「アディクション患者から多くを学べるはず」――。昭和大学医学部精神医学講座講師の常岡俊昭医師が、今年6月に『僕らのアディクション治療法 楽しく軌道に乗ったお勧めの方法』(星和書店)を上梓した。
――さまざまな「依存症」が注目されていますが、そもそも依存症とはなんなのでしょうか。
常岡俊昭氏(以下、常岡) 依存症の定義を簡単に説明すると、「欲求を自分でもコントロールできなくなる病的な状態」、もう少し詳しく言うと「脳にあるコントロール能力が破壊された状態」です。つまり、依存症は「脳の障害=病気」なのです。「うつ病」はセロトニンシステムが破壊された状態といえますが、最近は「心の風邪」として病気と認識されるようになりました。それと同じように考えてほしいです。
――なぜ、依存症になる人とならない人がいるのでしょうか。
常岡 はっきりとはわかっていませんが、おそらく統合失調症や糖尿病などのほかの病気と同じように、「先天的要因」(その人の器質的要因)と「後天的要因」(環境など)が合わさって発症するのだと思います。注意してほしいのは、絶対量・頻度の問題ではないことです。ドラマなどであるように、薬物を1回使ったからといって、すぐに依存状態になるということはないですし、自然とやめるケースのほうが多いです。
では、なぜ依存症になるかというと、依存物質を使うことによって「抑うつ・不安・孤独」などを解消できると経験し、次第にそれなしではいられなくなっていくからです。
2015年のデータでは、精神科病院である当院(昭和大烏山病院)に入院した患者さんの約20%が依存症を合併していました。これは、当院がアディクション施設との連携を積極的に始める前のデータです。特に措置入院(法律に基づく自傷他害の恐れがある患者に対する強制入院)の患者さんでは27%に達し、重症患者ほどアディクション問題を合併している傾向があります。
依存症治療の実態――どこからが治療の対象になるのでしょうか。
常岡 「依存症」の診断基準を満たさない「乱用」であっても、健康被害が出れば治療対象です。「乱用」は「正しくない使い方」と定義されるので、覚せい剤や危険ドラッグなどは1回でも使えば当てはまります。また、それ以外でも、最近はギャンブルやネット依存でかかる人も増えています。たまに「ラーメン依存です」「恋愛依存です」という訴えで外来窓口に来る人もいて、「これは明らかに違うだろう」というケースに関しても、受診希望があれば医師がその都度判断するようにしています。
別の精神疾患で入院していた20代の女性は「セックス依存」ということで、入院中用の治療プログラムに参加しました。
――どのような治療をするのでしょうか。
常岡 残念ながら、これさえ飲めば治るというような薬はありません。当院の入院中患者用のアディクション治療は、国立精神・神経医療研究センターの医師らが開発した「SMARPP」(せりがや覚せい剤依存再発防止プログラム)を基に、認知行動療法と動機づけ面接の仕組みで構成されています。医療者による講義のほか、患者同士で自分の問題について話したり、「薬物を使っている仲間に道ばたで出会ったときに、誘いをどう断るか」といったことをディスカッションしたりします。
また、DARC(薬物リハビリ施設)や断酒会のような自助グループの人に話を聞くことも大事です。「先を行く仲間を見つけること」は、我々医療者の働きかけよりずっと効果的とも感じます。なるべく多くの治療法を一部でも継続してもらって、退院後に多くの治療法があることを知ってもらいたいと思っています。また、外来患者用にはSMARPPをそのまま行っています。
大事なのは、依存物質を使う必要がないように原因に介入して、その後もつながりを持ち続けていくことです。極端に言うと、治療の過程において、「使った、使わなかった」はどうでもいいとさえ思います。
診察の現場では、私はほめまくっています。
――薬物依存の患者が違法薬物を使用している場合は、どうするのでしょうか。
