婚姻のとき夫婦別姓を選べない戸籍法は憲法違反だとして、ソフトウェア会社・サイボウズの青野慶久社長ら4人が国に計220万円の慰謝料などを求めた訴訟で、東京地裁は3月25日、原告側の請求を棄却した。現行の制度を合憲とする判断である。
青野社長は2001年に結婚した際、妻の姓を選択し、仕事などでは旧姓の「青野」を通称として使ってきた。青野社長が持つ同社株の名義を結婚後の姓に変更する必要があり、約81万円の手数料がかかった。また、現実にビジネス上の不便さも味わったという。
「海外出張のとき、訪問先の会社がホテルを予約してくれた。しかし、ホテルに着いてパスポートを見せると、『あなたの予約はない』と言われた。パスポートは戸籍上の姓『西端』だが、予約は『AONO(青野)』で入っていたからだ。その名前は私だと言ったが、パスポート以外の身分証明もなく、事情を説明するのにとても苦労した」(青野社長)
選択的夫婦別姓をめぐっては、2015年12月に最高裁大法廷がひとつの憲法判断を示した。すなわち、民法750条にある「夫婦は婚姻の際に夫または妻の氏を称する」という規定を「合憲」と認めた。これは「民法上」の規定が違憲かどうかを争点としたものだった。これにより、民法上は、この時代において一定の決着がついたと見られている(“この時代”というのは、法解釈は時代によって変わるため)。
しかし、「民法上の氏」と「戸籍法の氏(呼称上の氏)」は運用が異なっており、この点が法律上の氏(姓)のわかりづらさになっている。たとえば、日本人と外国人が結婚・離婚するときや、日本人同士が離婚するときは、「同姓」にするか「別姓」にするかを選ぶことができる。
ところが、日本人同士の結婚では別姓を選ぶ規定がない。青野社長らはこの戸籍法に着目し、「法律の不備で、法の下の平等に反して違憲だ」と主張した。
これに対して判決は、夫婦別姓を認めれば、個人が社会で使う「法律上の氏」が2つに分かれてしまい、現行制度ではそのような事態は予定されていないため、戸籍法の規定は合理性があると述べた。また、日本人と外国人の結婚には民法が適用されないと解釈され、日本人同士の結婚と同じ状況にあるとは言えないとした。
ビジネスでは旧姓使用が当たり前に内閣府男女共同参画局の調査によれば、結婚経験がある人の約半数は「旧姓を通称として使用している」あるいは「使用していたことがある」としている。一方、企業側も約半数に近い割合で、旧姓の通称使用を認めている。女性の社会進出やビジネスの国際化を考えれば、時代の流れとして、通称使用の割合は今後も増えこそすれ、減ることはないだろう。
通称にした場合、戸籍名と旧姓両方の印鑑を会社に置いておく必要があるかもしれない。仕事上、戸籍名で作成しなければならない書類もあるからだ。それはそれで面倒そうだが、それ以前に、銀行口座、クレジットカード、パスポート、免許証、健康保険証、病院の診察券などを、旧姓から婚姻後の姓に変更しなければならないのは大変な手間に違いない。金融機関、とくに証券会社においては、氏名変更で戸籍謄本の提出を求められる。
「専業主婦が多かった昔は、女性があまり財産を持たず、銀行口座も1つしか持たなかった。結婚すれば退職するので姓が変わっても問題ないとか。しかし、いまや女性も財産を持ち、複数の口座を持ち、ネットではIDをたくさん使う。初婚年齢が上がっているので、女性もそれなりの財産を築いてから結婚するケースが今後も増えていく」(青野社長)
現実の動きに合わせて、法律上も選択的夫婦別姓にしたほうが、シンプルで利便性が高いのではないか。
“選択的”を無視する同調圧力夫婦別姓問題を議論するとき、大きなポイントは“選択的”と付いていることだ。訴訟は、夫婦同姓を禁止しようという話ではない。同姓か別姓かを「選べるようにしよう」ということを求めたものだ。同姓にしたい人はこれまで通り、同姓にすればよい。現状は、カップルの96%は女性が姓を変えているので、女性にとっての問題であると考えられがちだが、決してそうではない。「選択」という多様性を認めるかどうかが事の本質である。
その証拠に、選択的夫婦別姓に反対する人たちが持ち出す論拠として「伝統」や「家族の一体感」がある。しかし、戸籍法が制定されたのは1871年であり、それ以前に戸籍の概念はない。
また、憲法13条は「すべて国民は、個人として尊重される」ことを権利論の出発点に置き、憲法24条は旧家制度を廃止し「個人の尊厳と両性の本質的平等」に基づく家族法の制定を求めている。
2015年の訴訟のとき、NHKの番組『あさイチ』で井ノ原快彦は「まあ、(姓が)同じでも、一体感がないときもあるからねえ」「他人同士でも一体感は生まれるから」と述べていた。これが国民大多数の素朴な感情ではないか。また、昨年、カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを獲得した『万引き家族』は、血のつながりのない“擬似家族”の絆を描いた映画であり、「家族らしさの源泉は一体なんなのか」を観客に突きつけた。
戸籍は本当に必要なのか世界を見渡しても、現在の日本と同じような戸籍制度があるのは、中国と台湾だけだ。韓国では07年限りで撤廃され、08年に家族関係の登録に関する新たな法律が施行されている。
国民の情報を管理するために、欧米や多くの国で採用されているのは国民一人ひとりに付与されている「国民識別番号」だ。もちろん、国によってその呼び名も運用の仕方も異なる。日本では16年1月から利用が開始された「マイナンバー」がそれにあたる。元大阪市長の橋下徹弁護士は「日本の戸籍は差別問題の根幹」だと言い、現在の戸籍制度に反対している。今の戸籍で、本人の本籍地は簡単に変えることができるが、本人の出生地や先祖の本籍地・出生地は延々と付いてくる。
その上で橋下氏は「婚姻事実や続柄(親子関係)も、ナンバリングシステム(マイナンバー)に組み込めば十分」だと言う。国民の管理ツールとしてマイナンバーをベースにすれば、役所の事務作業もかなり簡素化されるに違いない。それは「家族」ではなく「個人」をベースにする考えであり、選択的夫婦別姓とも一致するのである。
(文=横山渉/ジャーナリスト)