『人口推計でわかった「公的年金の絶望的未来」
こうなったら保険料未納しかないのか――』
これは、今から17年前の2002年2月、「サンデー毎日」(毎日新聞出版。当時は毎日新聞社)に掲載された拙稿につけられていたタイトルである。
そして17年後。ついに政府は、年金による「公助」の限界を認め、国民に「自助」を迫るに至った。さらに政府からは、定年を70歳に引き上げようという話も唐突に出てきたが、これにしても年金の給付開始年齢を引き上げるためのこと。
そこで17年ぶりに拙稿を読み返してみたところ、まるで今の年金の惨憺たる状況を予言していたかのような記事だった。なので、この機会に再登場してもらうことにした。記事に登場していただいた方々の肩書は当時のままとし、加筆・修正も最小限にとどめた。
なお、記事を執筆した2002年の時点では、国民年金の未納に対する罰則はなかったが、現在は罰則がある。滞納者には最高で年14.6%もの延滞金が発生。財産の差し押さえもされる。この17年の間に年金は、もはや税金となんら変わりのないものへと変質していた。
※以下、「サンデー毎日」(2002年2月17日号)掲載拙稿の再掲載(一部、加筆・修正)。
年金は本当に「将来の保障」となりうるのか? さまざまな方面からの批判に晒され、「事実上、すでに破綻した」とまで揶揄されることさえある、我が国の年金制度。そんな年金を、真の保障制度へと生き返らせる、とっておきの方法をお教えしよう――。
日本の総人口が50年後の2050年までに、どのように推移していくかを予測する国の「将来推計人口」が2002年1月30日、発表された。国勢調査の結果に基づき、国立社会保障・人口問題研究所(社人研)が5年ごとに弾き出すこの数値は、これまで公的年金の財政計画などに用いられてきた。つまり、国はこの推計人口を基に、年金保険料の引き上げや、年金給付額の見直しを行なってきたわけである。
ところで、発表されたレポートの中で特に強調されているのは、1人の女性が一生のうちに平均何人の子どもを出産するかを表す「合計特殊出生率」(以下「出生率」)が、すさまじい勢いで下がり続けていることだ。これまで社人研では、この下落傾向は数年もすれば底を打ち、その後は上向くと予測してきた。が、現実はこのシナリオを大きく裏切り続け、1999年には過去最低の「1.34」人を記録している。
言うまでもなく、日本中すべてのカップルから生まれる子どもの数が2人以下だと、必然的に日本の人口は減り始める。社人研による出生率の新推計値でも、50年間ほぼ横ばいで推移し、2050年時点での出生率は「1.39」人と予測。ちなみに、1997年に出された推計値では、楽観的な「1.61」人という予測になっていた。
社人研・人口動向研究部の高橋重郷部長は語る。
「97年に出生率の全国調査を行なった際、『少子化』傾向はデータ上でも確認された。だから日本の場合、出生率はなかなか回復に向かわないだろうというのが、我々の考え方です。東京に至っては、今や『1』ぎりぎりのところ。社会の変化は結婚や出産行動にも関わってくるわけですが、日本ではそれが極めて悪いほうに進んでいると…
貯金していたほうがよっぽどマシそこで問題となるのは、“出生率はきっと上向く”との楽観的なシナリオを基に描かれてきた「公的年金の財政計画」への影響だ。日本が超高齢化社会へと突き進む中、出生率が回復しないとなると、年金をもらう人だけが年々増加していく一方で、年金保険料を支払う人は年々減少していくことになるからだ。
三井住友グループ系のシンクタンク「日本総合研究所」の試算によれば、1930年生まれの既婚者で、妻が専業主婦である場合、それぞれが平均寿命(夫78歳、妻86歳)まで生きれば、支払った年金保険料総額の4倍以上の年金がもらえるのに対し、1970年生まれの場合は支払った額の7割程度しかもらえないという。同い年の単身者に至っては、なんと44%しかもらえない。
早い話、公的年金はすでに貯蓄ですらありえず、事実上の“掛け捨て保険”と化しているのだ。少なくとも若い世代にとっては、目減りしてしまう年金より、せっせと貯金していたほうがマシ――ということになる。
年金は「公的制度」であるにもかかわらず、ここにきて不公平極まりない制度となってしまった。
