名作漫画『キャッツアイ』を思わせるタイトな泥棒スーツ、深田恭子の仮面姿と逆さ吊り、古びた一軒家と高級タワマンをつなげた実家……「B級上等!」の確信犯であることは誰の目にも明らかだった。
しかし、ツイッターの世界トレンド3位にランクインするなど、その盛り上がりは想像のはるか上。
さすがに、「ただのネタドラマ」ではここまでの反響は得られないだろう。一つひとつの要素を深掘りしていくと、B級どころか視聴者が惹かれるさまざまな仕掛けが施されていた。
対比と化学反応のみで笑わせる「泥棒なのにあんな派手な服を着てたら目立つでしょ」「なんで急にミュージカルが始まるの?」「図書館司書なのになんでそんなに強いの?」「兄はひきこもりで家にいるのに泥棒スーツ着るの?」「テントウムシ3号って?」。1話の中で何度テレビにツッコミを入れただろうか。
当作は“泥棒”と“警察”という相反する一族の“対比”と“化学反応”が物語の肝となっている。「両家の映像を交互に流すことで頬をゆるませ、時折同じ映像に同居させることで爆笑させよう」という狙いだ。
注目すべきは、ドラマ化にあたって演出面でも“おバカなキャラクター”と“洗練された空間”という、相反する両者の対比と化学反応を狙っていること。
たとえば、表向きはB級っぽく見せかけておきながら、その映像はスタイリッシュで、美術からロケ地、照明、衣装まですべてが美しい。それが「おバカなのにどこかカッコイイ」「くだらないのに見入ってしまった」という視聴者心理につながっている。この内容にもかかわらず、「安っぽい」というコメントがほとんど見当たらないのが、“おバカなキャラクター”と“洗練された空間”が共存している何よりの証拠だ。
称えたくなるのは、基本的に「登場人物、舞台、テンポ、セリフの緩急のみで勝負しよう」「とことんまじめに、全力でふざけよう」という潔い姿勢。
一方、夏ドラマのコメディで当作と比べられがちな『Heaven?~ご苦楽レストラン~』(TBS系)で目立つのは、「小ネタを詰め込んで笑わせよう」というシーン。近年、SNS対策もあって小ネタを詰め込んだコメディが増えているが、「振りや緩急がないため笑いの幅が小さい」「元ネタを知らなければ笑えない」などの課題がある。
『ルパンの娘』に対するネット上のコメントが若年層から中高年まで幅広いのは、小ネタに頼らない王道のコメディだからではないか。
異質なものに反応する若年層にリーチもうひとつのポイントとして挙げておきたいのは、泥棒が主人公でありながら、ほのかに勧善懲悪の香りを漂わせていること。「ドラマとはいえ、盗みは犯罪だからダメ!」というモラルに厳しい現代社会にも対応した物語であり、「コメディだから」という理由で悪事を是とはしない方針は時流に合っている。
そんな世界観を創出しているのは、今年の大ヒットコメディ映画『翔んで埼玉』を手がけたばかりの演出・武内英樹、脚本・徳永友一のコンビであり、今作でも同様の振り切った笑いを創出。さらに、映画『テルマエロマエ』『信長協奏曲』『SP』などを手がけた稲葉直人プロデューサーが、キャスティング、音楽、ロケ、美術、衣装などのディテールをきっちり整えている。つまり、好き嫌いの好みはさておき、「強力スタッフによるクオリティは保証済み」ということだ。
当作が放送されている『木曜劇場』のスタートは1984年。その歴史は、看板ドラマ枠・月9の1987年よりも長く、これまで大人の恋愛、夫婦、仕事、人生が描かれてきた。必然的に視聴ターゲットの年齢層は高くなるが、『ルパンの娘』は若年層にもしっかりリーチできている。
相変わらず刑事や医療などの命をめぐる作品が多いなか、ここまで軽さを徹底できれば、強烈な差別化となって当然。特に、いち早く“異質なもの”に反応する若年層にとっては、瞬間的に「おもしろそうなもの」としてみなされるはずだ。この戦略変更はフジテレビのファインプレーといえるかもしれない。
まだ2話の放送を待つ段階だが、クセしかないキャラクターたちは回を重ねるごとに愛着が増していくのではないか。「仕事や学校の疲れがたまる週半ばの夜は、これくらい何も考えずに笑えるドラマをつくろう」。
フジテレビと『木曜劇場』にとって、ひいてはドラマ業界にとって、今後の制作方針を左右するエポックメイキングな作品になっても驚かない。
(文=木村隆志/テレビ・ドラマ解説者、コラムニスト)
●木村隆志(きむら・たかし)
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月20~25本のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』(フジテレビ系)、『TBSレビュー』(TBS系)などに出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』(TAC出版)など。