■前橋市長の「ラブホ密会」会見にあったモヤモヤ
前橋市の小川晶市長が、大炎上している。発端は、同市職員の既婚男性と2人で、何度もラブホテルを訪れていたとの、ウェブニュースサイト「NEWSポストセブン」の報道だった。
小川市長は、24日に記者会見を開き「誤解を招く軽率な行動で、深く反省している」と謝罪したものの、「男女の関係はありません」とも述べ、進退については「第三者と相談して考える」と今後に含みをもたせた。
報道内容そのものもさることながら、この小川市長の対応が、火に油を注いでいる。
会見は、次のように始まった。
本日(9月24日)の夕方、「NEWSポストセブン」で配信されました、私に関するネット記事につきまして、市民のみなさま、(前橋市)職員のみなさま、そして、(今回の報道に)巻き込んでしまった職員とそのご家族のみなさまに、多大なるご迷惑をおかけいたしましたことを深くお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした。
■「ネット記事」という表現が意味すること
まず「ネット記事」という言い方に引っかからないだろうか。ただの「記事」ではない。「ネット」をつけるだけで、いかにも、うさんくさく眉唾もの、とのイメージが出ないだろうか。
小川市長が、どこまで狙っていたかは定かではない。
新聞やテレビなどの「オールドメディア」が、きちんとした取材に基づいて、裏打ちをとり、責任を持って報道した「記事」ではなく、単なる「ネット記事」に過ぎない。そんな見下した姿勢が、意図の有無はどうあれ、ここに見えるのではないか。
肝心の「謝罪」は、さらにお粗末にならざるを得ない。「ご迷惑をおかけいたしましたこと」についてであって、たとえば、「NEWSポストセブン」が指摘した点については謝っていない。心理学者の榎本博明氏のことばを借りれば「謝らない謝罪」にほかならない(※)。
参考文献
※:榎本博明『絶対「謝らない人」』(詩想社新書)
■誤解するほうが悪いという姿勢
「NEWSポストセブンは、小川市長と男性職員がラブホテルで密会していた9月10日は、「群馬県に猛烈な大雨が降り注ぎ、気象庁が『記録的短時間大雨情報』を発表した」日だったところを問題視している(「《前橋・42際女性市長が“連日ラブホ”》昼も夜も土曜日もお盆も…お気に入りは“ロードサイドラブホ” お相手は部下の既婚・市幹部 公用車を使って合流、男性の車に乗り換えて…」NEWSポストセブン、2024年9月24日16時58分配信)。
この点について小川氏は、「NEWSポストセブン」に対して、「常に連絡を取れる体制をとっていました」と答えており、会見でも「ホテルの中でも打ち合わせというか、いつでも何かあれば駆けつけられるような状況でありましたので、問題はないというふうに考えてしまいました」との釈明にとどめ、「謝罪」はしていない。
既婚男性とラブホテルに入ったにもかかわらず、会見では、「仕事の相談」をしていたと説明し、「通常であれば誤解をされてしまうような場所であったというのは、今は本当に申し訳なく思っております」との主張を崩さなかった。
ラブホテルに男女が入る。どこにどうやって「誤解」する余地があるのか、私には、まったくわからない。
なぜ、ここまで謝らないのか。そこにこそ、今回の大炎上を解く鍵がある。
■謝ったら死ぬ病に罹患している
ネットスラングに「謝ったら死ぬ病」という揶揄がある。本来なら謝るべきところで、非を認めずに強弁する態度を示しており、ネット上で広く使われてきた。ここでは「ネットスラング」ではなく、小川市長を見習って「ネット記事」と呼ぶべきだろう。新しいことばではあるものの、新聞やテレビには、あまり見られなかったからである。
しかし今年、産経新聞の植木裕香子記者が、「蔓延する『謝ったら死ぬ病』 悪いのは私ではなく上司、SNSで無様な姿みせられない…」(産経新聞、2025年3月11日17時配信)と題して、かなり詳しく報じているから、これも「ネット記事」とはいえ、広く認められる現象と言えよう。
この「ネット記事」では、「自らの優位性や立場を守ろうとする『防衛心』も強い」と「謝ったら死ぬ病」に陥りやすい傾向を分析している。これは、小川市長に当てはまるのだろうか。
性格診断は、本人と話をしていない以上、にわかにはわかるはずがないが、彼女の経歴からは、その「謝ったら死ぬ病」の一端が見えてくるのではないか。
■ピカピカの経歴ゆえの「弱さ」か
出身は千葉県だが、司法修習が前橋市だったことなどから、2007年の弁護士登録から4年後の2011年、群馬県議会議員選挙に前橋市区から民主党(当時)の公認で出馬し、当選している。その後、県議4期目の途中で辞職し、昨年2月の市長選挙で初当選を果たしている。
保守王国とされる前橋市で、1892年に市制が施行されてから初めての女性市長である。
もちろん、裏金問題をはじめとする自民党=保守勢力への逆風、そして、政党の推薦を受けない「市民党」を掲げたから、といった勝因を挙げられよう。重要なのは、どんな経緯で小川氏が選挙に勝ったにせよ、その経歴の上では、挫折がないように見えるところである。
実際には、小川氏は何かに躓いたり、失敗したりしているのかもしれない。けれども、弁護士登録から県議を経て市長に上り詰める、そのプロセスは、傍目には順風満帆に見える。