常岡 医師の守秘義務は通報義務よりずっと重いですし、少なくとも薬物依存を診る医師で薬物使用を通報する医師はいないです。治療にあたっては、依存症とわかっている人は尿検査(トライエージ)も不要です。「警察に通報しない」「本人の許可がなければ家族にも話さない」ことを保証することで、早期受診や治療継続が望め、早期発見・治療、リハビリテーションにつながります。
もし我々が通報してしまえば、1例の通報で100人の患者さんが受診することに抵抗を感じます。「自分も通報されたらどうしよう」という心理は受診を遅らせますし、すでに通院している人にとっては、もっともつらい再使用時に医療者に相談できないということを意味します。誰にも秘密を漏らさないと保証することが、結果として国民の健康被害を防ぐことになります。もちろん、他者に危害を加えたり使用を強要したりするようなことがあれば、通報もあり得ます。
――違法薬物は厳罰で対応すべきという考えもあります。
常岡 アメリカでも1980年代は厳罰化の時代でしたが、問題は解決するどころか、依存と乱用を促進してしまいました。
また、現在は「ハームリダクション」と呼ばれる、薬物使用の有無にかかわらず少しでも薬物関連の害を減らそうという政策も世界的に広がっています。たとえば、薬物センターでは感染症にならないようきれいな針を提供したりします。薬物使用自体は止まらなくても、それに伴う健康被害は減らせるのです。薬物使用の罰をなくすことで、逆に違法マーケットがなくなり、使用量が減るということもあります。
その点から見ても、日本で使われていた「覚せい剤やめますか、それとも人間やめますか」というキャッチコピーは最悪です。依存症になるほど追い込まれた人に、さらに「人間やめろ」と言っているに等しいわけですから。
薬物依存は10万人…医師も病院も不足――依存症を取り巻く環境はどうなっているのでしょうか。
常岡 各種統計によると、日本にギャンブル依存は320万人、治療の必要なアルコール依存は109万人以上、薬物依存は10万人、といわれていますが、専門病院は230程度しかありません。また、昔から薬物依存やギャンブル依存を専門で診ている医師も数えるほどしかいません。
今回、出版した『僕らのアディクション治療法 楽しく軌道に乗ったお勧めの方法』は、2011年に有志4人(医師、精神保健福祉士、看護師2人)で立ち上げた当院のアディクションプログラムの導入過程の試行錯誤について書きました。医学書らしからぬ表紙や文体ですが、少しでもアディクション患者と触れあう楽しさを知ってもらい、二の足を踏んでいる援助者の背中を押せればと思い、読みやすさをもっとも重視しました。患者さんにとっても「一流のプログラムに3カ月参加するより、三流のプログラムにずっと参加」するほうが良いです。
――依存症になる人は増えているのでしょうか。
常岡 「始める時期が早ければ早いほど依存になりやすい」というのはすべての依存に共通して言えることです。ゲームやスマホの利用はどんどん低年齢化していますが、触れる時期はできるだけ遅くすべきだと考えています。また、その点からも、公営ギャンブルなどで家族連れをターゲットにするような取り組みは問題でしょう。カジノについては必ずしも反対ではないですが、30歳以上に限定するなど、小さいうちは触れない工夫をすべきと考えます。
――最後に、依存症で苦しんでいる人やその周囲の人などにメッセージをお願いします。
常岡 援助者の方々は依存症に苦手意識を持つ人も多いようですが、そもそも私たちが依存症ではないのは、生まれや生活環境、親や友人の力であって、自分の努力や能力とはまったく関係ないと思うのです。そして、依存症の患者さんには壮絶な環境で生き抜いてきた人も少なくないです。
苦しんでいる当事者の方は、ぜひ精神科に通院してみてほしいです。直接、自助グループに行くのももちろんいいでしょう。自助グループで、ぜひ尊敬できる「先を行く仲間」を見つけてください。人生が変わるはずです。ただ、精神科を受診すべき合併疾患がある方も多いので、一度は診断を受けに病院に来てもらえたらと思います。
(構成=編集部)