では、なぜこのような世代間格差が生まれてしまったのか。スタイルアクト株式会社代表取締役で不動産コンサルタントの沖有人氏は、次のように解説する。
「図1を見ていただければわかるように、年金計算の基礎としてきた『将来推計人口』は、過去20年間にもわたって予測を大きくはずし続けてきたんです。となれば、年金受給者が増加し、負担者が減少することなど『予測』できるわけがない。これが最たる要因に挙げられるでしょう」
作成:スタイルアクト(株)沖有人氏
しかも、2002年1月28日付朝日新聞によると、厚生労働省はこの新推計値を、2004年度の年金財政の再計算には使わず、予測をはずした1997年の推計値を多少修正して使うことを検討しているというのだ。年金制度の行き詰まりが露呈するのを少しでも先送りしたいという意図が見え見えである。
年金制度はまるで「ネズミ講」早く入った者だけが得をする――。これでは「ネズミ講」とさして変わらない。しかも、制度を運用する者が、事実上、制度が破綻しているのを隠したまま“客”を集めているとなれば、民間企業なら詐欺罪に当たる可能性もある。とすれば、そんなデタラメな年金制度にモノ申すには、一体どうすればいいのだろうか。このまま何もできず、泣き寝入りするしか道はないのだろうか。
まず考えられるのは「選挙」の機会を利用し、年金改革を選挙の争点に据える――という方法である。だが、ここで“世代間抗争”が勃発する。
年金改革の担い手は、“掛け捨て”状態に陥っている20代から40代までの有権者。
その上、高齢者のほうが常に投票率がいい。直近の国政選挙(2001年の参議院選挙)を見ても、20代から40代までの投票率は44%にすぎなかった。どうあがいてみても、数の論理では“改革勢力”に勝ち目はない。
そこで、厚労省が決して無視できないばかりか、年金制度の根幹までをも揺るがしかねないほど“パンチ”のある改革方法をお教えしよう。改めて言うまでもなく、今の年金制度では「財源の減少」が最も頭の痛い問題となる。つまり、年金制度を改めさせる効果的な意思表示の方法とは、「年金保険料を納めない」ことなのだ。特に国民年金の場合、たった一人でも即、実行に移すことができる。
何も「未納」が最適の方法だ――というつもりはない。だが、現状では庶民にはこれくらいしか対抗する手段がない、というのも事実なのだ。それに、納得できる制度に国が改めてさえしてくれれば、納付を再開してあげてもいい。
問題は「厚生年金」「年金保険料未納」のメリットとデメリットを簡単に整理しておくと、以下のようになる。
【メリット】
・貯金が増える。
・出生率の低下、運用利回りの低下、デフレ、国家財政の悪化等に伴い、年金支給額が減るリスクを回避できる。
・単身者の場合、年金支給年齢に達する前に亡くなると、国民年金の「遺族年金」を受けられない。が、このリスクも回避できる。
・いわゆる「DINKS」(DOUBLE INCOME NO KIDS=共働きで子どもがいないこと)の場合も、国民年金では「遺族年金」を受けられない。が、このリスクも回避できる。
・国民年金の場合、「未納」への罰則は何もない【注:記事の冒頭でも触れたように、現在は罰則がある】。督促状はくるものの、未納から2年が経てば時効が成立する。しかも、過去2年にさかのぼって未納分を納付することも可能。つまり、2004年の年金改革の行方を見極めた上で支払うことができる。おまけに、滞納に対する「差し押さえ」の制度を逆手にとれば、事実上、2年が過ぎても納付可能【注:2002年の記事掲載時の規則】。
【デメリット】
・未納を続け、年金保険料の納付期間が25年を下回ると、公的年金をもらえなくなる。
・督促状や電話等により、年金保険料を納付するよう繰り返し催促を受ける。
・「未納」運動が広がると、今後、国民年金の未納に対する「罰則」が法制化される可能性がある【注:現在は罰則がある】。
問題は、会社員が入る「厚生年金」の場合である。法人は、厚生年金保険への加入が法律で義務付けられている。一般に、大企業のほうが“有利”だといわれることもあるが、年金保険料は労使折半で納めるため、企業側にとってもこの支払いを極力押さえたい、というのが本音のところ。
