分譲マンションにおける高圧一括受電とは、民間企業が東京電力などの大手電力会社と単価の安い高圧電力契約を結び、変圧して住民に供給するというもので、マンション共用部などの電気料金を安く抑える。東電管内では、昨年度末時点で既存マンションの約3%、新築マンションの約40%が導入しているとされる。参入企業はこの高圧電力料金と家庭電力料金の差額を利益の収益源とし、その収益の一部をマンション共用部分の電気料金の引き下げに還元し、マンション管理組合と持ちつ持たれつの関係を築いている。
このように導入側にはコスト低減というメリットがある一方、さまざまなデメリットも指摘されている。その一つが停電リスクである。民間企業が設置する変圧器などの受電設備は、保安確保及び波及停電事故防止のために技術基準遵守義務等の規制を受け、導入時の長時間の停電だけでなく、1~3年に1回の受電設備の点検が義務化されており、その際、停電のリスクが発生する(後述参照)。また、参入企業が仮に倒産した場合、マンション内にその企業が設置した変圧器などの受電設備は差し押さえ対象となる。マンション管理組合がその受電設備を買い戻すには多額の資金が必要となり、それが用意できなければマンションの電気供給にも影響が出かねない事態となる。
このようなデメリットがある中で、導入の可否はマンション管理組合の総会で議論され決められることになるが、組合総会決議はあくまでもマンションの共用部分にしか法的拘束力がなく、住民の専有部分には法的拘束力はない。一方、高圧一括受電はサービス提供企業と全マンション住民との受電契約がなければ成立しない。当然、停電リスクを嫌ったり将来的な電力供給の不安定性を懸念する住民もいる中で、大規模マンションになればなるほど契約締結は困難になる。●住民に訴訟をちらつかせ、合意を迫る
そのためトラブルも頻発しており、例えばオリックス電力は、自社の社員が導入を検討しているマンションの管理組合理事会に出席して、契約締結を拒んでいる住民対策を指南しているという。
「オリックス電力から住民を説得するための文書案として2パターンが提示され、一方は『訴訟も辞さない』旨の文言があり、他のマンションでも効果はあったとのことである」(導入検討マンション管理組合理事会議事録より)
そのオリックス電力が指南したとみられる文書は、次のような文案となっている。
「今後も『変更手続書』をご提出いただけない状況が続く場合、前述の区分所有法上の共同利益に反する行為として訴訟も辞さないと3月の理事会で結論に至りました。(略)期日までにご提出の確認ができない場合は、次期総会にて訴訟の準備に入らせていただきますこと、ご容赦願います」
この問題は国会でも問題となり、「分譲マンションの高圧一括受電導入における諸問題に関する質問主意書」(紙智子参議院議員)が内閣に提出された。この質問主意書の中で、「管理組合総会での高圧一括受電導入の議決は、住民の民間電力会社との契約行為に対してもその議決の効力が及ぶのか」との質問に対して、政府は次のように回答している。
「一般論として、区分所有者集会の決議事項が、共用部分の変更または共用部分の管理に関する事項に該当するとして、それが専有部分の使用に特別の影響を及ぼす時は、その専有部分の所有者の承諾を得なければならないとされており、当該所有者の承諾を得ない決議は効力を生じない」
要するに、仮に管理組合の総会で高圧一括受電導入が議決されたとしても、それはマンションの共用部分にしか適用されず、マンション住民の専有部分には住民の同意がなければならないとしている。国土交通省の担当者も、「仮に訴訟になっても、契約締結を拒んでいるマンション住民が負ける可能性は低い」との見通しを示している。●停電リスクと、その回避策
では、高圧一括受電導入マンションの停電リスクはどうであろうか。2011年の東京電力福島第一原子力発電所の事故に端を発する計画停電で、停電リスクがいかに国民生活に困難をもたらすかが明らかになった。特に、在宅医療の普及により、近年増加するALS人工呼吸器、電動ベッド、加温加湿器、心電図計、酸素供給器、経皮酸素モニターなど電力で生命の維持を図る療養者にとって、停電リスクは命にかかわるのであり、あってはならないものである。また、停電リスクは、エレベーター停止による利便性の低下、救急搬送や消火ポンプ等への対応、オートロックやインターホン等の停止によるセキュリティの低下、給水ポンプ停止に伴う水道水、トイレの停止による利便性の低下、冷蔵庫、エアコンの停止、パソコン、インターネット、電話の利用停止などさまざまな障害をもたらす。
では、停電リスクを回避する方法はないのであろうか。経済産業省は8月29日に「高圧一括受電マンションにかかる年次(停電)点検方法の検討状況」という報告書を発表し、停電することなく点検する方法として、非常用発電機や移動用電源の利用、系統の二重化、バイパス工法を明示した。
現在、マンション管理組合は住民が自主的に運営しているケースは少数であり、管理委託企業に委託しているところが多く、高圧一括受電企業はそうした会社に売り込みを図っている。そして、マンション管理組合の役員は委託会社からの提案を受ける際にはメリットだけが強調され、組合総会に提案されることになる。停電リスクやその回避方法も議論されないまま総会で議決されるのが、現在の状況である。そして、停電リスクを嫌って契約締結を拒否する住民に対しては、脅迫とも受け取れる文書で抑えつける状況が横行しているのである。
このような分譲マンションを舞台とする高圧一括受電ビジネスについて、法的な規制が今まさに求められているといえる。
(文=小倉正行/国会議員政策秘書、ライター)