女の子のみ」を採用してきたという。
さらに八木氏は、南野のマネージャーだった時、つきっきりだったことを挙げ、「タレントと365日ほぼ24時間を共にするマネージャー(八木氏自身、社長兼マネージャーとして自社タレントと接している)は、ある意味、家族や恋人より遥かに密度が濃い関係で、お互いの本質を垣間見る職業。
こうして現在、在籍するタレント4人はいずれも高校生の頃から所属し、15年以上の付き合いで、「4人全員が15年近く所属しているのは、この業界では奇跡」と述べている。
また、八木氏は、「経営は、利益を度外視してタレントの夢を叶えることを第一にやってきた」といい、20年で黒字計上は一度だけで累積赤字は2億円に上り、蓄えを切り崩しながら運営しており、「会社という概念より、ボランティアや夢への投資の気持ち」で、「私にとっては所属タレントが売れる/売れないは関係なく、アイドルとして美しい存在であり、常に輝いてもらいたい。自社のタレントの第一のファンはまず、自分であるとの心得から、タレントに愛情を注ぎ大切に育ててきた」という。
この濃厚すぎる人間関係を重視した企業カルチャーが、事件の背景にはある。
そんな八木氏は08年に、知人を介して10代前半からグラビアアイドルとして活動していたタレントの山本早織と会い、同年11月30日、タレント契約を結んだ。契約期間は2年間で、早織のタレント活動の有無にかかわらず、契約期間中、月額12万円が支払われることとなった。その後、早織は雑誌やDVD、ラジオ、テレビ、映画などでタレント活動を行った。八木氏と早織は1週間のうち5日近く一緒にいて、食事や映画、温泉、買い物、ライブ鑑賞にも八木氏のポケットマネーで行っており、良好な人間関係に見えた。10年11月には2年延長契約を結んだが、翌年、事態は急変するのだった。
それは11年9月11~14日にかけて、DVD撮影で沖縄へ行った時のこと。撮影スタッフであったDVD制作会社シュライン・ヴァレイの宮谷和成氏のSDカードが容量オーバーとなり、急遽、早織の私物のカメラのSDカードで対処した。
すると八木氏はホテルの早織の部屋を訪れ、強い口調で「河原と一緒に写っている写真がある。付き合っているのではないか?」と3時間にわたり追及した。早織は「写真は3年以上前のもので、今は別れており交際していない」と答えたが、その後も「本当はまだ河原と付き合っているだろう」としつこく問い詰めた。
根負けした早織は交際を認め、河原氏から結婚を申し込まれており、八木氏の了解が得られれば、13年1月頃に結婚したい旨を告げた。
それに対し八木氏は結婚を認めず、11年11月3日に早織、河原氏と話し合いの場を設け、「DVD発売も控え、ラジオなど仕事も順調なので、私が許可するまで二人は連絡を取り合うことも会うこともしないように」と強引に約束させたという。
●5000万円払えと威圧しかし、その話し合いから10日後の11月13日20時、八木氏は早織を食事に連れて行こうと、都内の早織の自宅へ車でやってきた。ちょうどその時、河原氏とばったり会った。河原氏を見た八木氏は激怒し、「どういうことだ」「会うなと言っただろう」と怒鳴り、近所に響きわたるほどの大声で「山本は、親のものでも河原のものでもない」と絶叫した。早織を車に乗せて事務所へ連れて行き、深夜2時まで延々と「契約違反だ。賠償金5000万円払うか、契約を3年延ばせ」「お父さんが保証人なんだから、家を売っても払え」「契約を延ばしたら河原と会えないぞ」「もし、次に河原と会ったら、河原を訴える」と威圧。その場を逃れたい一心で、早織は「河原さんとは別れます」と言った。
この一件から2週間後、ラジオ番組収録のために八木氏の車でスタジオへ向かう途中、早織は恐怖とストレスで突然、号泣。収録はなんとかこなしたが、帰宅後、部屋で声を上げて泣き続け、過呼吸状態に陥り、体が震えて嘔吐した。その日以後、次第に仕事がない時はベッドで横たわり、立ち上がることもできない状態になり、体重は約5kg落ち、目に見えて痩せていった。その後も八木氏による威圧は続き、耐え切れなくなった早織は、ついに「もう契約は続けられない」と八木氏に告げた。
すると、八木氏の態度が一変し、次のようなメールを早織に立て続けに送った。
「君を信じているからね」
「山本早織の事が必要です。山本早織を失うのは耐えられない。本当に頼みます。追い詰めてしまったことは心からお詫びします。それだけ君を失うのが怖かったんだよ」
「なんとか山本と、もう一度手を取り合って歩きたいです」
「映画や日帰り温泉や、約束してた伊勢神宮や芸能以外のビジネスプランなんかも、あれこれ途中の夢がたくさんあります」
「あの泣きじゃくり見せられたら、ますます山本に情が湧いて、今じゃあとてもじゃないけど山本を失うなんて絶対に不可能」
「別れられる男はいない」
抑えがたい恋愛感情を爆発させた八木氏――暴走はさらに続くのだった。
●佐々木奎一(ささき・けいいち)
「My News Japan」を中心に、「別冊宝島」や「SAPIO」「週刊ポスト」などで執筆するジャーナリスト。企業のパワハラや不当解雇などの労働問題を中心に、政治家の利権や原発問題に絡むメディアの問題なども取材をする。
※なお、本事件の詳細については、ニュースサイト「My News Japan」の14年4月11日付記事『芸能プロ社長が所属タレントにストーカー行為、婚約者と別れるか違約金5千万円払えと迫り敗訴』をご参照ください。