そこで多くの企業では、保険料の額を左右する「月給」を減らし、その分、ボーナスを多くすることで保険料を“節約”してきた。だが、2003年4月からはボーナスまで含めた年収に対する「総報酬制」が導入され、保険料軽減の道は閉ざされようとしている。おまけに、サラリーマンが個人単位で「未納」を選択することもできない。給与から自動的に“天引き”されてしまうからだ。
しかも、事業主が保険料を未納し、督促状に記載されている納付期限を過ぎても支払わないと、その事業主は6カ月以下の懲役、または20万円【注:現在は「50万円以下の罰金」に引き上げられている】以下の罰金を科せられる。また、財産差し押さえなどの強制的な手段で徴収され、延滞金も年率14.6%の割合で課される。
その上、不景気の嵐が吹き荒れようが、赤字企業であろうが、お構いなしに納付を強いられる。実際、この差し押さえを引き金とした、いわゆる「社会保険倒産」も近年続発している。
罰則のない「国民年金」のご利用をどうぞようするに、厚生年金の場合は事実上、年金保険料の納付から逃れられないのである。となれば、「厚生年金」から「国民年金」に切り替える道を模索すればいいことになる。例えば、昨今の不景気で厚生年金保険料の支払いにすら苦慮しているような零細企業の場合、法人の従業員数をゼロにして“ペーパーカンパニー”化し、それまでの「給与」を、「個人事業者への支払い」の形に改めるのである。これで厚生年金の対象者はいなくなり、個人事業者となった“元・従業員”らは、国民年金の対象となる。こうなれば、たとえ支払わなくても「罰則」はない【注:現在は罰則がある】。
また、個人事業者たちには、全額所得控除の対象となる「小規模企業共済」という制度も用意されている。生命保険会社の個人年金が上限5万円の控除しかされないのに対し、これは最大84万円までの控除が可能。“掛け捨て”となるリスクもない。厚生年金よりよっぽどお得な運用方法と言えよう。
最後に、一言付け加えておく。そもそも、こんなことを考えなければならないような事態を招いたのは、公的年金の制度を事実上の崩壊へと追いやった「厚生官僚」たちなのだ。彼らには猛省を促したい。今回の「未納のススメ」に対し、彼らは「罰則の強化」で対抗してくるかもしれない。しかし、そんなことをしてみたところで、年金制度の抱える問題点を、さらに多くの国民の間に知らしめ、年金制度への反発を広めていくだけの話である。
それに、このまま「不公平年金」の問題を放っておけば、コトは年金だけの話では収まらなくなる恐れもある。若者らが高齢者らに対して抱く“被搾取”感覚は、年金制度を土台で支えてきた「相互扶助」の意識を薄れさせ、最悪の場合、高齢者を狙った窃盗や強盗事件が後を絶たなくなるかもしれない。世が極端に振れれば、治安の悪化さえ危惧されよう。高齢者も、若者に怯えて暮らすことを悲しく思うことだろう。
真の「年金改革」を達成させることは、未来の日本を救うことにもつながる。これ以上、問題を先送りすることはもう許されない。
※以上、再掲載ここまで。
厚労省・年金局長激白この記事が出た直後、厚労省の年金局長・T氏(当時)が「会いたい」と面談を申し入れてきた。「現場が強い危惧の念を抱いている」のだという。もちろん、取材としてお受けすることにした。年金局長への単独取材は大変異例のことだった。果たして、下々が抱く年金制度への「不信」や「不満感」は解消されるのか――。
局長 今回こうしてお話しするのは、それぞれの思いでこうして記事をお書きになられるということに対してとやかく言うという意味ではありません。ただ、こういう「未納のススメ」ということであれば、結局、今まで納めた方が「なんだ!」ということになってくるという強い危惧の念が、現場からも出てきております。また、こういうことが結局、納めなかった人が困ることになると考えます。そのような意味で非常に大きな心配をしております。
――どうぞお話しください。
局長 年金というのは、現に年老いた時の生活水準に対して、ある程度価値のある、使いでのあるものでないと意味はないわけです、極端に言って。自分の貯蓄で一生終えてみせるという方は非常に稀で、相当のお金持ちだと思いますね。それでも大きな歴史の波、インフレをくぐれば、何億円という貯蓄を持っている人だってダメかもしれない。個人がその時々の稼ぎの一部を高齢者に移転する。だから、その時々の時代の水準に応じた年金が給付できる。これが実は公的年金の究極の論理なんです。