その見え方ゆえに、彼女は今回、「謝ったら死ぬ病」から抜け出せないのではないか。ひとたび謝った途端に、蟻の一穴から崩れると思っているかのように、打たれ弱い。この弱さにこそ、炎上の理由があるのではないか。
■なぜ国民・玉木代表は復活できたのか
小川市長が「謝罪」をしない本当の訳がどこにあるのか、私は知らない。他方で、彼女がかたくなに謝ろうとしないのとは対照的に、ここ数年、政治家の不祥事対応は変わってきている。
典型的なのが、国民民主党の玉木雄一郎代表のケースである。昨年の総選挙の直後、玉木氏は、「Smart Flash」で、香川県高松市の観光大使(当時)の女性と不倫をしている疑いあると報じられた(〈【独占スクープ】玉木雄一郎氏「高松観光大使」元グラドルと隠密不倫デート&地元ホテルで逢瀬…取材には「家族との話し合いが終わっていない」〉2024年11月11日6時配信」)。
私は偶然、このニュースが報じられる直前、玉木氏の事務所関係者と接触していた。事案の詳細も対応方針も私には明かされなかったものの、玉木氏本人をはじめ関係者は、「疑い」を認める方向である様子は察せられた。
実際、この「ネット記事」が配信されるや否や、臨時の記者会見で玉木氏は不倫関係を認め、続く、国民民主党の両院議員総会でも「個人的な問題で多くの皆さんにご迷惑をかけた。心からお詫びを申し上げたい。許してもらえないかもしれないが、謝り続けていきたい」と陳謝した(「国民 玉木代表 女性との不倫関係認め陳謝 代表は続投」NHKニュース、2024年11月11日14時16分配信)。
玉木氏については、いまもなお不倫をもとにした批判があるとはいえ、代表の役職停止3カ月を経て復帰し、国民民主党は今年の参議院選挙でも支持を大きく広げた。玉木氏が、有権者から不倫を「許してもらえないかもしれない」かどうか。断言はできない。
けれども、議席数を見る限りでは、玉木氏のとった、すぐに認めて謝る方針が功を奏したと言えるのではないか。
■政治家の「不祥事対応」が変わった
おそらく10年前、いや、5年前であっても、総選挙で議席数を大幅に増やした直後に報じられた男女関係のスキャンダルについて、すぐに認めて謝る政治家は、ほとんどいなかったのではないか。
不祥事という点では、自民党のいわゆる「裏金議員」にも当てはまる。昨年の衆議院選挙や、今年の参議院選挙で落選した人も多い一方で、西村康稔氏や世耕弘成氏のように、無所属になりながらも小選挙区で当選を果たす議員もいる。
西村氏や世耕氏が、玉木氏のように認めて謝る方針を、どこまで採用していたのかは、評価がわかれるところだろう。それでも、選挙で勝ち上がる、それも、自民党の組織としての後ろ盾なしに勝ったのだから、有権者からの審判を受けている。彼らの選挙区では、その姿勢が、「謝ったら死ぬ病」でも「謝らない謝罪」でもないと受け止められた証拠ではないか。
■伊東市・田久保市長との共通点
最近の政治家による不祥事対応といえば、静岡県伊東市の田久保眞紀市長が真っ先に思い浮かぶ。彼女について私は、「謝らない謝罪」の使い手であり、「不気味で解釈し尽くせない存在」だと述べた(〈なぜ伊東市長の学歴詐称問題は終わらないのか…東洋大関係者が見た「田久保劇場」というドロ沼の正体〉プレジデントオンライン、2025年8月27日7時配信)。
前橋市の小川市長と、伊東市の田久保市長は、発端になった「疑惑」が同じ種類のものではない。だが、謝らない姿勢は共通している。まさにその姿勢こそが、不祥事そのものよりもさらに、社会の怒りに火を灯し、そしてさらに燃え上がらせているのではないか。
彼女たちの姿勢というか執念は、政治家=謝らない・謝ってはいけない、という、古い図式に取りつかれているせいではないか。
玉木氏を見れば明らかなように、いまは、もうそんな時代ではない。何よりもまず謝る。その態度を私たちは求めている。謝れば、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、のことわざのように、復活する道が開けるに違いない。
それでも彼女たちは、謝らないのだろう。その頑迷さこそ、彼女たちを支えている何かであり、私たちがほとんど理解できない何かだからである。
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鈴木 洋仁(すずき・ひろひと)
神戸学院大学現代社会学部 准教授
1980年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(社会情報学)。京都大学総合人間学部卒業後、関西テレビ放送、ドワンゴ、国際交流基金、東京大学等を経て現職。専門は、歴史社会学。著書に『「元号」と戦後日本』(青土社)、『「平成」論』(青弓社)、『「三代目」スタディーズ 世代と系図から読む近代日本』(青弓社)など。共著(分担執筆)として、『運動としての大衆文化:協働・ファン・文化工作』(大塚英志編、水声社)、『「明治日本と革命中国」の思想史 近代東アジアにおける「知」とナショナリズムの相互還流』(楊際開、伊東貴之編著、ミネルヴァ書房)などがある。
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(神戸学院大学現代社会学部 准教授 鈴木 洋仁)