大阪のG20が終わった翌6月30日。世界を驚かせた板門店でのトランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の電撃会談は、「中身ゼロの大統領選挙向けのパフォーマンス」と揶揄される。
とはいえ、米大統領なら誰でもあれだけの芝居ができるわけではない。現職大統領が史上初めて北朝鮮の大地を踏み、金委員長と談笑する様子を日本政府は茫然と見るだけ。陰の立役者、韓国・文在寅大統領とのG20での会談を「徴用工問題」を理由に拒否した安倍晋三首相。情報が入りようもない。ポチのように寄り添う米国からも袖にされた「外交の安倍」の姿である。
安倍首相はプーチン露大統領とG20最終日(6月29日)夜に会談した。関西の民放テレビは「この日は時間無制限です」などと盛り上げたが、1対1の会談はわずか30分、その後は夕食会を含む2時間ほどの複数会談だ。通訳が入れば実時間は半分。北方領土問題も議題に上ったが、「北方4島の共同経済活動」で今秋の観光ツアー実施などを決めただけ。領土をめぐる平和条約交渉については「継続協議する」にとどまった。
「稚拙というしかない」安倍首相はこの春まで「G20で平和条約の大枠を確認する」などと威勢の良い発言をしていたが、遠く及ばず、共同記者会見で「乗り越えるべき課題の輪郭は明確になっている」と胸を張って述べた。
安倍応援団の読売新聞は7月1日付社説で「揺さぶりに動じず交渉続けよ」と勇ましいタイトルを掲げ、難航しているのは「第二次世界大戦の結果、合法的にロシア領になった」とするロシア側の理不尽な主張のためだとした。
しかし、今年に入ってからの交渉で政府は旧島民たちに「我が国固有の領土」「不法占拠」の言葉まで封印させたのだ。さらに、かつては「4島返還が国是」とする政府自身が批判していた、歯舞・色丹の「2島返還」の線で臨んでいた。一昔前なら右翼の街宣車が押し掛けるところだが、憲法改正を首相に期待するためおとなしい(その意味では期待感もあったが)。
朝日新聞は7月2日付社説で「失敗認め構想練り直せ」と題して厳しく指弾した。整理すると以下だ。
安倍政権は(1)歯舞と色丹の引き渡しを記した1956年の日ソ共同宣言を基礎に交渉を加速する、(2)自らの手で終止符を打つ決意をプーチン大統領と共有している、と国民に説明してきた。しかしプーチン大統領は「56年宣言は2島の主権の引き渡しは約束されていない」とし、「領土問題を自らの手で解決するとは言っていない」とした。昨年、プーチン大統領は「無条件でまず平和条約を」と突然発言。
首脳会談のたび、共同会見でプーチン大統領を「ウラジーミル」とファーストネームで呼ぶパフォーマンスで親密ぶりを強調。一昨年夏頃からは最低でも歯舞・色丹の2島は返還されるかのごとき幻想をメディアに喧伝させた。G20でのプーチン会談で成果を見せて参院選での勝利に結びつけようと目論んだ。
しかし、開催前からプーチン大統領は「島に米軍が配備される懸念が払拭されていない」と交渉の見通しが暗いことを明かす。交渉直前には「領土返還の計画はない」と、もう身も蓋もない。政府も「期待させて駄目なら選挙に悪影響」と思ったのか、G20での前進報道にブレーキをかけた。
鳩山一郎には遠く及ばず5月初め、文京区音羽にある鳩山記念館に足を運んだ。晩年、親米派の吉田茂らのさまざまな妨害に遭いながら、病躯をおしてモスクワへ行き粘り強い交渉で1956年10月の「日ソ共同宣言」にこぎつけた鳩山一郎元首相の邸宅である。当時のソ連は敗戦国日本にとって「恐ろしい国」。相手首脳をファーストネームなどで呼べなかっただろう。
その頃、ソ連の「衛星国」ハンガリーで大動乱につながるソ連支配脱退の動きがあったからだ。会館に陳列されていた「フルシチョフは話しながら振り回して危なっかしくて仕方がないので取り上げた」と説明された大きなガラス製のペーパーナイフが印象的だったが、『鳩山一郎回顧録』によれば贈答品としてもらったようだ。
さて、自らの出世につながった北朝鮮拉致問題が進展せず、北方領土問題でカッコよく点数を稼ごうとした安倍首相。2016年暮れのプーチン大統領の来日時には大統領に旧島民の手紙を渡し、「大統領が真剣に読んだ」という美談を演出したが、手紙には「島を返してほしい」という言葉が皆無の不自然さ。猿芝居は官邸サイドと東京在住の旧島民、NHKが共謀して演出したことは根室の人たちも知っている(以前筆者が当サイトで指摘した)。
官邸サイドは最近「固有の領土」という文字を消したり、旧島民の決起大会では「領土を返せ」というシュプレヒコールや、鉢巻き・ゼッケンの装着をさせないなどして、ロシアに忖度してきた。安倍首相は恰好のよい演説を厚顔無恥にぶつ前に、彼らに謝罪すべきだ。
安倍首相は平和条約で名を残したいのだろうが、鳩山一郎には遠く及ばない。領土交渉を進展させたいのなら、少しましなパフォーマンスだけでもトランプ大統領に教えてもらうことだ。
(文=粟野仁雄/ジャーナリスト)