皆さん、若い層が年金にすごい不満感を持っていらっしゃると言われますが、我々が安心して自分の賃金を自由に使っているのは、親が年金をもらっていて、親に対する仕送りの負担が非常に少ないからなんです。率直に言いたいのは、貯金で自分の身は守れるか、ということ。普通の庶民には(年金の)代替案はないんです。
それに、ある程度、損になったから、親孝行しないという話はない。昔はいわゆる第一次産業で、子が親を養うのは当然の姿で営々と続いてきたのが、サラリーマン化してできなくなったので、世代間扶養を社会全体で行なうという仕組みをつくった。それが公的年金なんです。確実に保障するのはこの方法しかないと。諸外国はどこも同じことをやって、年金制度をメンテナンスしてきました。
――なるほど。
局長 もうひとつ。未納者、今、年金を納めてない人は約360万人、全体の5%くらいなんです。この人たちはもらえないんだけれども、受給している人の数は急には減りません。従って、受給している人たちに対して約束を果たせない。保険料は上がっていっちゃうわけです。だから真面目に納めている人に迷惑をかける。通常、親は年金もらっていますから、結局、他の方のお世話で親がもらっているのに、自分だけが抜けるということです。
私どもは、納めない奴はけしからんということではなく、この制度は合理的であるということを若い人に強く訴え、義務を果たしてくださいと訴えているのです。
――年金制度自体を否定しようとして記事を書いたわけではないのですが。
局長 ただですね、未納が進んだら大変なことです。50年で人口が2割も減り、そのあともどんどん減ってしまうわけですね。そういう社会をどうするのか、どう考えるかという議論を行なった上で、年金制度をどうするかという議論を行なうべきで、そこの部分を抜きに、年金が大変だ、大変だと言っても、ますます国民は救いのない方向に行ってしまうわけですね。
年金に代わる対案があれば、記事にあるように制度が変わるまで納めないでおこうということはあるかもしれませんが、対案がなければご理解をいただきたいと思います。皆が支え合わなければ、本当に年金制度はつぶれます、本当に。それは、年金制度が悪いからつぶれるんじゃなくて、皆が年金制度の前提となっている保障というものを疑ったからです。私どもは、これしか合理的な方法はないと確信をいたしております。
――ここでは論議の必要性を提起したのであって……
局長 例えば、給付を落とすとか、負担を上げるとか、勇気を持ってそのようなことをお書きになるべきじゃないんですか。
――実は今日、そのようなお話もできたらと思って、やってきました。
局長 我々は今、その議論をこれから始めてもらおうとしているわけです。我々役人が独断で決めるべきではない。開かれた議論で、本当に国民に選び取っていただく。
――今回の記事は、まさに国民が今、年金に対して抱いている不満の声を集めたまでのことなんです。
局長 ただ、「こうなったら保険料未納しかないのか」とか、「ペーパーカンパニー化」とか……。この記事で私どもが最もショックを受けたのは、その部分なんです。政策論争について、私どもは忌避する気もなければ、今後とも大いに議論していただきたい。だけど、ここのところは、現場からも物凄い、どうなっているんだという声が殺到しているんです。どんどんこういう雰囲気が広がっていったらどうなるんだと、現場は心配しています。
――今、年金への不安が世の中に蔓延してきている。そのひとつの引き金になっているのが人口推計の話です。そういった時、一国民にモノを申す機会が果たしてあるんだろうかということを考察した結果、記事にも書いてありますように……。
局長 「ちゃんとやってくれたらまた納めよう」というけれど、対案もなしにそういうことをやるのは、本当に多くの、保険料を納め、国を信頼し、社会を信頼している人に対して非常に大きな悪影響を及ぼすと。私どもが問題にしているのはそこなんです。この不安を払拭するような改正をすべきだと、私どもは思います。その点はなんら、我々は否定していません。
――そもそも、そういう不安が国民の間に蔓延しないように率先して打開策なりを考えて提示されるのが、年金のプロたる厚生労働省のお仕事ではないのでしょうか。
局長 まったくそのとおりです。
