IT大手、ヤフーから退任を求められたオフィス用品大手、アスクルの岩田彰一郞社長は7月18日、東京都内で記者会見を開き、退任要求を含めた一連のヤフーの動きについて、「すべてが不可解」と強く批判した。個人向けネット通販「LOHACO(ロハコ)」の譲渡を求められたことを挙げて「成長事業が乗っ取られる」と危機感を募らせた。

 アスクルは8月2日、東京・千代田区のホテルグランドパレスで定時株主総会を開く。すでに総会招集通知を発送している。

 ヤフーは7月17日、アスクルの岩田社長の再任に反対すると発表した。ヤフーはアスクル株の45.13%を保有する筆頭株主。11.63%を持つアスクルの母体企業である文房具大手のプラスも再任に反対する方針で、岩田氏が社長を続けるのは難しい。

 これで勝負ありとみられたが、話はそう単純ではない。岩田社長が猛反撃したのだ。先攻したヤフーは、当初の勢いから一転してトーンダウンした。

 岩田社長の会見を受けてヤフーは7月18日、反論の声明を出した。「譲渡する考えがあるのか、うかがったにすぎない」「今後も譲渡を申し入れる方針はない」として、“乗っ取り”を否定。求めたのは「岩田社長の退陣」だけ。「上場企業としての独立性が重要との考えから、新経営陣とアスクルの意向を尊重する」とし、ヤフーは、今後の社長派遣を否定した。

岩田氏の後任人事については、「現・取締役兼BtoBカンパニーCOO(最高執行責任者)の吉田仁氏または取締役兼BtoCカンパニーCOOの吉岡晃氏のいずれかが社長に就任するものと考えています」と記した。

 しかし、同日夜の適時開示で、後任人事の部分を削除。19日午前にはプレスリリースの該当部分を「東証からの指摘」を理由に削除した。アスクルは上場企業なので、過半の株式を握ればなんでもできるというものではない。役員選定にも一定のルールがある。それを無視したヤフーに東証が注意を促したというわけだ。

アスクルの指名・報酬委員会の決定を無視して新社長を指名

 7月18日の記者会見で岩田社長は、ヤフーとの間にはアスクルの独立性を維持することを目的に締結した「業務・資本提携契約」が存在することを明らかにし、一部条項の抜粋を公開した。

 それによると、経営の独立性を担保するために、ヤフーがアスクルに送り込む取締役は2人とし、株主総会での取締役候補の議案は「アスクルが設置する指名・報酬委員会の答申を最大限尊重の上、アスクルの取締役会において決定する」と明記されている。この決定に沿ってアスクルは5月の指名・報酬委員会で10名の候補者名簿を決定した。

 6月27日になってヤフーの川邊健太郎社長が、弁護士資格を持つ社員を伴って岩田氏を訪ねてきた。

「ヤフーとして経営会議で岩田を再任しないと決めた。従ってほしいと言われた。

6割の株主が選任しないと言っているので、きれいに身を引くのがよいのではという話もあった」

「私の身分は公のものであり、たくさんの社員とステークホールダーに対して責任がある。(当社の)指名・報酬委員会に毎年選任を任せているので、委員会が否定すれば、委員会(の決定)に従う。個人の意思ではなく決める」(7月18日の記者会見での岩田社長の発言)

 岩田氏は定められたプロセスを踏むことにした。7月3日の指名・報酬委員会に諮問。同委員会は再任という結論を出し、それを取締役会でも決議した。

 指名・報酬委員会の委員は元松下電器産業(現・パナソニック)副社長の戸田一雄氏、東京大学名誉教授の宮田秀明氏、前日本取引所グループ(JPX)最高経営責任者(CEO)の斉藤惇氏、公認会計士で社外監査役の安本隆晴氏という4人の社外役員に加え、顧問弁護士の小林啓文氏、岩田社長の合計6人。小林弁護士はソフトバンクグループの孫正義会長の右腕として活躍してきた人物で、今回の騒動以降、アスクルの指名・報酬委員会には出席していないという。

 ヤフーの「岩田社長再任反対の表明」を受けて、アスクルの社外取締役の多くは烈火のごとく怒った。指名・報酬委員会、取締役会の決定の手続きを踏んだ会社提案に反対なら、株主提案で岩田社長の退任を要求して自ら社長候補者を送り込むのが筋だが、ヤフーはそうしなかった。

 ヤフーはBtoB(法人向け)カンパニー最高執行責任者(COO)の吉田氏か、BtoC(消費者向け)のCOOである吉岡氏のいずれかが社長になるべきだとした。

「ヤフーに楯突く岩田社長だけ外せば、ほかの役員はヤフーの意のままになると高を括っていたのではないか」(関係者)

 指名・報酬委員会や取締役会で機関決定する上場会社のガバナンス(企業統治)を、まったく無視したやり方に社外取締役たちが猛反発。「無責任極まりない」と非難した。

孫正義氏の思惑を忖度か

 ヤフーとアスクルは2012年4月に資本・業務提携し、ロハコ事業を開始した。ヤフーの宮坂学CEO(最高経営責任者、当時)とアスクルの関係は良好だった。だが、その関係に亀裂が生じた。

「ヤフーの社長が(提携した当時の)宮坂学氏から川邊氏に交代したことや、親会社が(ソフトバンクグループから通信子会社ソフトバンクに)交代したことがあるかと思う」(岩田社長)

 18年6月、馬が合った宮坂氏に代わり、川邊氏がヤフーの社長に就いた。さらに今年6月、ヤフーがソフトバンクの子会社となり、経営体制が大きく変わった。ヤフーはソフトバンクと共同で設立したスマートフォン決済「PayPayペイペイ)」を中心に今後、ECを強化する予定。ヤフーに対するソフトバンクの影響力が強まっている。

 ヤフーは今年10月、持株会社に移行し、社名をZホールディングスに変更する。傘下にヤフーやアスクルをぶら下げる。成長力のあるロハコを取り込むことで、ヤフーの株価の上昇を狙った、というアナリストの指摘もある。ソフトバンクグループの総帥・孫正義氏には、出資した中国のネット通販最大手、アリババ集団の成功体験がある。ペイペイを第2のアリババにしたいとの思惑がある。

ヤフーの最後の手はTOBでアスクルを完全子会社化か

 アスクルによると両社の提携契約には、重大な契約違反があった場合、ヤフーが持つアスクル株の買い戻しを請求できる条項があるという。買い戻し請求権を行使するかどうかは、8月2日の株主総会前に判断すると、岩田社長は述べた。買い取る資金は投資ファンドや新たなパートナーとなる企業から得ることを想定しているという。

 8月2日の株主総会で岩田氏の再任は否決される見込みだ。だが、ヤフーに対して持ち株の買い戻し請求権の行使を取締役会で決定すれば、新経営陣が、その交渉を担うことになる。

 法廷闘争になることは必至の情勢であり、裁判は長期化する。ヤフーとしては、こうした事態は絶対に避けたい。

 ヤフーの選択肢は限られる。アスクル株のTOB(株式公開買い付け)を実施して、完全子会社とするしか、道はないのではないかとみる向きが多い。

 通信子会社のソフトバンク(SB)のIPO(新規株式公開)でソフトバンクグループ(SBG)とSBは“親子上場”と非難された。アスクルはSBの子会社、SBGの孫会社にあたり、孫上場の関係だ。TOBを実施してアスクルを完全子会社とし、上場廃止にすれば、この歪つな資本関係は解消できる。


(文=編集部)

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