文具通販大手アスクルの経営が混乱を極めている。アスクルは筆頭株主のヤフーなどによる岩田彰一郎社長解任劇をめぐり、少数株主の意思を無視したものと批判している。

企業経営に対する大株主の横暴、少数株主無視を強調することで、「大株主vs.個人株主」という構図をつくり出そうという狙いなのだろうが、果たしてこの解任劇は、大株主の横暴なのか。アスクルの経営者責任はないのだろうか――。

 8月2日、アスクルの株主総会で、会社側提案の創業者、岩田社長と独立社外取締役3候補の再任議案が否決された。これに対して同社は8月5日、「株主総会での取締役再任議案に対する議決権行使の賛成割合」を発表し、議案に反対した筆頭株主のヤフーなどについて、「少数株主の意思と合致しているものとは到底言えず、当社は改めて遺憾」とのコメントを発表した。

 アスクルの発表によると、ヤフーとプラスの議決権行使を除いた場合、独立社外取締役への賛成比率は9割を超えており、岩田前社長への賛成比率も75.74%だった。この結果について、アスクルは、「少数株主から圧倒的な支持を得ていたことが判明しました」とし、ヤフーとプラスによる解任を批判している。

 アスクルの株主関係は複雑だ。筆頭株主はヤフーで46%を、2位株主はプラスで11%を保有している。ヤフーの親会社はソフトバンクで、そのソフトバンクの親会社はソフトバンクグループ(以下、SBG)になる。つまり、アスクルはヤフーの子会社であり、ソフトバンクの孫会社、SBGの曾孫会社ということになる。

 この複雑な株主関係が、今回の解任劇でのソフトバンクやSBGの“陰謀説”につながっている。だが、8月5日のソフトバンク決算説明会で宮内謙社長は、「(アスクル社長解任などは)ヤフーの執行部が決めること。

アスクルの業績回復のために苦しい判断だったと思う」と述べ、関与を否定した。さらに、宮内社長は、「ヤフーの考えを肯定したいと思う。(今回の判断は)事業を大きく伸ばすための大義があったと考えている」とヤフーを援護した。同様に8月7日のSBG決算説明会では孫正義社長が、「私が後ろで糸を引いていたわけでもなく、忖度をさせたわけでもない」と関与を全面否定している。

岩田前社長への賛成比率「75.74%」の意味

 そもそも、ヤフーとプラスの議決権行使を除いた岩田前社長と独立社外取締役3候補に対する少数株主の賛成比率が高かったからといって、それが個人株主など少数株主の明確な意思表示といえるのかは微妙な問題だ。

「社外取締役の名前すらうろ覚えで、実績もよくわからない。簡単なプロフィール程度で少数株主に判断を求められ、会社側が経営に役立つとして推薦しているのだからということで、明確な反対理由もないので賛成した。経営統合や減配、無配など直接的に投資に影響がなければ、基本的に会社側議案に反対はしない」(アスクルの個人株主)

 たとえるなら、衆議院議員選挙に投票に行くと、一緒に投票を求められる最高裁判官の国民審査のようなものだ。ほとんど情報のないなかで、明確な理由もなく反対票を投じる人はいないだろう。

 むしろ、ヤフーとプラスの議決権行使を除いた少数株主の賛成比率が独立社外取締役3候補は90%超えていたのに対して、岩田前社長の賛成比率が75.74%だったことに“少数株主の意思が表れている”と考えるべきではないか。

 アスクルが、今回の解任劇がヤフーとプラスによる横暴で、少数株主の意思を無視したものであると主張するならば、その少数株主を調査するべきで、その結果をもとにヤフーとプラスを批判するのでなければ、アスクルの批判は論拠に乏しい。

 アスクルはヤフーにとっては連結子会社だ。

連結子会社の業績は、当然、親会社の業績に影響する。親会社が連結子会社の経営に対して介入するのは当たり前のこと。連結子会社の業績が悪く、親会社の業績が悪化するようであれば、親会社の経営者が株主総会で追及されることになる。

 子会社が上場していなければ、子会社の社長人事は当然のこととして親会社が決める。今回のアスクルとヤフーのケースでは、アスクルが上場しており、少数株主が存在していることが問題を複雑にしている。

業績回復が最優先

 近年、増えてきたとはいえ、日本に「物言う株主」はまだ少ない。少数株主が業績の悪化・低迷する企業に対して、「経営者の交代が必要だ」と考えても、それを実現することは容易なことではない。確かに、少数株主の利益を守ることは重要だ。だが、逆に見れば、少数株主の利益を守るためにも、大株主が経営者の適正を判断することも必要だろう。

 アスクルは2008年5月期の経常利益98.1億円をピークに、19年5月期には45.2億円に低迷している。ヤフーはアスクルの株主総会2日前の7月31日、「上場企業のアスクルの経営の独立性を尊重することと、株主の議決権行使とは全く次元の異なる問題であり、岩田社長による主張は(中略)保身のために自身の社長続投を正当化しようとするものに他なりません」とする意見を公表している。

 経営者にとって株主との友好な関係を築くことも重要な責務だ。

かつて、米投資ファンド、サーベラスによる買収の脅威にさらされた西武ホールディングス(HD)は、サーベラスによる経営陣に対するネガティブ・キャンペーンの集中攻撃を受けた。経済誌や週刊誌はもとより、大手新聞までもがサーベラスの策略に乗り、西武HD経営陣の批判から誹謗中傷までを報道するなかで、西武HDの経営陣は「サーベラスとは友好な関係を維持しつつ、協議を続けている」と答え続け、サーベラスに対するコメントは一切せずに、株主との関係構築に配慮し続けた。

 もしアスクル自らが、筆頭株主であるヤフーやその親会社のソフトバンク、SBGについてマスコミに対して“陰謀論”の類の話を流したとすれば、株主との良好な関係が構築できるはずはない。

 経済産業省の外郭団体である独立行政法人経済産業研究所が15年にまとめた「社長交代と企業パフォーマンス:日米比較分析」では、「企業経営がパフォーマンス最大化ではなく、企業存続や資本を確保する目的で行われれば、投資リターンを求める株主の利益は損なわれる。更に、企業パフォーマンス最大化を優先しない企業経営は、資本や人材などの生産要素の非効率的な活用につながり、マクロの視点からも日本経済に負の効果をもたらす」としている。

 今のアスクルが少数株主に対して実行すべき最重要課題は、株主との関係を悪化させることではなく、吉岡晃新社長の下で業績の回復を図り、経営基盤を安定させることだ。

(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)

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