――それができていないというのが現状じゃないんですか? 実際、年金の納付率は年々落ちてきていますよね。
局長 落ちています。非常に心配しています、それは。
――落ちている原因はどこにあるとお考えですか。経済的理由で払えないのか、年金に対するなんらかの不信があって払いたくないと思っているのか。
局長 未納者は若い人にやや偏っていますね。調査によると「未納者は納付者に比べて、公的年金を当てにする者が少ない」し、「未納者は老後について特に考えていない」という人が多い。一言でいえば、年金制度に対して、あるいは自分の老後に対して真剣に考えていないということだと思います。
私はたまたま、政策課長をやっていた時に人口推計に携わっていて、ただならぬ状況を感じ、人口問題審議会で議論していただくことにしました。その結果がリポートとなり、今度は官邸で議論して「少子化対策基本方針」というのを出したんですけれども、意外と知らない人がいる。実は年金の問題も、これからどうしようかという議論なくして構造的な解決はないのに、人によっては諦めてしまっている。すぐみんな忘れるんですよ(笑)。
私は孫はまだいないんですけど、50年先って、自分の子どもは恐らく年金で生活している歳じゃないかと思います。その時のことを今、考えないというのは、正直に言って、無責任の謗りを免れないと。100年先といったら、孫もまだ生きている時ですよ。孫が生きている時に、どんな国になっているか、絶望的だというようなことを放置するというのは、私は本当に……ちょっと熱くなって言いますけど……子どもを愛していると思えないですね。われわれは本当に子どもを愛するという気持ちがあれば、それに対して取り組みをせないかんと思うんですよ。
――そのカギを握っているのは、若い世代です。
局長 おっしゃるとおりです。
――学生でも払わなければならないというのが、若い世代の反発にもつながっていると思います。たとえ支払い猶予の制度があろうと、制度がクルクル変わるので皆、知らない。
局長 そう意味では反省すべき点、まだまだ不十分なところがあると思います。年金に入ってないと、学生時代に障害を持っても障害年金が出ない。これを保障してあげるというのが最大の理由だったんですが。あとで追納するという仕組みに変えてから安定しました。
――制度をつくった側はそう考えていても、「払ってないと障害年金が出ない」というのは“脅し”に聞こえるんです。局長の年金に対する哲学とか思いとかは、今日、重々承ったつもりですが、肝心のその思いが、国民一人ひとりにはなかなか伝わってこない。だから、若い人からは「年金なんてまるでネズミ講じゃないか」という意見も出てくる。先に加入したじいさん、ばあさんだけが得をして、オレらは損すると。
局長 世代間扶養を敢えて「ネズミ講」と言うならネズミ講なんですけれども、これが唯一、合理的な仕組みだと。日本がそれこそ詐欺罪に相当するような変なことをやっているんじゃなくて、これは国際常識なんです。あのアメリカでもそうですよ。
我々は繰り返し訴えて、国民の皆様に情報が届くようにしなくちゃいけないという気持ちです。コミックものも作って、一気に視覚的にイメージをつかんでいただく工夫はしているんです。
国民に「自助」を迫るまでにこの後、厚労省は年金保険料の未納者に対する罰則を導入し、厳しく取り立てるようになったにもかかわらず、公的年金制度は崩壊し続け、「自分の貯蓄で一生終えてみせるという方は非常に稀」(T局長の言葉)なのに、国民に「自助」を迫るまでに至っていた。
つまり、罰則の強化ぐらいでは解決できなかったことになる。たとえ保険料の納付率が上がろうと、人口が減り続けていく限り、破綻は避けられない。やはり年金制度の本質は「ネズミ講」なのか。
ちなみに、「無限連鎖講の防止に関する法律」(ネズミ講禁止法)の第1条は、次のように謳う。
「無限連鎖講が、終局において破たんすべき性質のものであるのにかかわらず(中略)加入者の相当部分の者に経済的な損失を与えるに至るものであることにかんがみ――」
とすれば年金も、「終局において破たんすべき性質のものである」運命からは逃れられないのかもしれない。年金保険料が事実上の税金と化してしまったのだから、いっそのこと「公的年金」制度と「生活保護」の制度を一本化してはどうだろう。
(文=明石昇二郎/ルポライター)