囲碁の最年少プロ、仲邑菫初段(10)が7月10日、大阪市内で公の場としては初めて囲碁AI(人工知能)と対戦したが、ほろ苦い結果となった。対戦相手は「GLOBIS-AQZ」。
将棋界で佐藤天彦名人(当時)がAIと対戦した時のように、てっきりロボットが出てきて盤に石を置いていくのかと思っていたが、仲邑初段と碁盤を挟んだ席には小さなパソコンを横に置いて山口氏が座った。もっとも山口氏が次の手を考えるわけではなく、仲邑初段の手を認識したAIが考えた手をパソコンに示して、その通りに石を置くのである。日本では実際に将棋を指すロボットはあるものの、囲碁のロボットはまだないそうで「中国から借りようとしたが借用料金が高くて断念した」(後藤俊午日本棋院常務・九段)とのことだった。
寡黙は相変わらず持ち時間は1時間。先手の黒石はGLOBIS-AQZ。終始優位に進めたGLOBIS-AQZに、白石を握る仲邑初段が懸命に反撃するが、“落ち着いた相手”に的確に応じられる。仲邑初段が先に時間を使い切って「秒読み打ち」に追い込まれる。結局、仲邑初段が投了した。
会見では「AIはどうでしたか?」と聞かれ「強かった」とだけ語り、あとは何を聞かれても無言。早く帰りたそうな表情を見せた。山口氏は「仲邑さんが下辺にすごく強い手を打ってきたり、コウが2カ所に出るなど、こちらが弱い局面が現れたりして意義があった」と語った。
GLOBIS-AQZは、この対戦までに7時間で約50万局程度、自らのソフト同士で対戦を行い学習したが、人間の対局データは入れてないという。一方、仲邑初段はこの日、デビュー100日だったが「生まれてからこれまで、1万局は超えていないでしょう」(日本棋院広報)とのことだった。
仲邑初段をよく知る後藤九段は「今回のAIは強すぎますよ。本当は菫さんが今日勝って、GLOBIS-AQZは後日に行われる芝野虎丸七段(19)との対局に勝って、急速な進歩をアピールしたかったのかもしれないけど、そのシナリオがちょっと崩れたかなあ」と笑っていた。
この日、対局室の隣の記者室になった広い部屋では、菫初段を引率してきた母・幸(みゆき)さんが心配そうに記者たちと一緒にAbemaTVの生中継で観戦した。アマチュア六段で囲碁のインストラクターだった幸さんは、記者の解説にうなずきながら見守っていた。
AIとプロの対戦では米グーグル傘下の会社が開発した「アルファ碁」が2016年に韓国のトッププロであるイ・セドル九段に圧勝して話題になった。17年には世界トップ級の中国選手を破っている。現在では「もう人間はAIには勝てない」というのが定説になっており、日本でも多くのプロ棋士が研究にAIを活用している。仲邑初段も、普段の勉強ではAIを使っているという。
「性格が悪いと言ってもいいほど気が強い」(幸さん談)菫初段とはいえ、今回の敗戦で囲碁を嫌いになってしまうことはなかろうが、なんといっても「人間相手」の対局に価値がある。
仲邑菫初段はこの2日前の7月8日、大阪市の日本棋院関西総本部で打たれた第23期ドコモ杯女流棋聖戦予選Bで、田中智恵子四段(67)に逆転勝ちし、史上最年少の10歳4カ月でプロ入り後初めて公式戦の勝利を挙げたのだ。これまでの記録は藤沢里菜女流本因坊(20)の11歳8カ月だから大幅に最年少記録を更新した。優勢に進めながら中盤、一瞬のミスに付け込まれて逆転負けしたベテランの田中四段が「大人と打っているような不思議な感じだった」と舌を巻く内容だった。
仲邑初段は4月22日の第29期竜星戦予選で史上最年少の10歳1カ月で公式戦デビューしたが、この時はプロ同期の大森らん初段(16)に敗れた。今回の勝利により8月5日に、史上最年少での女流棋聖戦の本戦出場をかけ金賢貞(キム・ヒョンジョン)四段(40)と対戦する。
指導する父親はプロ九段の強豪、仲邑信也さん(46)。毎日、起きると囲碁の勉強をしてから小学校に通う仲邑について、井山裕太現4冠(30)を育てた石井邦生九段(77)は「井山の10歳の時よりも、菫ちゃんのほうが強い。才能がすごい。男性とのタイトル戦にも出てくると期待していますよ」と絶賛している。囲碁はプロへの登竜門が将棋ほどは狭くないだけに、いきなり将棋の藤井聡太七段(16)のような快刀乱麻ぶりを期待するのは酷すぎるといえる。将来が本当に楽しみだ。
(写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト)